第九話 完成した未完成

 ついに形は完成した。まだ彩色が残っている。

 胡粉掛けをして綺麗な真っ白になった神楽面を見つめる。

 琢磨は、絵の具道具を取り出し、塗るための色を作り出す。目的に合った色と色を合わせて作る。

 命を込めるように塗る。塗る際には、筆跡が残らないように塗るのだ。

 気を付けて、気を付けて。

 自分の中にある最高をつくりだす。

 どれだけつくりだしていいのだ。神楽面に、大きく言えば芸術などには完成などはないのである。例え完成してもそれは未完成という。

 ……楽しい。久しぶりに感じたこの感じ。楽しいの楽しいが楽しいのである。やべぇ、何を言っているのかわからない。それでもいい。ただ、楽しいを感じってさえくれればよいのである。

 目を金と黒で塗り、鬼面では角も塗り、くくりつけかんせいである。

 何度見てもいい。どれだけ未完成といえども自分の中では完成である。

 5月23日。納品の一日前。仕上げもして面の裏に作者である自分の名前を書き入れ、木箱に丁寧に入れた。

 5月24日。指定された場所に神楽面を持っていく。


「すごいですね。希望通りの良い面です」

「あ、ありがとうございます」


 依頼者はとても喜んだ顔をしていた。別れ際に「またお願いします」と伝えると、


「今度、山姥で使うお面を依頼するのでそのときはよろしくお願いします。あ、料金ですね」


 そう言って、茶封筒を出した。中には30万が入っていた。


「えっと、20万って話じゃ…」

「いえ、無理言ってしまって、団長から色をつけて払えと言われてまして、こちらこそもうしわけございませんでした」

「いや、そんなことじゃ」

「受け取ってください。こんないい仕事をしてくださる方は中々いませんから」

「そ、そうですか」


 琢磨は申し訳なさそうに受け取る。


「それでは、またお願いします」


 と、依頼人は帰って行った。

 琢磨は花屋に向かい、百本の薔薇を購入するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る