第53話 ランダムボスイベ 1戦目/必勝パターンで勝ち確?

 全員の目がこちらに集中している。

 それは感謝や喜びなどの単純に受け入れられる感情ではない。疑問、畏怖、戸惑い、私に向けられる眼はそんな感情が含まれている――そんな感じがした。


 そんな沈黙を一つの声が打ち砕く。


「エイルさん今です!」


 エアリーの声にハッと我に返ったエイルさんがエルダー・リッチの方に向き直る。       

 体を低く屈め槍を前方に向けて構え、


「チャージ・スラスト!」


 一点集中の突きを放ちエルダー・リッチの胸を貫く。だが、一撃で倒せるはずはなく、カウンターで黒い波動が放たれる。至近距離から放たれるその攻撃は普通なら避けることは不可能だが――。


「防御は任せてくれ、エリア・ガード」


 黒柴犬さんがエイルさんの横に並んでスキルを使用すると、彼を中心に直径1メートルほどの青白い空間が出現し、黒い波動が放たれた直後エイルさんのHPではなく黒柴犬さんのHPが減少するのが確認出来た。どうやらエリア内の味方のダメージを肩代わりするスキルのようだ。

 

 このイベントでは参加する五人は自動的にパーティー状態となるようで、視界の隅にみんなの名前とHPバーが見えている。


「これ魔法攻撃か? 結構痛いな。俺は物理防御専門だからあまり役に立たないかもしれん」

「でも、回復対象が減るのは僕にとっては有難いです。ヒール」


 ユリスさんがすかさず黒柴犬さんのHPを回復する。


 なるほど、確かにパーティーとしてのバランスは取れているかもしれない。だが、ボスを倒せるかはまた別の話し。火力になる人の実力次第では、倒せず倒されずの無限ループに陥るかもしれない。


「夜桜さん、ファイアーボール撃って!」


 いきなり飛んでくるエイルさんの指示。

 さっきので当てにされたのだろうか、多少補正でINTは高くても武器の攻撃力は大したことないので、期待されるほどのダメージは出ないと思うのだが……。


「ファイアーボール」


 とりあえず指示通り魔法を放つ。


 杖の先端から生み出された火球は真っ直ぐにエルダー・リッチに向かっていく。だが、どういうわけかエイルさんがその射線上に躍り出る。そして、槍の先端を火球に向かって突き出す。


「さんきゅー夜桜さん。これでまともに戦えるわ! 炎を纏いし槍――フレイム・スピア!」


 私の火球を吸収した!? そんなスキル聞いたことないんだけど? 特殊スキルか、もしくはあの武器が魔法を吸収出来る特殊な武器なのか、火球を吸収したエイルさんの槍の穂が赤い光を放つ。


「いくわよ! 火炎流星突き!」


 またしても聞いたことないスキル。

 エイルさんが放つ炎を纏った突きがエルダー・リッチを襲う。その回数は1度ではなく何度も繰り出され、見た目に分かるほど相手のHPを削って行った。


「す、すごい」


 隣でエアリーが感嘆の声を漏らす。


 攻撃を終えたエイルさんが一度エルダー・リッチから距離を取ると、またあの聞き取れない不気味な詠唱が聞こえた。そして予想通り、再び地面に無数の黒い魔法陣が生み出される。


 ふと私の肩に手が乗せられる。


「頼りにしてるわよ、アンリ」


 ゲームを始めて手伝ってもらった時は見捨てられたと思ったのに――今は頼られている。どういうことなんだろうか……単純に強いと分かったから?

 それとも――――。


「うん、任せて。ファイアーボール!」


 まだ『全体化』を解除していない私の魔法は無数の火球を生み出し、さきほどと同じように地上に這い出た大量のアンデットを一掃する。


「これはパターン入ったわね」


 確かにエアリーのいう通りパターンに入っている。


 無防備になったエルダー・リッチに放たれるエイルさんの「火炎流星突き」。向こうからの攻撃は「エリア・ガード」で黒柴犬さんが受け、それをユリスさんが「ヒール」で回復する。そして、大量に生み出されるアンデットは私が一掃する。このまま何も変化が無ければ勝てるだろう。


 ――しばらくの間そんな安定した戦闘が続き、ボスのHPが1割を切った頃だった。


 エルダー・リッチの口からもう聞き飽きた不気味な詠唱が――いや、これは違う。何を言っているのか聞き取れてはいないのだが、明らかに今までの物とは異なっている。


「エイルさん、気を付けて!」


 エアリーもそれに気付いたのか大きな声で注意を促す。


 そして魔法陣は現れた。ただ、今までの様な小さな魔法陣が無数にではなく、巨大な魔法陣が一つだけだ。魔法陣はエイルさん達と私達との間に出現し、狙ってかは分からないが丁度戦力を二分するような形になっている。


 グルォォォォォォォッ!

 

 地を割るような咆哮と共にそれは姿を現わした。ボロボロに腐った皮膚の所々から骨が見えるのはゾンビと変わらないが、圧倒的な体の巨大さ、長い口に生え並ぶ鋭い牙、四本の足先に見える鋭い爪、背中には一対の翼があるがそれはボロボロでありとても飛べそうには見えない。


「くそっ! ここでドラゴンゾンビかよ!」


 見たことがあるのか、黒柴犬さんが真っ先に叫ぶ。


 これがドラゴンゾンビ……初めて見た。

 普通にどこかで出会ったのなら皆でこいつを退治するところだが、これが召喚物である以上戦うことにあまり意味はない。それにエルダー・リッチの残りHPもあと少し、ここは向こうに集中すべきだろう。


「エアリーとユリスさんはボスに集中して下さい。こいつは私が引き付けときます」


「だ、大丈夫なのアンリ……」

「分かりました」


 不安そうに見つめ返すエアリーと、すぐに意図を理解してくれるユリスさん。


「大丈夫。私こう見えても頑丈だから」


 二人にぐっと右手の拳を握って見せた瞬間、ドラゴンゾンビがこちらに向かって口を開く。


「二人とも離れて!」


 私の言葉にエアリーとユリスさんは走って移動する。ターゲットが移動するといけないので私はその場から動かない。

 そして、ドラゴンゾンビの口から青黒い不気味なブレスが放たれる。


「アンリ!」


「大丈夫~」


 エアリーが心配そうな声を上げるが、私はそれに片手を振って呑気に返す。


 正直言って全く問題ない。このブレスはダメージが全くない。おそらくだが、状態異常の毒を与えるためのブレスなのではないかと思う。とはいえ、毒耐性が高い私は毒にならないので確かめようがない。

 

 ちらりと横目で離れたところに移動した二人を見ると、しっかりとエルダー・リッチの方に集中している。


 ならばこれを装備しても大丈夫そうだ。

 私は『漆黒の外套』を装備する。


 さすがにこれを付けておかなければ他の攻撃は耐えられない、と思う。普通に戦ってみてもいいのだが、もし倒してまた注目されるのは嫌だなぁ……。


 とりあえずこの位置からだとエルダー・リッチが見えないので、なんとかして位置取りを変えたいところだ。


 ――しばしドラゴンゾンビと戯れていたのだが、こいつすこぶる邪魔である。

 さっきちらっとボスのHPを見た時にはもう僅かだったので、こいつはもう片付けてしまおう。他のみんなもあっちに集中しているので、こっちを見ることはないだろう。


 ガァァッ!


 ドラゴンゾンビが巨大な前足を振り上げる。さっきから何度も繰り出されている爪による物理攻撃だ。毒付与とかもありそうだが、ブレスと同じで私には確認しようがない。


 外套は見られてもまだ言い訳が効くが、さすがに鎌を見られたらアウトなので、今回は武器無しでも使えるスキルでいこう。対アンデット用みたいな感じで、使う機会はほぼないと思っていたので良かった。


「魂を持たぬ者よ滅せよ――死者ノ揺り籠」

 

 グォォォォ……


 スキルを発動した瞬間ドラゴンゾンビの雄叫びが呻き声に変わり、その巨大な体が黒い霧になるように霞んでいく。


 魂を持たない死体を葬る的な説明が書いてあったから使ってみたんだけど、まさか一撃で終わってしまうとは。これ、ボスにも効くのだろうか……?


「それはたぶん食らったらまずい、避けろ!!」


 黒柴犬さんの上げる大声に驚きそちらに目を向けると、エルダー・リッチの手に膨大な魔力が集まっていた。側にいたためいち早く気付いたのか、エイルさんと黒柴犬さんはすでにボスから距離を取っている。


 慌ててエアリーとユリスさんも移動しようとするが、ドラゴンゾンビと戯れてる間に召喚されたのか、数体のスケルトンがその行く手を阻む。


「ちょっ、邪魔よ!」

「これは無理か……」


 必死にそれを避けて移動しようと二人が試みる中、それは放たれた。

 放つ瞬間エルダー・リッチが何かを言ったような気がしたが、あいかわずそれは聞き取れない。前に伸ばした両手から、黒いサッカーボールほどの大きさの玉が高速で二人に飛来する。


 二人を死なせたくない!

 その思いだけで私はスキルを発動する。

 

「超加速!」


 あの大きさなら体を使って止めた方が早い!


 後のことは考えず、私はその謎の黒い球の射線上に突っ込んだ。


「アンリ!」


 エアリーが私の名前を叫んだ瞬間、黒い球は私の体に触れた。そして、触れた後にその膨大な魔力が解放され、地面から天高く黒い柱が立ち昇った。私を包み込む柱はしばらくの間その力を解放し続け、徐々に細くなるように消えて行った。


 柱が消え去った後に残されたのは、黒く爛れた地面と、そこに横たわる私だけだった――。

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