第6話 乗算効果

 イベントに参加するため、町に追加で配置された専用NPCに話しかけ、私は見たことのない場所に移動した。


 どこかの王国なのだろうか、移動した町の広場はかなり広く、遠くには城のようなものが見えた。


 人が集まり騒がしい箇所がある。周囲の人の話しでは、どうやらこの集団の中心部には有名プレイヤーがいるらしいのだが、全く見ることが出来そうにないので諦めた。


 イベントが始まる前に、近くにいたNPCのお姉さんに内容を確認する。


・東西南北から敵が攻めてくるため、みんなで協力して城を防衛する。

・この防衛戦は一日に三回発生する。ただし、全てに出なくとも報酬は貰える。

・一定時間後にボスとなる大型のモンスターが登場する。ボスは城には攻めてこないため無理に倒す必要はない。倒した場合、その時点で防衛戦は終了となる。

・南方面にはNPCの騎士団が参戦する。

・勝利条件:一定時間防衛。敗北条件:城の耐久値がゼロになる。


 要点をまとめると、以上のような感じだ。


 そんなことをしていると、NPCのお姉さんの声がフィールド内に響き渡った。


『大変です皆さん! この城に向かって多数のモンスターが攻めてきています。皆さんの力でこの王都を守って下さい! モンスターは東西南北から攻めてきています。南の方角は王都の騎士団の方々で守りますので、皆さんは他の方角から来るモンスターを殲滅して下さい!』


 どうやら、これがイベント開始の合図のようだ。今まで中央に集まっていた人が、北、東、西、に別れて移動し始めた。


 ほとんどはその三方向に移動していたが、中には南方面に向おうとする人もいた。


「NPCがいればこのレベルでもいけるか?」

「わかんないけど、他のところにいくと完全に足手まといになりそうだからなぁ」


 どうやら、南に向かうのは腕に自信のない低レベルのプレイヤーが多いみたいだ。


 当然私が行くのも南方面である。

 レベルはそれなりに上げてきたのだが、理由は当然NPCが行くからだ。


 他の方角に比べると少なめのプレイヤーと、30人近くいるNPCの騎士団と共に歩みを始める。


 しばらく行くと遠くにモンスターの集団と思われる影が見えた。近付くにつれてそれは正確さを増し、樹種族のモンスター中心だということが分かる。

 その奥には森があり、どうやらモンスター達はそこから来ているようだ。


「さぁ、来たぞ! 皆、気を抜くでないぞ!」


 先頭を歩く騎士団長さんが剣を持つ手を掲げると、後ろに続く兵士たちが声を上げてそれに続く。

 

 騎士団の人達がモンスターと戦い始めると、他のプレイヤー達もそれに続いて戦闘を開始する。


「これなら俺達でも倒せるな」

「あぁ。低レベルプレイヤーにもやさしい作りだな」


 基本的にモンスターはNPCを狙うようになっているらしく、自信のない低レベルプレイヤーはNPCが戦っているところに参戦する形で戦えば安全なようだ。


 私は称号の『伝説の薪割り職人』と事前のレベリングのおかげか、迫ってきたモンスターを鉄の剣の一撃で粉砕する。

 しかし、周囲を見渡せば何度かの攻撃の後に倒している人がほとんどで、一撃で倒すようなレベルの人はいないようだった。


 なんでこっち来てるの? みたいに思われるのも嫌なので、あまり戦わないようにしておこう。


 それにしても、ほんと設定してる称号が他人に見えない仕様でよかった。見えてたら完全におかしな人だと思われる。


「このまま進軍する!」


 周囲のモンスターを殲滅した後、騎士団長が声を張り上げさらに歩みを前に進める。向かうは当然先にある森の中。当たり前のように兵士達は付いて行くが、プレイヤー達は若干躊躇している様子だった。


「どうする?」

「まぁ、付いて行くのが無難なんじゃないか?」

 

 一人、また一人と騎士団に続いて、森へと足を踏み入れる。


 あまり強い敵は攻めてこないようになっているのだろうか、森の奥の方にはやや大型のモンスターがいた。だが、騎士団の人たちと協力することにより、それらも余裕で撃破することが出来ていた。 

 不安げだったプレイヤー達にも余裕が出てきたのか、周囲で声を掛け合いながら戦う姿が見受けられる。


「結構いけるな!」

「NPCだけだとキツそうだったし、南側に来たの正解だったな」

「これならボス来てもいけちゃうんじゃね?」


 みんなで楽しそうにワイワイやるのがイベントの醍醐味。

 そんな姿を眺めつつ、騎士団の皆さんを見守りつつ、適当な雑魚を処理し続けること数十分。遠くから始めに聞いたお姉さんの声が聞こえてきた。


『大変です! ボスらしき巨大なモンスターが出現しました! 方角は南です! 腕に自信のある方は南にお願いします!』


 周囲に緊張の色が走る。


 と、次の瞬間、先頭の騎士団長さんの目の前の地面が急激に盛り上がり、10メートルは超えるであろう巨大な木のモンスターが現れた。


「お、おい、ここにボスモンスター出んのかよ!?」  

「なんでNPCいるこっちに出るんだよ!」


 思わず文句が出る人達。


「このままボスもやってやろうぜ!」

「あぁ! 俺達ならやれる!」


 調子付いて意気込む人達など様々だ。


「これはボスモンスターだ! 腕に自信のない者は近付くな!」


 騎士団長さんが私達の方に振り返り忠告する。

 その直後、彼の背後から音もなく高速で何かが走り抜け、何人かの兵士が小さくうめき声を上げて倒れた。攻撃は騎士団長さんではなく、後ろにいた兵士達を狙った物のようだ。


 騎士団長さんがボスモンスターへと振り返る。

 

 ボスから伸びた何本もの木の腕が、兵士達の胸元を貫いていた。倒れた兵士達は死亡扱いとしてその場で青白い光となって消えていった。


「ファイアーボール!」

「ツインショット!」


 遠くからマジシャンとアーチャーのプレイヤーが攻撃を仕掛ける。


 弓の攻撃が38、木に有利属性な魔法で66ダメージが表示されるが、敵の頭上に出ているHPバーは見た目では全く減っていない。


 攻撃を仕掛けた人のレベルがそんなに高くないのもあるかもしれないが、あまりの驚愕な数字に周囲のプレイヤーの顔が青ざめる。


「くっ! 撤退だ!! ここは私が押さえる! その間に皆この森から出るのだ!」

「し、しかし隊長を置いてなんて――!」

「儂は隊長としてお前達を守る義務がある! お前達がここを離れない限り儂も撤退は出来ん」

「くっ! 分かりました。無理だけはせず、必ず生きて戻って下さい!」


 うん! なんかいいね、こういうイベントっぽい会話って!

 

 私はそんな会話を騎士団長さんの横で聞きながら、気持ちが高揚していくのを感じた。


「俺達もさっさと逃げようぜ!」

「おいあんた! あんたも逃げた方がいいぞ!」


 来た方角へ走りだす兵士達に合わせ、その場にいた全てのプレイヤーも走り出す。

 もとい、私を除いたプレイヤーだ。


「やっと援軍が来たか。さぁ、こいつを倒すのを手伝ってくれ!」


 本来なら、後から高レベルのプレイヤーが、参戦するのを狙って設定されていたのだろう。騎士団長さんがずっと隣にいた私に向って声をかける。


 なんだかレアな台詞を聞けたみたいで嬉しい。


「はいっ!」


 返事を返すと同時に、道具袋の中から深紅の柄の長い斧を取り出す。飾り気がなく、カッコよさも可愛さもない武器だが、今この場においてこれ以上相応しい武器はない。


 正直なところ倒すのは無理だろうが、ボスを倒したいと考える高レベルのプレイヤー達が来るまでは、なんとか騎士団長さんは守ってあげたい。


 ボスが先ほどのように攻撃を放とうと巨体を蠢かせる。


「加速!」


 スキル発動により周囲の動きが遅くなったように感じる。これはゲームの説明にあったものだが、自分の速度が相手より上回っている数値により、相対的に相手の動きが遅く見えるらしい。


 何本も放たれる木の腕を、騎士団長さんは盾を使い、私は全て見切って回避する。


 間髪入れずまたも同様の攻撃。発動までに隙がほぼ無く、正直この攻撃を妨害できなければ近付くのは無理な気がする。

 普通なら――。


「むぅ。これでは近付けん!」


 騎士団長さんが悔し気に声を荒げる。

 その声を背後に聞きながら、私はボスの攻撃を避けながら肉薄していった。

 隙はほぼ無いといったが、ボスが攻撃している間、回避している私には全て隙も同じ!

 

 ボスの目の前まで来た私は、先ほど余ったスキルポイントで取ったスキルを発動する。


「薪割りスラッシュ!」


 掛け声と共に気合一閃。

 

 名前が格好悪いのと、斧でしか使えないので取るか迷っていたのだが、今取れるスキルでこれ以上今の状況にあったものはない。攻撃倍率はそれほど高くないものの、樹種族に対してダメージを2倍にする効果がある。


 攻撃し終わった瞬間、再度ボスの攻撃が飛んでくる。

 それを回避しつつ、もう一発『薪割りスラッシュ』をお見舞いする。


 オォォォォォォッ!


 不気味な声を上げるボスに私は一旦身を引いて、騎士団長さんの隣に戻る。


「今度は何がくるの!?」


 次の攻撃に備えて身構える私。その横で騎士団長さんは腕を組んで立っていた。


「ちょっ、なんで――」

 

 と、声を掛けようとする私の言葉を遮るように、騎士団長さんが声を張り上げる。


「良くやってくれた! これでしばらくは安全だろう」


 騎士団長さんの言葉にボスの方を見れば、巨大な木の体はボロボロと崩れていき、目の前の地面に木材の山を生んでいた。


 ボーッとそれを眺めていると、聞き覚えのあるお姉さんの声が耳に届いた。

 

『有難うございます。皆さんのおかげでボスモンスターは討伐されました。これでしばらくは大丈夫だと思いますので、次の襲撃に備えて休んでください』


 どうやら初イベント初戦はこれで終了らしい。


 ボスは、私が倒したのだろうか?

 まぁ、他に誰も来てる気配はないので、そうなのだろうが……自分でも何がどうなったのか分からないため、戦闘ログを呼び出して状況を確認する。


 そして、思わず表示されたダメージに思考が固まった。


 2回ともクリティカルヒットで、一回あたり5万超えのダメージが出ていた。あの一瞬の攻防で、10万以上のダメージを出したことになる。


 指輪、パッシブスキル、称号でSTR+252。それだけで既にSTR特化型を超える攻撃力を持っているのだが、そこに称号の樹種族2倍とスキルの樹種族2倍が乗り、最後に武器のクリティカル2倍が乗って、これほどの大ダメージが出たようだ。


「さぁ、城に戻ろう」


 騎士団長さんがそう言って歩き出す。


 私はその背中を追おうと、一歩踏み出したとこで足を止めた。

 

 このまま帰るとどうなるのだろうか? 最後に帰ればボスを討伐したのは当然私だと思われる。その後どうなるか……こんなバランス型なんかがボスを倒したのかと言われ、嫌な意味で有名になってしまいそうだ。


 とりあえずイベントに参加するという目的は達成出来た。

 騎士団長さんには申し訳ないが、しばし悩んだ後、その場でログアウトした――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る