第23話 死神
ダメージログを見た私はあることに気が付いた。
それは敵の名前だ。
ログの中にはしっかりと名前が残っていた。
――死神タナトス。
ギリシャ神話とかで死を司る神とか、そんな感じの奴だったと思う。
ただ一つわかるのは、こんな大層な名前を付けるのだから、とんでもなく強いだろうということだ。
「またしても無理ゲーすぎる……」
思わず愚痴が零れる。
一瞬負けイベントかとも思ったが、今までのゲーム経験的にそれは違う気がした。
だとすれば、どうにかしてダメージを与える方法があるはずだ。まずはそれを見つけなければ何も始まらない。
ふいに、正面から頬を撫でるような風がそよぐ。
「ひッ!」
いきなり視界いっぱいに死神の顔が浮かび上がり、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
反射的に閉じた目を開けると、そこには先ほどまでと同様に、ただ闇が広がっているだけだった。
ふと、気付いたかのようにHPバーに目をやれば、普通なら緑一色のバーがほぼ黒一色になりかけていた。
「なんてダメージ量……」
ログのダメージを確認しながらハイポーションを連続使用する。
ダメージログには死神タナトスからのダメージは6502となっていた。私のHPの最大は6626なので、HP満タンでも今のよくわからない攻撃一発で瀕死だ。
そしてヤバいことがもう一つ。
もうハイポーションが残り少ない。
元々大量に持ってきたわけではないのだが、高ダメージを受けるたびに大量に消費していたので、いつの間にか無くなりかけていた。
早くなんとか出来そうな方法を考えなければ……
ふと、先ほどと同じように、正面から頬を撫でるような風がそよいだ。
その数秒後、再び正面の闇の中から死神が躍り出る。
「はあぁッ!」
なんとなく予想してはいたものの、あまりの唐突な出現に、慌てていつも腰に下げている鉄の剣を振り抜いていた。
そして、HPバーを見れば再びほぼ黒一色に。周囲が暗いせいもあって緑の細い縦棒があるようにしか見えない。
ふとダメージログに目が行き、そこにある一行を見て思わず目を見開いた。
『死神タナトスへ3177のダメージ。』
ダメージが、通った――?
攻撃してくる瞬間姿が見えた。その瞬間だけダメージが通る、ということなのだろうか?
慌てて鉄の剣で反撃したが、魔法は効くのだろうか?
瀕死になったHPを回復しながら、そんなことを考える。
「あ」
さっきのことで忘れていたが、今の回復でとうとうハイポーションは尽きてしまった。
せっかくダメージを与えられる方法がわかったというのに――死んでも戻って来れるのだろうか? 宿屋で目が覚めたら世界崩壊後とかないだろうか?
回復手段がなく生き残る術がないせいか、そんな良くない妄想ばかりしてしまう。
そして、三度そよぐ風。
これが攻撃してくる予兆なのは明らかだ。
「ウィンドブレード!」
タイミングを合わせて魔法を放つ。いや、放ったつもりだったが、ダメージログには変化がなかった。
初めに当てた時にはしっかりと0と表示されていたので、おそらくタイミングが合わず外したということなのだろう。
「はぁ……ま、ここまでかな」
どう考えてもLv36程度で戦うボスじゃないし、諦めて死のう。
ピロン
突然鳴る一つのありふれた電子音。
メールやメッセージなど、何かが届いたことを知らせる音だ。
「こんな時に誰……ていうか、ゲーム内の知り合いなんて――」
メールに一件の新着があった。フレンドなんていないので、届くものと言えば運営からのメンテ延長のお詫びくらいしかないはずなのだが。
差し出し人を見て、「あっ」と思わず声が漏れる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
差出人:サユカ=神楽坂
件名:おにぎり
本文:アンリちゃんの作った白米をおにぎりに加工したから送るね♪
添付:おにぎり 20個
―――――――――――――――――――――――――――――――――
そういえばこの間フレンド登録したんだった。
おにぎり20個を受け取り説明を確認する。
『おにぎり:白米を加工して作った回復食材。持ち運ぶならこれが最適。』
回復食材という説明に、私は迷わずそれを口に運ぶ。
1個……2個……
「すごっ!」
たった2個食べただけでHPは全快まで回復した。
お米生産なんて無駄なクエストだと思っていたが……これは後でサユカさんにお礼を言っておかなければ。
ふと、頬を撫でる風がそよぐ。
私は正面に全神経を集中し、死神の姿が見え巨大な鎌を振り下ろしてきた瞬間に、先ほどと同様に魔法を放つ。
「ウィンドブレード!」
今度はどうだ!?
『死神タナトスへ21291のダメージ。』
来た! 魔法もダメージが通る。
死神タナトスのHPバーはほとんど変化したようには見えないが、何度も繰り返せば……いや、それは無理か。おにぎりの数には限りがある。
もう一手、何かないものだろうか?
何かないものかと開いたステータス画面を見て、ふとつい先ほど手に入れたものを思い出す。そして、『称号』を選択する画面にいくと、見慣れた称号の下にもう一つ称号が追加されていた。
ダーク・アモスフィアから手に入れた『闇に抱かれし者』である。
今この状況でSTRを上げる意味はほぼ無いし、この暗さならもしかしたらかなりのパラメータ上昇を望めるかもしれない。
私はすぐに称号を『闇に抱かれし者』に変更する。
パラメータを確認すると、INTはしっかりと2倍の2414になっていた。
あとはダーク・アモスフィア討伐で手に入れたスキル、深淵の魔眼に賭けるしかない。高倍率と書いてあったが、一体どれほどのダメージが入るのか。一日一発しか撃てない以上、これは確実に当てたい。
おにぎりが無くなるまで、少し練習した方がいいかもしれない。
そして、何度目かの風が頬を撫でる。
「ウィンドブレード!」
だが、今のはやや早かったらしく、ダメージが入らなかった。
本当に攻撃してきた瞬間を狙わないとダメなのかもしれない。
私はおにぎり2個で素早くHPを回復すると、相変わらず赤いHPバーしか見えない死神タナトスがいるはずの方向へと、意識を集中するのだった――。
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