第32話 イベント:2大王国模擬戦・予想できない援軍

「なにッ!?」


 それほど予想外な出来事だったのか、フェンリルさんから驚きの声が上がる。


 恐る恐る目を開けると、彼の振り下ろした短剣の刃が、平たい金属の板のような物に防がれていた。


 フェンリルさんの攻撃を受け止めた人だろうか、赤く長いポニーテールが目の前で大きく揺れている。


「大丈夫かい? お嬢さん」


 顔はフェンリルさんの方を向いたまま、低めの声色で口説き文句にも聞こえる台詞が飛んでくる。


 服装は前見た時とは異なり、黒を基調とした軽めの防具に、手には金属部分が黒く鈍い光を放つ鍬を持っている。


 その特徴的な武器とポニーテールで、すぐに誰か気付くことが出来た。


「さ、サユカさん……何してるんですか?」


「やだなぁ~。せっかく助けてあげたんだから、惚れてもいいのよ」

「惚れません」


 振り返り笑顔を見せる彼女に、私は即答する。


「誰だか知らねぇが、俺の邪魔をするとはいい度胸だ」


 いつの間にか、フェンリルさんは距離を取っていた。


 超加速状態での攻撃を受け止められたため、警戒して一度離れたのだろう。


「フェンリル君早いんでしょ? あたしと勝負してよ」


 ――は?


 何を言い出すんだこの人は!?


 トップレベルの上級プレイヤーであるフェンリルさんを君付けで呼び、さらに挑発して勝負まで持ち掛けるとか、無謀にもほどがある。


 確かにさっきの一撃を防いでくれたから、それなりに速さがあるのかもしれないが、戦いは速さだけでは決まらない。


 フレンド画面で確認するが、サユカさんのレベルは前と変わらないLv68。フェンリルさんは転職しているため、Lv100を超えているはずだ。

 PvPだからダメージにレベル補正が入ると言っても、倍近いレベルの人に勝負を挑むなんて、自殺行為に等しい。


「ハッ、いい度胸だ。まずはお前から殺してやる」


 離れてても分かるほどの殺気を放ち、


「超加速!」


 一度スキルを解除していたのか、再度スキルを発動すると同時に彼の姿が消え失せる。


 ――やはり見えない。


 攻撃としてはおそらく、ガードブレイクからの超連撃あたりだと思うが、その攻撃してくる瞬間が捉えられなければ防ぎようがない。

 特にガードブレイクのDEFデバフは厄介だ。


「サ――」


 全く動こうとしないサユカさんに声を掛けようとした時、彼女は手に持った鍬を頭上に掲げた。


 いやいや、まさかこの状況でお米作り始めるつもりですか?


「まさか本当にそれで戦おうってわけじゃねぇよな!」


 姿は全く見えないが、フェンリルさんの嘲笑が響き渡る。


「そのまさかよ。農民の力、見せてあげるわ!」


 農民の力はお米を作ることです!

 どう考えても勝ち目ないから、とりあえず謝って許してもらって!


 ああ……でもサユカさんがやられたら次は私か。

 ならいっそ、今のうちに何か対策を考えよう。


 サユカさんの時間稼ぎ、無駄にはしません!


 そう意気込む私の目の前で、サユカさんは頭上に掲げた鍬を、一直線に地面に突き立てた。


「フィールドスキル――農技・水田開墾!」 


 サユカさんの力強い言葉によりスキルが発動。急に地面が一段下がり足首の上あたりまでが水に浸かる。足裏の感覚が柔らかくなり、泥沼に足を突っ込んでしまったような感覚を覚える。


 彼女を中心に広範囲に生み出された水田が広がり、視界の右側に私と同じように、水田に足を突っ込んだ状態のフェンリルさんの姿があった。


「なんだこのスキルはッ!?」


 不快そうな顔で怒鳴りながら、ゆっくりと距離を取るように後方に下がるフェンリルさん。

 

 たしかに、どういうスキルなのかは気になるところ。


 まさかどこでもお米作りが出来るように、田んぼを作るだけとかではないだろう。


 私はサユカさんに近付こうとして――気が付いた。

 この田んぼの中、ものすごく歩き難い。


 たった数歩の距離なのに、全然足が動かない。


「ただ田んぼを作るだけのスキルじゃない!?」


「そ。これはこの場に田んぼを作るだけのスキルじゃないわ。この水田フィールドの中にいる時、農民以外のクラスの移動速度、攻撃速度は90%ダウンする」


 なにそのチートスキル!?


「チッ」 


 フェンリルさんが効果を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をして舌打ちする。


 彼にとってはおそらく最悪に相性の悪いスキルだ。


 空を飛べれば回避出来そうな気もするが、さすがに浮遊魔法は使えないだろう。


「さ、急いでたみたいだし、アンリちゃんは今の内に逃げてもいいわよ」


 余裕の顔でフェンリルさんに背を向け、私の目の前に移動してくるサユカさん。

 

 そう言われて私もふと思い出す。


 そうだ。中央には人がいなかったから、早く左側へと向かわなければ。 


「――というか、なんで急いでるって思ったんですか?」 


「いや、だって――」


 そこまで言って彼女はなぜか笑いをこらえる。


「崖から転げ落ちてたから」


 そこから見てたんかい!


 自分でも恥ずかしさで、頬がカーっと赤くなるのを感じる。


「忘れて下さい!」

「むりっ! スクショ撮ったから」

 

 あんな予想もしない一瞬に良く撮れましたね!?


 たまに、その瞬間どうやって撮ったのみたいな写真あるけど、まさか張ってたんじゃないでしょうね!


「まぁまぁ、あっちまで飛ばして上げるからさ」


 恥ずかしと怒りで顔が真っ赤の私をなだめ、片腕だけで私の身体を軽々と持ち上げる。


「え、え、えぇ!?」


 戸惑の声を上げる私を無視し――


「農技・俵投げ!」


「なにそのスキルーーーーーー!?」 


 何のためにあるのか分からない謎のスキルが発動され、私は左側へ向かって高々と投げ飛ばされたのだった――。

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