第四話 旅先にて
「なんだろう……便利なんだけど……なんか複雑な気分……やっぱり自分の脚で歩きたい」
街同士をワープで繋ぐ転移門からのそのそと出て来たウィンドがそう呟く。
「しかたがないだろう。陸路で行ったら時間がかかってしかたがない」
このアナステの舞台、フィルガルズはとても広大である。北米大陸に匹敵する広さとも言われており、エリア一つだけで日本列島の面積を凌駕しているものも少なくない。
ありあわせのものだけでなく、プレイヤーの手で街を造ることも可能なので、これぐらいの広さがなければとても敷地が足りないのだろう。
俺達が装備を求めてやってきたのも、プレイヤーによって興された街である。
始まりの街のあるカラグリフ大陸の北の端、海を臨む港湾城塞都市、レニングラード。一見、長閑で平和な港町に見える。
「……ハンバードさん……お知り合いの鍛冶屋さんって……この街にいるんですよね?」
「そうですよ。スターリングラードの方にも支店出してますけど」
街に入るや否や、クローバーが怪訝そうな顔で尋ねてきた。
「……あなた、FFIの関係者なんですか……?」
「……やっぱばれたか」
しかしこの街、古参プレイヤーにとっては、悪名高い街でもあるのだ。
「先に弁明しておきますと、俺はFFIの人間じゃありません。ASCについた身です。そっちもすぐに抜ける羽目になりましたけどね」
「えふえふあい? えーえすしー?」
「ギルドの名前だよ。昔はFCUっていう一つのギルドだったんだけどな、色々あって分裂しちゃったのさ。ここ、レニングラードを管理してるのがFFI、向こうの山の麓にあるスターリングラードって街を根城にしてるのがASCだ。分裂の時に散々殺し合った事が古参には有名でね。まあその話はまた今度しよう。ほら、あれが目当ての店だ」
まったく事情のわからないウィンドとチューリップに大まかな解説をしていると、件の店が見えてきた。
曲剣と斧を重ね合わせた看板を掲げた店、その名も「エジョフの道具箱」。先述の分裂抗争で、PCNPCを問わず粛清の限りを尽くしたプレイヤー、「串刺し長官」ことエジョフの名にあやかった店である。
トップランカー達や街を複数束ねる巨大ギルドの幹部ほどの知名度は無いものの、ここら一帯ではFFI、ASCを問わず伝説扱いされている彼のネームバリューは有効で、優良な品揃えと相まって繁盛しているらしい。
「どうも、しばらくぶりですね」
「やぁ同志ベリヤ。お前が事前に連絡寄越すとは珍しいな。まぁ聞いた話より人数が倍に増えてるが……」
「よしてくださいよAKさん。俺はもう同志でもベリヤでもないって毎度言ってるでしょ。人数の件はすみません。急遽増えちまったもんで。まあおたくの品揃えなら多少増えても平気かなと……」
俺達を出迎えたこの男はAK。腕の良い鍛冶プレイヤーではあるが浪漫を追い求める男で、レアで高性能な装備を作ることではなく、初心者から中級者向けの装備をいかに高い費用対効果で生産、販売するかに血道を上げる変人である。
「弱者のための鍛冶屋」を公言しており、もともとは俺と同様FCUに属していたものの、分裂後にスターリングラードにも支店を出すためにギルドを抜けたという経歴を持つ男、いや漢だ。
その為、両都市の住人や、客達からは尊敬の念を集めている。
「格好から察するに、装備が欲しいのはそこの坊ちゃんと嬢ちゃんかな?」
「はい。僕は軽装の剣士路線で行こうかなと」
「私はタンク路線志望です!」
「ほうほう。そんでSTRは?」
「8です!」
「僕は5です」
「そんなら坊主は剣ならそこの棚からその棚まで。防具は壁の下の段の向かって右半分だな。嬢ちゃんは武器は大体全部使えるから好きに選んでくれ。防具も上の段の半分くらいまでは全部装備できるはずだ。じっくり選ぶといい」
必要な情報を聞き出すと、双方に大まかな場所を教える。商品は自分で選ばせるのがここの店主の流儀だ。その方が愛着が湧くというものらしい。
実際、俺はここで買った風のブーツをだいぶ長いこと愛用していた。防御力は低いもののステータス補正が優秀だったのだ。
それに何より、このように並んでいる装備を見て回るのは、自然と心踊るものだ。彼らにも一度味わって欲しい。
かくして、楽しい装備選びが始まった。
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