第21話 ダンジョン:星屑の崖 その5
広大な部屋の中央に突如現れた謎の黒い球体。
それから視線を上に反らせば、やはりそれはあった。
ダーク・アモスフィアという名前と、その下にある長いHPバー。敵があまりにも巨大なせいか、HPバーも異様なほど長く感じる。
「やっぱりボス部屋だったか……」
如何にもって感じの部屋だったのに、何も考えずに入ってしまったことに後悔する。
「加速!」
とりあえず敵が何も動きを見せないため、先制して攻撃を仕掛ける。
高速で敵の背後――いや、球体なのでどちらを向いているかは分からないが、取り合えず10回程斬り付け、元の入り口付近まで退避する。
加速を解除してダーク・アモスフィアの様子を見る。
攻撃を仕掛けても未だに動きはない。
HPバーは、見た感じ減っていない。
今のでいくつダメージが入っているのだろうか?
ダメージログを確認し、なんとなく予想通りで納得すると同時に、完全に諦めた。
ダメージログに並ぶのは全て0。
魔法しか効かないダーク・テラーのみの最下層、そこのボスであるこいつも、同じように魔法しか効かないであろうことは、予想に容易い。
ただ一つ違うのは、私が使える程度の魔法ではこいつを倒すのは無理であろうと言うこと。
「ウィンドブレード!」
ダメ元で風の魔法を放つ。
私の身長くらいの巨大な風の刃が一直線に奔る。目の前の黒い球体は相変わらず微動だにせず、風の刃が直撃するとHPが微妙に変化したように感じた。
すぐさまダメージログを確認。
ダメージは1905。ダーク・アモスフィアの耐性も、ダーク・テラーとさほど変わらないようだ。
一体何発当てれば倒せるんだろう……。
そんなことをボーっと考えていた時だった。
「わぁっ!」
いきなりの衝撃波に構えが取れず、体勢を崩して尻餅を付く。
今のはもしかして向こうからの攻撃!?
慌てて自分のHPを確認して、思わず目を疑う。
今の一撃でHPの6割近くを持っていかれている。つまりは、2発食らったらその時点で死亡である。
私は急いでハイポーションを使用してHPを回復する。
そして、次の一撃を警戒して再びダーク・アモスフィアへと向き直る。
だが、次の一撃が飛んでくる様子はなかった。代わりに、巨大な球体を囲むように、黒い怪しげな光を放つ小さな魔法陣が無数に出現する。
そして、その魔法陣一つ一つから、ダーク・テラーが姿を現わす。
前にやっていたオンラインゲームにも、同じようにボスが周囲に雑魚モンスターを召喚するものがあった。
ボスモンスターの取り巻きというやつだ。
「いや、これどう見ても無理でしょ」
ダーク・テラー一体ですら倒すのに時間かかるというのに、目の前に見えるのはざっと見積もっても100体はいる。
全体化を使えば100体だろうが同時にダメージを与えられるが、100体からの攻撃を避け、さらに先ほど食らった謎の衝撃波にも注意しなければいけない。
どう考えても不可能だ。
死に戻りは確定として、少しでも情報を収集するか……。
「ん?」
キラーアクスを仕舞い、MPポーションを出そうと道具袋を漁っていた指に、あるアイテムがここぞとばかりに存在を主張してきた。
忘れかけていた――いや、あえて忘れていたアイテムを道具袋の中から取り出す。
いつかのクイズクエストで手に入れた黒縁の眼鏡だ。
その眼鏡のレンズはこの薄暗い部屋の中で怪しげな光を放ち、「いつ使うの? 今でしょ!」と脳内に訴えかけてくるようであった。
絶対呪われてるでしょ、これ。
思わず手を伸ばして眼鏡を遠ざける。
突如視界に入る黒い影――。
慌てて横に飛び退くが、回避行動に移るのが遅かったせいで、かなり被弾した。
急に飛んできたのは、ダーク・テラー100体からの黒い礫だ。さすがに100個も集まれば、見た目は巨大な塊となっていたが。
私はもう一度眼鏡を見る。
少し逡巡した後、畳まれた眼鏡を開き、両側のテンプル部を指で掴む。
もはや悩んでいてもしょうがない。
オンラインゲームで呪われた装備とかほとんど聞かないし、某ドラ〇〇みたいに外せなくなるなんて事はないだろう。
「眼鏡、装着!」
思わずいらんことを叫びながら、私は眼鏡を装備する。
パッシブスキル『インテリ眼鏡っ子』により、INTが補正込みで1107という、ありえない驚異の四桁になっているはずである。
ステータスを確認したい気持ちはあるが、まずは目の前の敵を殲滅するのが先決だ。
「全体化!」
クエストで手に入れたウィザードスキル『全体化』を発動させる。
一度発動すれば、解除するまではずっと継続される。
「いくわよ、ウィンドブレード!」
右手を前に突き出して風の魔法を放つ。
何重にも重なり眩いほど薄緑色に輝く風の刃が、それぞれ別の方向へと向かって飛んで行く。
ダーク・テラーは真っ二つにされ、斬られた奴から順に霧散して消えていく。といっても、一体一体の距離はそんなに離れていないため、見た目にはほぼ一斉に消滅している感じだ。
風の刃はダーク・アモスフィアにもダメージを与え、その瞬間、黒い球体が鼓動するかのように震える。
アレが来る!
そう思った時にはもう遅かった。
意味もなく両腕でガードの姿勢を取る。
ダーク・アモスフィアから放たれた黒い衝撃波が私を吹き飛――ばさなかった。
私は体勢を戻し、状況を確認する。
攻撃される前と全く何も変わっていない。
本当に攻撃されたのだろうか?
確認のためにダメージログを呼び出す。
ダーク・アモスフィアへのダメージ、19527。そして、ダーク・アモスフィアからのダメージは……18。
うん、再度確認したけどやはり2桁だ。
ということは、あの衝撃波(?)は魔法攻撃に分類されるのだろう。
一時は絶対死ぬと思われたが、この呪われたアイテム――もとい、眼鏡のおかげで逆に勝ち確定と言っても過言ではない。
ダーク・アモスフィアの周辺に再び魔法陣が浮かび上がる。
攻撃してきた後に召喚を行う行動パターンなのだろうか?
ダーク・テラー100体から攻撃を受けたところで、ダメージはおそらく100程度なのだが、わざわざ食らってあげる義理はない。
「ウィンドカッター!」
MP温存のため初級魔法の方を放つ。
小さな風の刃が無数のダーク・テラーを切り裂き、ほぼ一斉に霧散していく。
「あ、あれはっ!?」
先ほどは薄暗くて気付かなかったが、ある重大なことに気付き無意識の内に大声を上げていた。
ダーク・アモスフィアを取り囲むように、黒い何かが床に薄っすらと積もっている。
腐るほど見て来た私には、それが何かすぐに分かった。
それは紛れもなく漆黒の塵だ。
特殊召喚された敵だからドロップは落とさないかと思っていたが、普通に倒せばドップ品を落とすようだ。
――て、ことはである、これを続ければ大量に手に入るのでは?
全体化で攻撃している以上、どうしてもダーク・アモスフィアにもダメージは入ってしまう。だが、まだHPは1割も削れていない。一番弱い魔法で召喚する度に攻撃していけば、かなりの数が集まるだろう。
こうして、まるで縛りプレイかのような耐久戦が始まった。
何度も攻撃して気付いたのだが、どうやらダーク・アモスフィアからの衝撃波のような攻撃は、こちらに対するカウンター攻撃のようだった。しかも全方位攻撃で、色々試してみたが回避は無理そうだった。
――いい加減数えるのも嫌になり、もう何度放ったのかも分からなくなった頃、
コォォォォォォォォォッ
突如上がる不気味な声。
見れば、遂にダーク・アモスフィアのHPは0となっていた。
ひたすら同じ動作の繰り返しに、敵のHPすら見てなかった。
巨大な黒い球体が、徐々に削られていくかのごとく霧散していく。
しばらくボーッとそれを眺め、完全に消滅して部屋の中にいるのが私一人になった時、改めて倒したんだという実感が湧いてきた。
部屋の奥にはいつの間にか宝箱が出現しており、外装に施された装飾から中身に対する期待が膨らむ。
「塵の収集もしないといけないけど、まずはお宝かな!」
ドロップ品は放置しても消えないため、宝箱の中身を確認すべく、一直線に部屋の奥を目指す。
だが、その途中、丁度ダーク・アモスフィアがいたあたりに、見覚えのある物が落ちていたため足を止めた。
そして、足元で光る小さな赤い宝石を拾い上げる。それは、どこかで見た物と同じようにハートの形をしていた。
「こ、これは……心ね」
なんとなく敵の心を使うという行為に気が引けるが、パッシブが増えるに越したことはない。
まぁ、後で使ってみよう……。
とりあえず、今はあの宝箱の中身が気になる!
ゲームの中ではあるが、宝箱を目の当たりにすると、自然と脈が上がる。
この瞬間が楽しくない人などいないだろう。
「ボスも強かったし、最強装備とか入ってたりして!」
宝箱の蓋を押し上げると、中から眩い光が迸る。
「おぉー!?」
まるでアニメのようなワンシーン。
私は待ちきれなくなって一気に蓋を持ち上げ、
そして絶句した――。
眩いまでの光の演出は一体何だったか、宝箱の中身は空だった。
「なんでやねん!」
思わず宝箱に対してツッコむ。が、当然反応は返って――――きた。
目の前に一つのメッセージが現れる。
『ダーク・アモスフィア討伐報酬。
<初・ソロ討伐者限定報酬>
スキル:深淵の魔眼
深淵を覗き視た者だけが放つの事の出来る絶大なる力。
STRとINTを合算した超高倍率ダメージを与える。
攻撃を受けた後の3秒間のみ、カウンタースキルとして発動可能。
使用制限:1回/日。
<MVP討伐者報酬>
パッシブスキル:闇夜の探究者 INT+100』
限定スキル!? どれくらい強いのかよく分からないが、限定という言葉が付いてる時点ですごく嬉しい。ただ、カウンターとしてしか使うのが難しそうなのが、実践で本当に使いこなせるのか怪しいところ。
MVP討伐者報酬はINT+100。今までINT補正が無かったので、これは普通に嬉しい。
ちなみにMVPとは、パーティーでボスを討伐した場合に、一番ダメージを与えた人のことだ。
残るはこれか……。
私は手の中のハート型の宝石を見つめる。
まぁ、使わなければ何の価値もないし、使おう。
『称号:闇に抱かれし者
周囲の暗さにより全能力上昇。最大+100%』
おぉ、久しぶりの称号。強そうだけど、なんだか夜しか効果を発揮しなさそうな説明である。しかも、もし何も見えない暗闇が最大だとしたら、夜でも月明かりとかで、50%くらいしかいかないのではないだろうか?
とりあえず、こんなものだろうか。
後は、取り巻きとして出現し続けた、ダーク・テラーのドロップ品を回収するだけである。
私は邪魔になる眼鏡を外して道具袋の中にし――――!!!
どうやら……眼鏡は顔の一部です。が、現実になってしまったようである。
「眼鏡外れねぇーーーーーーっ!」
私のやり場のない怒りが、広大な空間に反響しまくるのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます