第五話 装備選びは楽しそうです

「しかしいつ来ても採算採れるか怪しい価格設定ですね。来る度に価格が下がってるのも相変わらず。……いよいよ下級属性武器が2000ゴールドきってるし……」

「最近精霊石を持ち込んでくれる子が居てね。採算は採れるように経営してるよ。これでも商業系の高校行ってたからね」

 ぼやく俺に、店主が自慢げにそう返す。

 もともとこの店の価格はだいぶ良心的なものだったが、店主に恩義を感じる一部のプレイヤーが格安、場合によってはタダで材料を提供するもんだから、価格は下がる一方であった。

 参考までに、下級属性武器の相場は2500ゴールド前後である。


「ちょっとハンバードさん!」

「ん? どうしました」

 店主と駄弁っていると、武器の棚とにらめっこしているチューリップから馴れ馴れしく呼び出される。

「私、武器どうすればいいと思います? クローバーちゃんにも聞いてみたんだけど、本職の意見を聞いた方がいいって」

「うーん。本職っつっても俺はタンクじゃないんだよなぁ……タンクっぽいってだけで。まあいいや。最初は剣か斧か槍か、その辺りになるけど……タンクで剣はないから……他にこの手のアクションゲームをやったことは?」

「ないよー。これが初めて」

「じゃあ槍はなし。となると……やっぱり斧ですね」

 槍を使いこなすにはリーチ管理が必要不可欠だが、アクションゲーム初心者の彼女には至難の業だろう。俺も前作で血を吐くような思いをしながら必死に習得したものだ。

 剣は扱いは簡単なものの、威力が器用さ(DEX)依存である。これがタンクにとっては厄介で、防御力の為の打たれ強さ(VIT)、より能力の高い重い鎧を装備するための筋力(STR)、パーティーメンバーに付いていくための敏捷値(AGI)など上げなくてはならない能力値の多いタンクにとって、DEXを上げなくてはならない剣は相性がよろしくない。


 よって残ったのは、威力STR依存で高火力低速の斧となる。上記三種類以外にも武器はあるのだが、いずれもタンク向きではないか、初心者には扱いづらい上級者向けのものになる。


「斧……斧か……それじゃあこれとかどうですか?」

「おお、王道っすね。いいと思いますよ」

 チューリップが手に取ったのは、フレイムアックス。上述の下級属性武器の一角で、STRに補正のかかるため、少々値段は張るものの序盤のお供として人気が高い。数少ない弱点のはずの値段の高さも今回は無視できる。


「よし、それじゃあ僕はこれで」

「おお。名前に合わせたか。まあ基本だな」

 ウィンドが選んだのはウィンドソード。フレイムアックスと同じ下級属性武器の一つで、こちらはAGIに補正が載る。こちらもやはり序盤のお供として名高い。


「ねえねえーハンバードさーん、盾と防具はどうすればいいですかー?」

 武器を選んだと思ったら、またチューリップに呼び出される。人使いの荒い奴だ。

「盾は序盤はバッシュのやりやすい軽いものがいいですよ。防具も同様。動けないタンクは三下未満って言われるんで。あと防具は頭、胴体、脚、籠手、靴の五つありますけど同じシリーズで揃えましょう。見栄えがいいし方向性をはっきりさせやすいので」

「りょうかーい」


 さて、チューリップの方はいいとしてウィンドは何を選んだやら。

「おお……AGI特化ときたか」

「どうだろう。もっと防御力が高いのにした方がいいかな?」

「うーん。まあ大丈夫だろ」

 ウィンドが選んだのはスラッシャーシリーズ。序盤の軽量級装備として名を知られているものだ。ウィンドソードといいこれといい、どうも彼はAGI特化を目指しているらしい。


「よし! 私も決めた」

「うわ懐かしい! マジで懐かしい!」

 俺に助言を頼んだ故なのか、チューリップの装備は、一時期の俺の装備と似通ったものとなった。


 武器は斧で盾もより防御力重視のアイアンシールドだが、防具のフレキシブルシリーズはかつて俺も愛用していたものだ。そういえばこの店ができる前の話か。


「……あの……アクセサリー……お忘れでは?」

 すっかりひと仕事終えた気になっていると、クローバーがそう声をかけてきた。


「あ、やべ。アクセ基本固定だから忘れてました」

 防具の枠には更に一枠、アクセサリー枠がある。防御力はないものの、能力値等に多少の恩恵を得られる。もっとも、ガチ勢と呼ばれるプレイヤーならともかく、大した補正は得られない為、性能重視で付けているプレイヤーはそこまで多くない。

 かくいう俺も大会に出ている身ではあるが、アクセサリーは思い入れのあるものを固定している。


「アクセなぁ……ぶっちゃけこの店はグレード2までしか置いてないからアクセは大差な……」

「ちょっとハンバードさんこっち来てー」

 言いかけているところを、チューリップに手首を掴まれ店の隅っこへ引っ張ってゆかれる。


「ちょっとハンバードさん借りてくねー。クローバーちゃんと交換で」

「え……あ……はい」

 ここでウィンドとクローバーを二人きりにしようというのがチューリップの狙いらしい。


 彼女も考えたものだ。あわよくばウィンドのアクセサリーをチューリップに選ばせたいのだろう。

 一般に男女間で相手のアクセサリーを選ぶという行為はそれなりに特別な意味を持つものだ。


 ただ俺は正直どうかと思った。

「なあ、さすがに時期尚早じゃねえか。初対面でアクセはいくらなんでも重いだろう。ウィンドの奴が聡くはないとは言え限度ってもんがあると思うんだが……」

「え、え、そうかなぁ? 大丈夫だと……思うけど……うん」

「さてはその場の思いつきでやったな」

 個別回線で問い詰めてみると案の定だった。


「ほれ、選んでろ。俺が戻ってなんとかする」

 クローバーが変なことしてたら止めなきゃならん。奥手に見えるがしっかり色ボケしており油断ならない。


 足早に、しかし落ち着いて二人のところまで戻る。

「やっぱり安パイを狙うなら風精かと。でも派生がAGIDEX二振りだと腐るんです。ここは能力補正を捨てて武器補正を取るか……でも方針が固まりきってないから……」

「ここはいっそ派生は放棄して通過点と割り切りメタルリング系統という手はどうでしょう」

「『0.1人権』ですか……グレード2だと0.3なんですよね」

そこではいつになく早口かつ饒舌になっているクローバーとそれに目を輝かせるウィンドがいた。


「なんとかするんじゃなかったの?」

とんぼ返りに戻ってきた俺を見て、チューリップが尋ねる。

「いや、必要なかった」


あの二人お似合いなのでは? そう思えてならない。

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