第2話「彼女たちの塩対応」

「おー、おかえりー」

 智美たちが教室に帰還した頃、果たして美少女怪盗たちは寛いでいた。竹田真由美と市原麻衣。休日で生徒が誰もいないのをいいことに、教室の机三分の一を並べてその上で胡座をかいている。

「おつかいご苦労であった、褒めてつかわす」

「あのね……」

 ご褒美じゃ、よきに計らえ、と言いながら、真由美がポッキーを差し出した。智美は憮然とした表情で奪う。口に含む。

「うめぇ……」

「で、どうだった? うちのクラスのスケベ共の様子は」

「何しろスケベだからね。ファーストコンタクトには細心の注意が必要だね。変なことされなかった?」

 変なことって何よ頭沸いてんじゃないのと思いながら智美は言う、

「別に。普通だったよ」

「本当? 瑠璃、どうだった?」

「うん……」

 貰ったポッキーを兎のように囓りながら瑠璃は言う、

「伝言があるって」

「言ってご覧なさい」

 ごくん、とポッキーを飲み込んだ後、真剣な顔で。

「『鼻毛出てるぞ』」

「なんだってーー!?」

「ご、ごめんねっ! でもヤスくんがどうしても伝えろって……!」

 真由美がぎゃーぎゃー言いながらコンパクトを取り出して確認、

「出てないじゃん!」

「わたしが言ったんじゃないから首締めないで!」

「はいはい二人とも、喧嘩はそこまでー」

 両手をパンパン鳴らしながら麻衣が言う。

「そろそろ準備を始めましょう。約束の時間は二時でしょ? あんまり時間もないんだけど、仕込みは念入りにしておかなきゃね」

 ポッキーの袋をじゃらじゃら鳴らし、これからを占うようにくすくすと笑う。


 午後一時五十八分。下駄箱で靴を履き替え、孝一たちは休日の校舎に侵入した。

 赤い線の走る廊下を進み、右手にある階段を三階まで昇り、左手から二番目の教室が目的地だ。中から聞き覚えのある声がする。孝一たちは顔を見合わせて頷き合うと、一気に入り口の引き戸を開いた。

 教室の中は暗闇だった。暗幕が張られているのだ。

 足を踏み入れた瞬間、孝一たちは何かの羽音と悲鳴のような声を聞いた。その直後に彼らを得体の知れない何かが襲った。拳のサイズよりわずかに小さい何かが幾つも彼らに降りかかってくる。その度にちくちくと肌を刺す感覚。「吸血コウモリだ!」靖が叫んだ。慌てて振り払いに掛かる。

 やがてコウモリの襲撃が終わる。息の上がった三人は安堵して互いを見回した。その時、教室がぱっと明るくなった。明かりが点いたのだ。

 三人はスイッチのある方向を見た。

 そこには真由美と麻衣が立っていた。

 真由美は右手に籐籠を持っており、麻衣はテープレコーダーを持っている。麻衣がテレコの再生ボタンを押した。何かの羽音と悲鳴のような声が上がる。

 孝一たちは足下を見る。そこには無数の折り鶴が転がっている。

「……」

「……」

「てへっ」

 美少女怪盗たちがキュートに微笑。

 孝一は自分でも相当切れている顔を自覚し、後ろの二人を確認する。雅巳が肩に手を置いて横に首を振った。気持ちは分かるがやめておけと言うことらしい。靖は妙に嬉しそうな顔つきで床の折り鶴を回収していた。彼には若干コレクターの気がある。孝一は怒りを抑えて真由美と麻衣に向き直った。

「あのさ……オレたちの……その……あれ、どこに隠したんだ?」

「あれ、じゃあ解らないなあ」

 真由美が肩を竦めながら言った。

「具体的に言ってくれないと」

「こ、こいつぜってー殺す」

 孝一が真っ赤になって拳を振るわせる。真由美と麻衣はニヤニヤしながら見ている。雅巳が溜息をついて一歩前に出た。

「真面目に聞かせてくれる」

「はいはい」

「質問は3つね。どうしてあれの隠し場所が分かったか。盗んで何がしたいのか。あと、さっきの頭悪そうな演出は何?」

「真ん中以外に答えましょう。一番目はあんたらの行動見てたら大体わかる。放課後いっつも三人でコソコソしてたでしょ? 後ろ尾行したら一発だったよ。あと三番目はうちらの趣味」

「そっか、趣味か……じゃあ仕方ないな……」

 この学校には第二資料室という部屋がある。第一資料室にはプロジェクタや暗幕や移動黒板など、授業で頻繁に使うような道具が揃っている。第二資料室にはそこからあぶれたもの、使うこともないが捨てるのも勿体ない類の物などが詰め込まれている。平たく言えば物置だ。テレコや大量の折り紙は恐らくそこから引っ張り出してきたのだろう。

 たかだか個人の趣味のために。

「アホくさ」

「靖は後で生鼻毛抜きの刑ね。で、二番目の質問に答えるけど。麻衣よろしく」

「ほいほーい」

 テレコを止めた麻衣が後を次いだ。

「要するに麻衣たちはちょっとしたゲームを企画したわけです。景品は皆さんのお宝ね。ルールは簡単、この学校のどこかに智美と瑠璃がいるので探し出して下さい。二人を捕まえたら隠し場所を教えて貰えるから」

「お前らを捕まえた方が早いんじゃないか?」激情冷めやらぬ孝一が拳を鳴らしながら言う。

「無駄だと思うな。だって隠したのは二人だから。うちらはここでお菓子食べてた」

 ポッキーいる? と箱ごと差し出される。「余裕じゃん、敵に塩を送るなんて」と雅巳が言うと、「プリッツと勘違いしてない?」と返された。

 意味を理解するのに五秒掛かった。


 聞きたいことがあったらいつでもどーぞ、という二人の言葉を受けながら三人は廊下に出る。早速話し込む。

「どこかにいるって言われてもねえ」

「まあ、探すしかないだろ。一階から手分けして探そう」

「ちょっと待って、オレお腹減った。さっきのポッキー食べたい」

「プリッツと勘違いしてない?」

 靖が裏声で言う。孝一は吹きそうになるのを堪えながらポッキーの箱を開いた。一旦開封されていたらしく、中身は少し減っていた。

「ん? 中になんか入ってるぞ」

 箱の中にはノートの切れ端と思しき紙が入っている。額に月のマークの入った猫のイラストが描かれていた。三人が注目したのはその猫の上部に書かれた吹き出しと、そこに書かれていた一文だった。

『伝記を読むと勉強になるニャー』

「これは……」

「ヒントだな。伝記と言えば……図書室?」

「そうだ。行ってみよう」

 図書室は二階の廊下の端にある。一行は駆け足で図書室に向かった。


 遠ざかっていく足音を聞きながら真由美と麻衣は笑い合った。

「気付いてもらえて良かったね」

「うん。じゃあこれで麻衣たちの仕事は終わり。ところであいつらさっきめっちゃ笑ってたのはどうしてかな?」

「さあね、スケベの考えることはうちらには分かんないよ。ところでポッキーいる?」

「プリッツと勘違いしてない?」

 そして二人して噴き出す。

 意味は解らないが、とても面白いことのような気がしたのだ。

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