第3話 ストーカーには主体性がない
「
朝の登校中、
朝、学校へ行こうと玄関のドアを開けたら水上が待機していたのにはマジでビビった。
「やあ、偶然だね。よかったら俺と一緒に学校行かない?」
などと供述していたが、手に持っている牛乳とアンパンはあまりにもあからさますぎる。
「あら~、昨日のイケメンくんじゃないの。昨日は娘がどうもお世話になりました」
ママが玄関から顔を出して水上に挨拶しだした。
「いえ、彼女を送るのは彼氏の責務ですから」
いや、たしかに一応恋人同士ではあるんだけど、このもやもや感はなんだろう……。
というか、外堀を着実に埋めるのやめてほしい。
――で、一緒に登校することになって現在に至るわけだが。
「アンタの髪が長くても短くてもアタシには関係ないし興味ない」
「いや、関係あるでしょ。俺は楓の隣に立つにふさわしい男になりたいんだから」
「別に髪なんて自分の好みでいいじゃん。好きなようにすれば」
まあ一応校則的にはまず長さより金髪をどうにかしたほうがいいとは思うけど。
「俺は、楓の好みの俺になりたいな」
水上は歩きながらアタシの顔を覗き込んでくる。
「アンタほんとキモい」
「どこ直したら気に入ってもらえる?」
「そういう主体性がないとこがキモいって言ってんの!」
とうとうアタシはキレた。
「アンタには自分の考えとか意見とかないわけ!? アタシそういうの一番キライ!」
そう叫んでしまってからハッとした。
ヤンデレとかストーカーとか、そういう輩には「嫌い」は禁句だ。一気にバッドエンド真っ逆さま。これはヤバい。アタシの命に関わる。
しかし、水上は黙って顎に手を当て、うつむいて考え込んでしまったようだ。
その隙をついて、なんとかアタシはダッシュで学校まで逃げた。
あっぶねー! これで下校時の暗い夜道とかだったらと思うと鳥肌が立つ。
自分の教室のドアをガラッと開け、
「
と、同じクラスで友人の紅葉に助けを求める。
「あらら、どうしたの楓ちゃん」
「実はかくかくしかじか……」
アタシは紅葉に事情を話す。
「あら~、せっかく水上くんが楓ちゃんのためにイメチェンしようと思ってくれたのに、そんな言い方しちゃったの?」
「うう……紅葉まであんな奴の味方するわけ?」
既にアタシは半泣き状態だ。
「あんな奴って……楓ちゃんは水上くんに嫌なことされた覚えでもあるの?」
「現在進行形で付き合ってる事自体が嫌なんだけど……」
「いい人だと思うんだけどなあ。ねえ、
「他の男に『いい人』なんて言う紅葉にはオシオキしたいけどね」
「あら、怖い怖い。どんなオシオキされちゃうのかしら」
も、紅葉、強い……。っていうかなんだか大人っぽくてクールだなあ。
紅葉と
――いや、そんなことより、今はアタシの命が先決だ。
「あの、アタシ、これからどうしたらいいと思う?」
「水上くんのお友達として、どう思う、夕陽?」
「
秋野は小首をかしげながら考えるように話す。
「なにせ高校で初めて出会って……二年程度の付き合いだし。ストーカー友達ではあるけど、お互いあんまり相手に興味ないし」
「ひどい言い様だな!?」
結構仲良さそうに見えたのに、意外だった。昼休みとかよくストーカー談義してるし、一緒に弁当食べてるし。
……それにしても、『ストーカー友達』というパワーワードよ。
「夕陽、もし万が一、水上くんが楓ちゃんに手を上げるようだったら、守ってあげて」
「わかった。それが紅葉の望みなら」
秋野はコクリとうなずく。
「……紅葉、アンタの彼氏も主体性とかないの?」
「そんなことないよ? 私にされて嫌なことはちゃんと嫌って言うし、その逆も然り。思うに、水上くんと楓ちゃんは、一度じっくり話し合ったほうがいいんじゃないかな?」
話し合う? あんなストーカー野郎と?
苦いものでも食べたような顔をするアタシに、紅葉は苦笑を浮かべる。
「お互い、会話しないとわからないこともあるよ。エスパーじゃないんだから、言葉にしてハッキリ伝えないと」
それは確かに一理ある。
ぐぬぬ、と唸っていると、教室のドアがガラリと開いて、水上が入ってきた。思わず肩が跳ねる。
しかし、水上はアタシに声をかけることなく、自分の席に座る。
――ちなみに、水上の席はアタシのすぐ後ろだ。
プリントが生徒に配られたときなんかに、後ろにプリントを渡すと、そのたびにアタシにニコッと笑いかけてくるもんだから、アタシは冷や汗をかきながらバッと前を向き直しているのだ。
その笑顔の裏で何を考えているのか、まったくわからないのが怖いのだ。
……たしかに、アタシは『わからない』からという理由で水上を避けているフシはある。そして『怖い』という理由で二人きりになるのを避けたり、会話すらもマトモにしてこなかった。
……アタシが悪い、のかな。
たしかに、先日アタシを変質者から守ろうとしてくれた、男気があるのは認めてやってもいいし……。
ちらりと水上を見ると、あいつはまだ考え事の最中みたいだ。危害を加える様子はないし、ほっとこう。
「私達も立ち会ってあげるから、放課後に時間取って二人で話し合ってみたら?」
という紅葉の提案にうなずき、チャイムが鳴って、アタシたちはそれぞれの席に座ってホームルームを受ける態勢に入った。
放課後。
「珍しいね、楓が俺を呼び止めるなんてさ」
いや、そもそもアタシが帰らない限りコイツも動こうとしないんだけど。
紅葉と秋野の立ち会いのもと、アタシと水上は机を向かい合わせにして座り、話し合うことにした。
「あー、あの、さ。付き合ったのはいいけど、アタシ水上のこと何も知らないし、色々話し合っておこうかと思って」
「え? ……ああ、そうか。一方的に知ってるのは俺だけ、か」
そうだね。ストーキングしてるから水上は一方的にアタシの情報を得てるんだよね。
「そのストーキングも出来ればやめてほしいんだけど」
「いくら楓のお願いでも、それはやめられないかな」
くっ……なんでそこは我を通すんだ……。
「で、楓が俺のことを知りたいってこと? それは嬉しいな」
「敵を倒すには敵のことを知っておけって言うしね」
「手厳しいな」
水上は微苦笑を浮かべていた。
「たしかに、自己紹介もしてなかったかもね。これを機に、楓には俺のことをよく知ってもらおうかな」
水上はそう言って、一呼吸置いた。
「俺の名前は水上錦。身長は一八一センチ、体重は七十二キロ。部活は帰宅部。趣味は楓の記録と観察。特技は人混みの中からでも楓を見つけられること。好きなものは楓」
「はい、もういいです」
やっぱ超怖えわコイツ。
こんなのとわかり合うとか無理無理無理。助けて。
アタシは救いを求める目で紅葉を見る。
しかし紅葉は何故か笑顔である。
「ふふ、水上くんったら、本当に楓ちゃんが好きなんだね」
「ちなみに僕も人混みの中から紅葉を見つけ出せるよ」
「さすが夕陽だね」
いやいや、なんでそんな和やかな雰囲気出してるんだ。
「この世界は狂っている……」
アタシは頭を抱えて机に突っ伏したのであった。
〈続く〉
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