第10話 とんでも理不尽クエスト

 ルイス村を後にした私は、ミスターKの情報通り西の方にある町に来ていた。ただ、どうやらクエストがあるのはここではなく、さらに西に行ったところにある広場のようだった。


 そして、その広場に向かった私は、とんでもない光景に絶句した。


「もっとだァ! もっと俺を痛めつけてくれェッ!」


 自虐的な雄たけびを上げながら、その男は広場の中央に磔にされていた。

 そして、その男を取り囲むように、町の住人だろうか、多数の人々が集まっていた。ただ、異様なのはその手に持つ物。誰もが皆、子供の拳ほどの大きさの石を大量に抱えている。


「お前のせいだ! お前のせいで彼女が出来ないんだ!」

「そうじゃ! お前のせいで儂の髪が減っていくんじゃ!」


 なんだか無茶苦茶な理由を叫びながら、町人達は次から次へと石を男に向って投げつける。


「そうだァ! 全部俺のせいだァ! だからもっと投げてくれェ!」


 嬉しそうな声を上げる男。

 だが、石は実際には男に外傷を負わせてはいない。

 事前の情報通り、ドM精神のある男が今の状況に興奮して、訳も分からずに叫んでいるだけだろう。


 それはいいとして、これは一体なんなのか……?


 それを考えようとした私の背後から、一人の男の声が聞こえた。


「あんたも罰を受けに来たのか?」


 振り返ればそこには大柄の戦士風の男が立っていた。戦士風と言っても、それを連想させるのは腰に下げた剣と背中の盾だけである。防具という防具はほとんど見つけておらず、全裸にも近い姿だった。

 どこかで聞いたことがある。あえて防具を身に着けずプレイする裸族と呼ばれる人たちがいるという話を。

 

「……ば、罰? ここはどういうとこなの?」

「なんだ知らず来たプレイヤーか。ここは悪しき心を持つ者が罰を得られる場所さ。体力がゼロになるまでの間、NPCからひたすら石を投げつけられ罵倒される。それがたまらなく快か……いや、罪滅ぼしとなるのさ」


 言い直した……。


 とりあえず分かるのは――こいつもドMだ!


「そ、そうなんですか。私には無縁ですね」

「そうか。まぁ、普通のプレイヤーはここから南にある星屑の崖に向かう。中級プレイヤーには最高の狩場らしいぞ」

「そ、それはどうも」


 と、適当な会話をし、私は一度この場を後にした。




 M男達がいなくなった夜遅く、私は再び広場に来ていた。


 先程とは打って変わって静かなそこに、一人の老人が佇んでいた。

 

 おそらくこのお爺さんがクエスト発生のNPCだろう。


「あのー、すいませーん」

「おぉ、やっと来て下さったか救世主様」 

「は、はぁ……?」


 M男の言ってたことと全く違うお爺さんの台詞に、思わず間の抜けた声を返す。


「町の住人達の不満が爆発し、それを受け止めてくれる神のようなお方を我々は待っているのです。ぜひ我々を救っては下さいませぬか?」


 な、なるほど……それでああいう状況になったのか。


「ま、まぁ、やってみようかな」


 気のない返事を返すが、お爺さんは構わず笑顔を見せる。


「おぉ、やって下さいますか! ではこちらへ!」


 案内されるような感じの台詞だが、周りの風景が一瞬ブレ、戻ったころには別の情景に代わっていた。


 さすがVRゲーム。 


 目の前に広がるのは始めに見た光景のM男視点。いつの間にか広場の中央に磔にされており、周囲には多数の町の住人達がいた。


「あ、これ急に始まる感じ?」


 いやな予感を感じたのも束の間、突如浴びせられる罵倒。その中には聞いたことのある台詞も混ざっている。


「お前のせいだ! お前のせいで彼女が出来ないんだ!」

「そうじゃ! お前のせいで儂の髪が減っていくんじゃ!」


 NPCの台詞なんだけどあえて言わせて欲しい――理不尽であると!


 それはさておき、このクエスト一体どうすればいいのか? クエストである以上クリア条件があると思うのだが……


 よく見ればHPバーが徐々に減ってきている。

 とすれば、終わるまで耐えるという線が濃厚か。


 磔にされているため手は封じられているが、アイテム欄から回復アイテムであるポーションは使用できるようで、定期的にアイテムを使い死なないように粘っていると、


「女神様がいるのはここか?」


 さらに住人が追加された。


「あのクソおやじ!」

「俺はなんで頭が悪いんだ!」

「DTで何が悪い!」


 もはや石を投げ付ける理由が意味不明である。

 これは完全にただの八つ当たりだ。

 しかし、これはゲームの中のNPCの台詞。ということは、開発者の不満だったりするのだろうか?


 そんなことを考えながらポーションを連続使用していたのだが、あまりのHPの減りにあっという間にポーションが尽き、


 ――NPCの攻撃により死亡しました。


 嘘でしょ!?  


 死亡メッセージと共に周囲が暗転し、気が付いたら近くの町の宿屋に移動していた。


「はぁー……」


 思わずため息が漏れる。


 初の死亡がまさかNPCの攻撃とは……


 石一つ一つのダメージは大したことないのだろうが、あまりの人数に予想以上のHPの減少速度だった。これは、普通のポーションでは間に合わないかもしれない。

 それに、あのクエストがどれくらい長いのかもわからないし、あそこからさらに住人が追加される可能性もある。


 これは事前準備が必要ね。

 とりあえず道具屋へ行き、ポーションの上位、ハイポーションを大量に購入する。それから、何日か大き目の町に居座り、モンスタードロップ品のレアな高い装備一式をそろえた。

 大き目の町には、プレイヤーが手に入れたドロップ専用装備などを登録し、それを他のプレイヤーが買う市場的なシステムが用意されている。物によって設定出来る値段の幅が決まっているが、競争率が低ければ基本はみんな上限設定だ。


 石が固定ダメージだったら装備は意味ないかもしれないが、まぁ、普通に使えるから別に気にしなくてもいいだろう。


 さぁ、前回の屈辱を晴らすべく、私は再びあのクエストに挑戦する。

 もちろん他の人がいない時間を狙って。


「お。ダメージ減ってるんじゃない!?」


 前回からのHPバーの減り方の違いに、私は思わず声を上げた。

 微々たるものかもしれないが、やや減り方が遅くなっている気がする。


「女神様がいるのはここか?」


 聞き覚えのある台詞と共に住人が追加される。


 HPバーの減少速度が上がるが、やはり前回よりも遅くなっている。

 ポーションをハイポーションにしといたのも正解だ。前は連続使用していたところが、今は断続的に使用で追いついている。


「女神様が降臨されたのは本当なのか?」


 一応予想はしていたが、さらに住人が追加された。しかも、人数が初めに追加された数の倍ほどいる。


「俺のせいにすんじゃねぇ!」

「あんな奴大っ嫌いよ!」


 相変わらずの暴言の嵐である。

 不満の意味すら怪しくなってくる。


「くそったれ!」

「バカヤロー!」


 それもうただの悪口だから!

 こっちが言いたいわ!


 四方を全て住人に取り囲まれ、その中央で磔にされて無数の投石を受ける。


 なんだこのクエスト!

 誰だこれ考えたやつ!


 残りハイポーションの数も後わずかになり、内心ビクビクしながらも冷静に回復を続ける。どちらに転ぼうが、耐え続けるしか私に道はない。


 三桁あったハイポーションの残りが一桁になったその時、急に視界が開けた。今まで周囲を埋め尽くしていた石の嵐が収まったのだ。


 お、おわった……?


 恐る恐る周囲を見回すと、住人達は一斉に腰を下げ私に向って手を合わせた。


「有難うございます女神様!」

「ぁぁ、これで救われる」

「やはり救世主様だ」


 お礼の言葉を口にする人々。

 どうやら終わったようだが、これはこれでなんか恥ずかしくて耐え難い。


 正直、女神だの救世主だの崇めるなら、石を投げつけるなとツッコミたいところだが、雰囲気的にやめておこう。


 磔の拘束が解け、目の前にクエスト開始時に話しかけたお爺さんが歩み寄る。


「有難うございました救世主様。あなた様のお力で町の人々は救われました」

「は、はぁ……」


 特に何もしてないというか、何もできない状態でしたけど!?


「我々を救って下さった救世主様の心には本当に感謝しております。皆からの感謝の気持ちをお受け取り下さい」

 

『パッシブスキル:慈悲の心

 人々の苦を一身に受けた者の証。VIT+100』


 酷いクエストだったが、報酬はすごい。VITは防御力とHP上限に関わってくるため、単純に死ににくくなる。


『スキル:プレジャー・ペイン

 ダメージを負うごとにDEFが+5されていくスキル。持続時間180秒。最大でDEF+300』


 今回もなかなか強そうなスキルなのだが、名前はなんとかならなかったのだろうか? 直訳すると快楽痛なんだが……。


 今までもそうだったけど、開発者のネーミングセンスが酷い。あとで要望でも出しておこう。


「初めにあった時に感じたが、やっぱりあんたはただ者じゃなかったな」


 いきなり掛けられた声に驚き、そちらに顔を向ける。

 

 初めに私に声を掛けてきたドMプレイヤーだ。


 あえて誰もいない時間を狙ったのに、まさか見つかるとは……。


「まさかクリア出来るほどの奴がいるとは思わなかった。あんたこそ俺の右腕に相応しい」

「それはどういう意味――」


 私ドMじゃないんですけども?

 という本音は隠し、あたりさわりのない返事を返す私の目の前に、一つのメッセージが現れる。


『ギルド:痛みの極致 から勧誘申請が来ました。』 


 …………は?

 

 この人のギルドだろうか。なんか名前だけ見るとカッコイイ。でもメンバーはきっとあれな人達だけで構成されているに違いない。


 目の前のドM男を見ると、白い歯を見せ親指を立て爽やかな笑顔を返してくる。

 そんな彼に私はハッキリと返答する。


「全力でお断りします!」


 男は静かに目を閉じ。


「きっぱり断られるのも、またたまらないな」


 やかましいわ!


 勝手に悦に浸る男を放置し、私は早々にこの町を出ていった。

 出来ればもう二度と来たくない……。

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