第11話 光速の爺さん

 西の方にあったドMの町を後にした私が次に訪れたのは、地図上でその町とは逆方向にある東の山だった。


 事前に話しを聞いていなければまず見逃すであろう、草を別けたような小さな道が舗装された街道からやや離れたところにあった。


 山の中にはモンスターが多数配置されおり、それらはそこそこ強かったことから、ある程度強くなってから来る場所、という位置付けで作られた場所と思われる。


 ただ、山の中の敵ということから樹種族が多く、それほど苦労することなく山の頂上まで辿り着くことが出来た。


「ホッホッホッ。また人の子が遊びにきたかの」


 生い茂る木々を抜け、山の頂上に出ると同時に開けた視界の中にいたのは、小柄なお爺さんだった。私の身長は152cmと低めだが、それよりもさらに低い。

 頭のてっぺんにはすでに髪はなく、代わりに顎に多量な白髭を蓄えていた。


「お、お爺さん? いや、あなたがクエストNPCね!」


 私が失礼を顧みず指を差すと、お爺さんは嫌そうに眼を細めた。

 ただのNPCなのにこんな反応を返すなんて、さすがAIとしかいいようがない。


「ストレートなお嬢ちゃんだの。如何にも、儂がここのクエストNPCじゃ。ここでは儂と駆けっこをしてもらう」


「か、駆けっこ……?」


「そうじゃ。儂より早くゴールすれば儂の秘伝の技を伝授する。単純じゃろ?」


 た、確かに単純だけど……今までの流れからして、絶対にそんな簡単にいかない気がするのは気のせいだろうか?


「スタートは公平にこのシグナルを使う」


 お爺さんが指し示す方に目をやれば、そこには上から赤色二つと青色一つのランプが付いたものがあった。よくレーシングゲームなんかで見かけるやつだ。


「それじゃ、始めるかの」


 そう言ってお爺さんが少し歩いたところで止まる。その足元には、いかにもスタートラインといったように、白い線が横一文字に描かれていた。


 とりあえずどれだけ早いのか、まずは普通に走ってみよう。


 ピッ


 ゲームで聞き慣れた電子音と共に、一番上の赤いランプが点灯する。

 ふと横に並ぶお爺さんを見れば、手を後ろで組んで余裕の表情で立っていた。


 ピッ


 私はスタートに備え片足を後ろに引く。

 

 ポーン


 ちょっと間の抜けるようなスタート音と共に走りだす。

 ここからだとかなり遠くに見える先の方には、ゴール地点と思わしき白旗が立っており、その横にはお爺さんが立っていた………………は?


 私の方はというと、まだ数歩しか走っておらず、ゴールまでかなりの距離があった。


 いやいやいや、いくらなんでも早すぎんか?


「ホッホッホッ。まだまだじゃの」


 ニコニコ顔のお爺さんを私は軽く睨む。

 

「もう一回勝負よ」

「何度でもよかろう」

 

 2度目の挑戦。

 速さに影響するAGI(アジリティ)をあまり上げていないとはいえ、パッシブスキルで+100されているからいい勝負出来るかと思っていたが、まさか全く歯が立たないとは。

 このゲームでは速さの差で相手の動きの見え方が変わってくるため、お爺さんの走る姿を全く確認出来なかったということは、私とお爺さんの間には相当な差があるのだろう。


 ピッ ピッ 


 二度目のシグナル音。


 最後の合図の前に私はスキルを発動する。


「加速!」


 ポーン


 これで少しはいい勝負が――と思ったのも一瞬のこと。

 旗に向って走り出した私の視界に、突如としてお爺さんの姿が現れる。横を駆け抜けゴールに辿り着く、そんな経過などは一切ない。空間を転移して現れたような、そんな印象すら受ける。


「また儂の勝ちじゃな」

「は、早すぎる……お爺さんに勝てた人いるの?」

「いいや、まだ一人もおらん」


 やはり予想通り無理ゲーの類だったか。


 何とかして勝ちたいが、その手段が全く思いつかない。

 しかし、このまま帰るのも悔しい。


「とりあえずもう一回お願い!」

「何度でもかかってきなされ」


 ――というやり取りを何度も何度も続けること90回以上。

 全く勝てる見込みはないが、色々わかってきた。


 まず、ゴールまでの距離はだいたい1キロ。

 そしてお爺さんがゴールにたどり着くまでの時間、約1秒。これに関しては体感でしかなく、0.5秒だとしても測るすべがないし、肉眼でそれを認識するのは不可能に近い。

 あと、普段いる場所では昼夜や天候があるのだが、なぜかここだけは常に明るく、天気も崩れることなく常に快晴だ。

 

「だいたい20秒か……」


 何度も自分の中で時間を計りながら走ったのだが、加速スキルありで20秒が限界だった。といっても、時速180kmで走り抜けてることになるのだから、その体感は凄まじい。一瞬で変わる景色とリアルではありえない速度に恐怖し、初めは無意識の内に速度を抑えていたのだが、今ではそれもなくなり、2分以上かかっていたタイムがここまで縮まった。


「ホッホッホッ。まだまだじゃのう」 


 もう何度となく聞き飽きた台詞。


 だがもうこれ以上聞くことはない。

 

「まだ続けるか?」


 何回目あたりからか忘れたが、何度もやったせいかお爺さんの方からそう聞いてくる。


「いいえ、帰るわ」


 初めてのクエスト断念――。

 だが仕方がない。これ以上何万回と続けたところで結果が変わるとは思えない。

 

 だけど必ずリベンジする。

 余裕で笑っていられなくしてやるんだから、見てなさいよ!

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