第31話 イベント:2大王国模擬戦・最終戦

 ――初めの一戦でエアリー達を嵌めたような形になってしまい、私はしばらくイベントには参加せずに過ごしていた。


 だが、もう一戦くらいはやっておきたいと、最終日の今日、再びイベントフィールドに降り立った。


『人数が集まりましたので、これよりリヴィルニア王国とエストベル帝国 による模擬戦を開始します。制限時間は1時間。どちらかの国の騎士団長が倒れた時点で終了となります。それでは、皆さん頑張って下さい』


 いつも通りのNPCのお姉さんの合図で動き出す周囲の人達。


 だが、周囲のどこにも騎士団長さんや兵士さんは見当たらない。

 背後にある砦からも出てくる気配はない。

 

 側にいた女の人に聞いてみると、どうやらイベント後半戦として三日前にルールが追加され、騎士団長さん達は先に出発し、どこに向ったか事前に分からないようになったらしい。


 ということは、騎士団長さんを手伝おうと思ったら、運任せで一カ所ずつ探していかないといけないのか。


 今回はエストベル帝国側なので、王国側の騎士団長さんとは敵同士というわけなのだが……まぁ、模擬戦だから許してくれるよね?


 ジッとしてても仕方がないし、とりあえず右側から確認してみよう。


 他の人達よりやや遅れて進むことしばらく、王国側の時にもあった森を抜けると、すでに戦闘は始まっていた。


 切り結ぶ兵士さん達を中心に、両国の人達がお互い隙を見て攻撃を仕掛け合っていた。

 兵士さんに攻撃を仕掛ければ、その隙を突いて相手国に攻撃され、その攻撃した人を反撃するようにまた別の人が攻撃する。


 兵士さんのHPの方が多めなのか、はたまたレベルが低い人が多いのか、プレイヤーの方が頻繁に死んでいるが、しばらくすればほとんどの人はまた戦場へと戻ってくる。


「ヒール!」


 私は癒しの杖を装備して、近くにいる人を回復する。


 全体化と魔法で攻撃すれば一掃出来るかもしれないが、ウィザードで使える大魔法ならいざ知らず、初級魔法でそんなことしたら、確実に数秒で掲示板に晒されること間違いない。


「ヒール! ヒール! ヒール!」


 適当にダメージを受けてそうな感じの人を回復する。

 PTを組んでいればHPは見えるのだが、前衛職は必ずダメージを負う職業なので、そういう人たちを中心に支援していこう。


「ありがてぇ!」

「ヒール感謝!」

「あり」


 返事は様々だが、回復されて悪く思う人はいない。

 まぁ、もしHP減少をトリガーとして、攻撃力が増加するなどのスキルを使ってる人がいたら、怒られるかもしれない。


 だが、ちょっとそれもやりすぎたらしい。

 しばらくして、周囲から変な噂が立ち始めた。


「あの人ヒール連発しすぎじゃない?」

「よくMP切れないな」

「まさかMP無限スキルか?」

「え、なにそれ、私も欲しい」


 いや、そんなのあるならまず私が欲しいわ!


 異常な高INTのせいでMPが高いだけなのだが、この辺りにしておいた方が良さそうだ。


「えっと……MPポーション切れちゃったんで、下がりますね」


 皆に聞こえるようにワザとらしく大き目な声で宣言し、逃げるように足早にその場を離れる。


 背後から「ありがとな」等と感謝の言葉が耳に入った。


 感謝されたくてしたわけではないが、やはりそう言ってもらえるのはすごく嬉しい。


 ――自軍の砦ではなくフィールド中央に向って進むと、結構な高さの崖が現れた。


 二十メートルくらいはあるがだろうか、高所恐怖症の人でなくても、現実なら飛び降りるのは不可能である。


 だが、ここはゲームの中であり、急ではあるが傾斜が付いているため、滑り降りていけば問題な――。


「うわぁっ!」


 見事に途中で足を滑らせ転がり落ちる。


 痛みはないがものすごく目が回った。

 周囲の風景がグルグル回る中、周辺に人がいないことを確認する。

 こんなところ人に見られたら恥ずかしすぎる。


 幸いと、周囲には誰一人いないようだった。


 ――そう、誰一人と。


「おかしい……なんで誰もいないの?」


 違和感に気付いて思わずもう一度周囲を確認する。


 中央でも右側と同じように、乱戦が起きていると思ったのだが……。


 この状況、どこかで感じた覚えがある。

 そう、あれはイベント初戦の終盤の時――。


 思い出そうとしたその時だった――


「ようやく見つけたぞ。今度こそお前を殺す」


 風に乗って聞こえる殺意マシマシの暗殺者の台詞。


 どうして悪い予想は的中してしまうのか。


 反射的にその場を飛び退くと、先程のまでいた場所に銀色の光がエックスの字を描く。


「今回は戦争も序盤。いかにお前が硬かろうが、確実に削り殺す」

 

 フェンリルさんの手の中で、崩鎧絶刀がギラリと鈍い光を放つ。


「ここにいる人達はあなたが倒したんでしょ? だとしたら、他の人達が援護に――」

「来ない」


 私の苦し紛れの脅しを、彼はきっぱりと否定する。


 さすが暗殺者、冷静だ。


「ここにいた兵士はプレイヤーよりも先に片付けた。つまり、兵士がいないと分かっている場所に援軍は来ない」


 何人の人達が相手だったのか知らないけど、その人達の攻撃を躱しながら兵士さん達だけを倒したというのか……。

 さすが最上級プレイヤーの一人、とんでもない実力だ。


「それなら、また前みたいに耐えて見せる」

「そうだ、それでいい。その高防御力と回復魔法――その鉄壁の防御を俺の技で崩す!」


 フェンリルさんが腰を屈める。


 ――来る!


「超加速!」


「加速!」 


 少しでも速度差を緩和しようと、フェンリルさんのスキルに併せて、私も速度増加スキルを発動する。


 もはや影にしか見えない彼は真っ直ぐ突っ込んでは来ず、右へ左へと私の視線を撹乱する。


 ダメだ、やっぱり早すぎて捉えられない。


「プレジャー・ペイン!」


 私は諦めて防御に徹することにした。


「ダメージを受けるたびに防御力を上げるスキルのようだが、無駄だ。アーマーブレイクの方が効果が高い」


 前回使ったからさすがにバレてるか。

 でも、今の私にはこれくらいしか対抗手段はない。

 

 こんなことになるなら、何か対策を考えておくんだった……。


「まずは一撃――」


 声は――左からした!


 無駄な動作になるかもしれないが、大きく右に体を反らす。

 だが、その視野の右端に彼の姿はあった。


 ――フェイク!?


 私が聞いたのは残声!?


 それほどに彼と私には速度の差があるの!?


 大きく体勢の崩れた私に向い、フェンリルさんの右手が閃く。


 ゲームの中であることも忘れ、思わず耐えるようにギュッと目を閉じる。


 次の瞬間、何も見えない私の耳に響いたのは、フェンリルさんの驚きの声と、金属同士がぶつかる乾いた音だった――。

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