第39話 筋肉ラッシュ!
懺悔と言う名の相談を聞き続けてさらに10人を捌いた頃だった。
――それが現れたのは。
「宜しくお願いします」
そう言って小さなドアを、体を縮めるようにしてくぐってきたのは、どこかで見たことあるような感じのムキムキマッチョな人だった。この人も裸族の様で、下に水着のような物を履いている以外は全裸に近く、腰には剣、背中に盾を装備している。
彼は身体よりも一回り小さな椅子に腰かけると、じっとこちらを見つめてきた。
まぁ、おそらく見えてはいないと思うけど。
「えっと……どうぞあなたの罪を告白して下さい」
私が静かに問うと、座ったばかりなのに立ち上がり、
「俺の、筋肉が美しすぎるのですがどうし――」
「お帰り下さい。ここは懺悔する場であって、相談所ではありません」
わざわざポージングをとる彼に、最後まで聞くまでもなく返答する。
「そう言わずに、とりあえず見てくれ!」
聞いてくれじゃないんかい!
別のポーズを取る彼だが、私の知るあの人の方がマッチョ度合いというか、迫力がもっと凄かった気がする。
「大したことないから、さっさと出てけ!」
「なんという毒舌なシスターだ……悪くない、また来るぜ」
いや、毒舌だと思ってるなら来るなよ!
心の中でそんなツッコミを入れるのも束の間、すぐに次の人が入ってくる。
「俺の罪を聞いてくれ」
入ってきたのはまたしてもムキムキ裸族の人。
でも、今度の人はちゃんと懺悔室だと分かっているっぽい。
「俺の、この、鍛え上げられた筋肉が美しすぎる!」
――そうでもなかった。
「あ、うん、そうですね。さようなら」
「なんという塩対応! なんだか新たな扉が開けた気する、ありがとうシスター」
それはもしかして、開けてはいけない扉では?
彼が出て行ったあと、またすぐにドアが開かれる。
今度の筋肉さんはやや細身な、スレンダーな感じの人だ。
「僕は罪を犯しています」
椅子に腰を掛けて早々、暗い面持ちで切り出す彼。
「いくら石を投げつけられても、気持ちいいと感じないんです!」
…………は? 意味不明なのだが。
「えっと、それはどういう……」
「一人前の男になるには、石を投げつけられれば気持ちよく感じなければならないと団長は言うんです! ですが、僕はそのクエストに何度挑戦しても気持ちよく感じられないんです!」
それは正常な証ですよ?
そのクエストがどのクエストのことを言っているのか、嫌な記憶が蘇らされる。
「ゲームなので痛みは感じませんが、それで気持ちよく感じるというのがよく分からないんです。きっと団長を信じ切っていない僕の罪なんです。ですから、どうか僕の罪を浄化して下さい! でないと、僕はずっと男になれないままです!」
熱弁してくれるのはいいのだが、罪でもなんでもないし、なにより何と答えていいのか思いつかない。
とはいえ、ずっとこのままでは私もここから出られない。
「とりあえず、自分の罪を受け入れて、痛みを自ら求めてみたらいいんじゃないですか?」
西の町ローナで始めに見たドMの人が、確かそんなことを叫んでいた気がする。
適当な返答かもしれないが、これで帰ってもらおう。
彼は私の言葉を聞いてしばらく俯いていたのだが、急に顔を上げ何か吹っ切れたような明るい表情を見せる。
「分かりました! 全てを受け入れろと言うことなんですね! 有難うございます。こんな的確なアドバイスが出来るなんて……シスターも僕達と同じなんですね」
それはほんと勘弁して!
今一瞬背中ゾクッとしたわ。
そして彼が出ていくと同時に、また次の人が入ってくる。
これ、外どうなってんの? めっちゃ行列出来てるんじゃないの?
それも、筋肉の行列が。
だって、入ってきたのはまたしても同じ感じの人だから。
「すいません相談が――」
「ここは相談所じゃなくて懺悔室です。わかってますか?」
「え、あ、いや……」
「分かっていないようですね。罰としてそこに立ってなさい」
「罰!? わかりました」
お説教する先生の気持ちで言ってみたのだが、以外にも彼はあっさりと受け入れ、部屋の隅にポーズを取って立つ。
ポーズ取らないと立てない系ですか?
「頼む教えてくれ! どうしたらもっと筋肉を付けられるんだ!」
今の人が出ていないのに、なぜか次の人が入り込んでくる。
「あんたもか! そこに立ってなさい!」
「えっ! ナンデッ!?」
叫びながらも部屋の端に向っていく。
そして、やはりそこでポーズを取って立ち尽くす。
そこに、さらに次の人が現れる。
ほんとなんで次の人勝手に入ってくるの?
「え……なんでお前ら立ってんの?」
「いや、なんか怒られて立ってたんだけど……仕切りの向こうから蔑んだ目で見られてると思うと、ゾクゾクして気持ちよくなってくるんだ」
そんな目してません!
「じゃあ、俺も立ってよう」
もう相談すらなくなったよ!
何しに来てんのよあんた達!
「これどういう状況?」
三人目の人が同じように壁際でポーズを取って立つと、さらに四人目が中に入ってくる。
「まぁ、何も言わずにお前も立てよ、気持ちよくなれるぜ?」
勝手に話し進めないでくれる?
私いらなくなってない?
「あー、確かに。向こう側からキツイ眼差しを受けてると思うと、すごいゾクゾクしてくるな」
「しかもこの、立たされたままの放置感もたまらん」
これ、このまま無限に増殖していくのだろうか。
部屋の中が筋肉でぎゅうぎゅう詰めになるとか、勘弁してもらいたい。
「もういいから、あんた達帰れ!」
うんざりした私は立ち尽くす四人に向って言い放つ。
「えぇっ!? 立ってろって言ったのは姉御じゃないですか?」
「口答えしない。いいから出てく!」
四人の筋肉は出口へと向かい、一言ずつ残してドアを潜っていく。
「理不尽な命令も、またたまらん」
「有難うございました姉御」
「また来ます姉御」
「俺、姉御に惚れそうです」
誰が姉御だ!
その後も、ここを訪れる人は後を絶たなかった。
筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、普通の人、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、普通の人、筋肉、筋肉、筋肉、普通の人、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉…………
どういうわけかマッチョの人の割合が異常に高いのだが、何か理由があるのだろうか?
というか、このゲームマッチョ多くね?
どれくらい時間が経っただろうか、さすがに嫌気が差した私は、席を立ち背後にあるドアへと近付き片手を上げる。
もう限界だ。ドアを叩いてでもここから出してもらおう。
そう思って拳を振り下ろした瞬間、それは見事に空振りした。
絶妙なタイミングでドアが開き、その先には初めに見たシスターと知らない顔があった。
「お疲れ様です。司祭様が戻られましたので、もう出てもらって大丈夫です」
「おおぉ。あなたが私の代わりに100人の懺悔を聞いて下さったお方か。私が留守にしている間に、どうも有難うございます」
シスターの隣にいる初老の男の人が、こちらを見て感謝の言葉を述べる。
ただ、今の私にはそれにまともに答える気力は残っていなかった。
「はは……どういたしまして。もう大丈夫そうなんで、私はこれで」
「お待ちください。せめてあなたに神の祝福をさせて下さい」
司祭さんの申し出を断るのも何なので、とりあえず頷いて彼の前に立つ。
彼は両手を組み何やら祈りを捧げる。
これが神への祈りと言うやつだろうか?
すると、建物内にも関わらず天から光が降り注ぎ、目の前に一つのメッセージが現れる。
『パッシブスキル:光の加護
教会にて司祭から祝福を受けた者の証。MND+100』
苦労しかいあってかなり強力なパッシブスキルが貰えた。
けど、MNDは回復と光魔法の効果に影響があるので、私の場合は癒しの杖のヒールにしか効果がない。
現れたメッセージに触れると、続けて次の画面が現れる。
『パッシブスキル:懺悔は相談ではありません。
懺悔室にて90人以上の相談に対応した者の証。精神系状態異常耐性+150%』
これ考えた奴は、もしかしてこうなることを予想してたのか?
もしそうだとしたら、そいつに一言物申したい。
「お前も壁際に立って反省しろー!」
私の爆発した怒りの叫びが、静まり返った教会内に木霊するのであった――。
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