第30話 イベント:2大王国模擬戦・予想外の敵
「あ、あれ? なんで誰もいないの?」
変な誤解を受けたままでは嫌なので、最後に追いかける形で私も帝国側の森に入ったのだが、しばらく進んでも誰の姿も見えなかった。
森を抜けてさらにその先まで、行ってしまったのだろうか?
いや、そんなに言うほど遅れて出発していない。誰にも会えないのはおかしくないだろうか?
そして一度立ち止まり、何かないかと周囲を見渡していた時のことだった――
「まだ一匹残ってやがったか」
ゲームの中なのに感じるゾクリとした寒気。
背後の冷たい殺気に気付き振り返ると、ちょうど左右から1本ずつ短剣が振り下ろされるところだった。
思わず両手でガードして、後ろによろめき数歩後退する。
不意打ちに驚いたが、あまりダメージは高くないようで安心した。
「通常攻撃には耐えたか。レベルが高いか、VIT型か……どちらでも関係ないがな」
声は聞こえど姿は見えず。
かなりの高速で木々を移動しているのか、周囲を見渡せども全く姿が見えない。
私は道具袋の中から疾風のワンドを取り出す。
「ただではやられない――加速」
速度増加スキルで速度を上げれば、相手の姿を捉えることが出来るはず。
「速度重視のマジシャンか? だが無駄だ、俺を捉えることは出来ない」
「そんなことはない――ウィンドカッター」
僅かに捉えた影に向って風の刃を放つ。
だが、それが届く頃にはもうそこに影はなく、何もない空間を通過していくだけだった。
は、早すぎる。
これは偏差打ちじゃないと当たらない。
「もう一度、ウィンドカッター」
影の動く先を予測して風の魔法を放つが、それも予想の内なのか、影は射線に入る手前で方向転換する。
これ、動きが上級者過ぎるんですが!?
どう見ても中級者とかのレベルではない。しかもこの動き、単調なモンスターを狩る動きではなく、完全に対人を想定している。
一人で行動。
速度重視。
二刀。
対人に長けている。
この要素で思い当たる人物を、私は一人しか知らない。
アサシンの上級プレイヤー――フェンリルさん。
そんな人とこんなところで戦うことになるなんて、運がないとしか言いようがない。
まさに電光石火。
回避することすら構わない私に、フェンリルさんはまさに嵐の様に四方八方から攻撃を浴びせてくる。
「チッ、硬てぇな。高レベルのVIT特化か……」
何度も攻撃を受けて倒れない私を見て、どうやら勘違いしたようだ。
ほぼ補正だが私のVITが高いのは事実。ただそれだけではない。彼は2次職、私は現在レベル48である。対人の場合レベルの差がある分だけダメージに補正が入る。その補正により、彼のダメージはかなり低めに抑えられているのだろう。
突如、目の前に一人の男の人が現れる。
細身の体形に高身長、短い銀髪に赤く鋭い眼がギラリと光って見える。
こ、これがフェンリルさん……。
加速系スキルは解除したのか、普通の動きで道具袋の中を漁る。
「
このゲームとしては聞いたことのないスキルだが、名前から察するに防御力を下げる効果を持っているのだろう。
しかもわざわざ自分からバラしてくるあたり、かなりの自信を持っていると見える。
フェンリルさんが崩鎧絶刀を持った手を後ろに引く。
そして、その手を前に持っていくと同時に、手の中の武器が放たれた。
投げるの!?
私はとっさに杖で投げられた武器を弾き飛ばす。
上方に飛ばされた武器を目だけで確認しながら、その視野にもう一つの飛来物体が飛び込む。
飛んできた武器の陰にもう一本!?
予想外の攻撃に反応出来なかった私の腕に、一本の武器が突き刺さる。
ゲームなので痛みはないが、反射的にそれを引き抜いて地面に投げ捨てる。
落ちた武器を確認すれば、そちらがさっき見せられた崩鎧絶刀であり、私の装備している軽鎧に、ヒビで今にも砕けそうなエフェクトが現れる。
デバフは初めて食らったが、これが防御力減少デバフのエフェクトなんだろう。
というかフェンリルさんはどこに?
いつの間にか彼の姿は先ほどの場所にはない。
弾き飛ばした武器が崩鎧絶刀ということは、先に飛ばしてきたのは装備していた武器?
ということは――!
頭上を見上げれば、予想通り彼はいた。
私の頭上6メートルほど高く跳躍し、先程の弾き飛ばした武器を空中で受け止め、二刀を私に向って構えている。
「超加速」
再び加速スキルを発動する彼。
またしてもその姿は影と変わる。
「終わりだ――超連撃」
無尽に飛び交う影から放たれる、無尽の斬撃。
アーマーブレイクの効果のせいか、先程までとは違いHPが目に見えて削られ始める。
「プレジャー・ペイン」
連撃相手ならこのスキルが有効だ。
だが、ダメージを完全に抑えることは出来ず、HPの減少は続く。
「無駄だ。俺は削り殺すまで止まらない」
おそらく、こちらから攻撃しても当たらない。
だが、このまま終わるのも面白くない。
――耐久レースといこう。
この模擬戦には時間制限があるし、どちらかの騎士団長さんが倒れればそこで終わる。
私は装備を癒しの杖に変更する。
「チッ」
もはや方向も分からないが、彼の舌打ちが聞こえる。
彼はこの武器を知っている、ということだろう。
そして、私はこの武器を装備した時のみ使用できる魔法を使う。
「ヒール」
HPが削れる速度もかなりのものだが、MNDのステータスも高い私は、ヒール1回でも結構な量回復する。
無限に続く斬撃、それに対抗して私はヒールを連発する。
いつまでも続くと思われたその戦いに、突如乱入者が現れた。
「この辺りだ! まだ隠れてるかもしれねぇ!」
こ、この声は……またこっちに来たのかあいつは!?
「もう止めましょうよ。こっち攻めても何もないですって」
「うるせぇ! 訳も分からないままやられて黙っていられるか!」
どうやら怒り心頭で仲間の声に耳を貸さず、冷静な判断も出来ない様である。
弱い奴ほどやられてムキになる。
良くいるんだよなぁ。
ということは、先に森に入って行った集団は、フェンリルさんに全滅させられたのか。
なら、エアリー達は逃げ延びたのだろうか……。
「チッ。めんどくせぇ、一度退くか。次に会う時は、確実に殺す」
それ、完全に暗殺者の台詞なんですが……本業の方?
彼なら私の相手しながらでも全滅させられそうな気がするが、どうやら退いてくれるようである。
急にピタリと攻撃が止んだかと思うと、彼の気配消え去り、後に残るのは未だに聞こえる五月蠅い声だけだった。
さて、このままここにいると面倒くさそうなので、私も退散しよう。
ちょうどそう思った時、NPCのお姉さんの声がフィールドに響き渡った。
『エストベル帝国騎士団長の戦闘不能を確認しました。今回の模擬戦はリヴィルニア王国の勝利です。お疲れ様でした。一度休憩してから、次の模擬戦も頑張って下さい』
アレクさん達がやったのだろうか?
とりあえず、この戦いはここまでだが、結局エアリー達には追いつけなかった。
次にどの模擬戦で当たるのか考えると……このイベント、これ以上参加するか悩んでしまう。
でももう一度会って、誤解だけは取っておきたい――。
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