第三話 作戦開始

 疾風よりも一足遅れではじまりの街に着いた俺は、程なくして初期装備に身を包んだ疾風を見つけた。

「見た目はリアルに寄せたのか」

「この手のゲームはリアルと似たような感じにしないと気持ち悪いって聞いて」

「まあ基本だな。俺もリアルと大して変わらんし。」


 自分と似ても似つかない者を自分自身として動かしているというのは気持ちの悪いものらしい。特に鏡を見なければすむ顔と異なり、体格を大きく変えると体が対応しきれなくなってしまう。

 フルダイブ型黎明期には、「三次元酔い」と呼ばれていた現象だ。


「しかし……アバター名はウィンドか……もう少しなかったのか?」

 なんというかセンスを感じがたいネーミングである。

「いやぁ……あんま深く考えてなくて適当に……君はハンバードって名前だけど由来とかはあるの?」

「好きな小説の主人公から取っただけよ。まあそんなことより、初期職はファイターか」

「うん。昔やってたゲームでも物理職だったから」

 アナステのジョブは、初期職、下級職、上級職、最上級職の四段階に分かれ、このうち初期職は物理戦闘方面へ分化するファイター、戦闘非戦闘を問わず魔法を使用する職種へ分化するマジシャン、生産職の内魔法を使用しない職へ分化するアペレンティスの三種類が存在する。


 俺も初期職はファイターだったので、時々「素材の味を生かしました」って感じの革鎧とハードプロテクターからなる初期装備を見かけると、郷愁の念にも似たものを感じる。

 そこまで長い期間ではなかったものの、やはり初めてというのは記憶に残りやすいものらしい。



 ……さて、そろそろのはずなんだが……

「どうしたの? なにか探してるの?」

「いや……ちょっと気になることがあって……」


 何気ない振りをして周囲を見回していると、二週目でこちらに向かってくるファイター装備の女性PCを見つけた。


「うわー! あなたが噂のロリコンさんですか!」

「え、えっと、君は……」

 この野郎できるだけ隠しておきたかった二つ名を……さては事前にどっかで調べてきたな。


「……ハンバードさん、その……すみません……連れの子が……」


 ファイターの女の子が俺の目の前に勢いよく躍り出ると同時に、水色のローブに身を包んだ別の女性PCが現れる。

 ファイターの子の頭上にはチューリップの文字が、そしてローブの子の頭上にはクローバーの文字が浮かんでいた。


「これはこれは、お久しぶりですねクローバーさん。あなたのお連れさんでしたか。しかし奇遇だなぁ」


 ええ。昨日の夕べにログインして顔合わせも兼ねて作戦練った時以来ですね。

 白々しくそう挨拶し、ウィンドの方へ振り返る。

「ああ、えーとウィンド。この人はフレンドのクローバーさんっつう人だ。こう見えて凄いプレイヤーなんだぞ」


 言うまでもなくクローバーの中身は倉元で、チューリップの中身は大室だ。

 とりあえず俺の過去を調べてきたチューリップを問い詰めたいのは山々だが一旦置いておこう。



「そうですか。こんにちは。ウィンドと言います。えーとハンバード、とはリア友です。ところでロリコンってどういう……」

「……また今度説明しよう。それはそうと、もしかしてチューリップさんも始めて日が浅いんですか?」


 全員、リア友とは言わないまでもリアルでの知り合いだろとツッコミを入れたくなるのを堪えて、先に進めようとする。


「あ、はい。実は今しがた始めてログインしたばっかで、初心者も初心者なんですよ。だからクローバーさんに稽古付けて貰ってるところで……」

「ほう。ここで一つ提案があるんですが、実は俺もウィンドのレクチャーをしてるとこなんですがね。せっかくだから四人で行動しませんか? 教える役は一人だけよりも二人居た方がいいと思うんですが、どうでしょう?」

「あ、それいいかも! ご一緒しましょうよクローバーちゃん」


 事前の大まかなシナリオ通りに俺とチューリップで話を組み立てていく。チューリップは問題なさそうだ。

 さて、心配なのは他ならぬクローバー、もとい倉元芽依だ。

「え、えーと……はい……よろしければ……お願いします……」

 ゲーム内ゆえ、声の大きさという欠点は克服されているものの、それゆえに口下手さが際立っているような印象さえある。

 おかしいなぁ。イベントなんかでのインタビューを見る限り、饒舌とは言わないまでも人並みには喋れていたと思うんだけどなぁ。

 ああいう公の場での会話はできても内輪でのコミュニケーションは苦手なタイプなのかもしれない。


「お前はどうだウィンド」

「ああ、うん。いいんじゃないかな。助け合いは大事って聞くし」

「よし、それじゃあきまりだな」

 不確定要素だったウィンドも無事に賛成した。




「それで、初期職のおふたりさんはどういう戦闘スタイルを目指してるんだ? ちなみにクローバーさんは攻撃特化の魔術師で俺は避けたり避けなかったりする盾役の槍使いだ」


 取りあえず第一段階は成功したので、真面目にレクチャーを始めよう。まずは予定進路を確認するところからだ。

「そうだなぁ……私は壁役というか、タンクってやつやってみたいかなぁ。初心者には難しいって話も聞くけど……」

「僕は剣かな。ええと、その……昔やってたゲームでも剣使ってたから」



「あ、やっぱり……」

「え? やっぱりってどういうことですか?」

 ふとクローバーが口走った言葉にウィンドが反応する。


「いや……その……ほら、ウィンド君みたいなかっこいい感じの人って、やっぱり……剣を使ってこー構えて……敵に突っ込んでって……バサバサッってやって……そういう感じだから……」

「ああ、そういうことでしたか」


「なあチューリップさんよ」

 クローバーが恍惚とした表情で返答をし終わらぬうちに、俺はチューリップとの個別回線を開いていた。

「大丈夫か? お前のお友達。想い人への妄想が暴走気味じゃないか?」

「ったく、大丈夫に決まってるでしょ。芽依ちゃんは人を傷つけるような事だけは絶対にしないから」

「恋は盲目だ。端から見れば迷惑でもやってる本人に自覚がないなんてことも……」

「はぁー」

 俺が言い終わる前に、チューリップの大きな溜息が耳に入る。


「あのね。芽依ちゃんはつい他人を優先しちゃうような子なの。友達の為なら自分の心の痛みも顧みない子なの! ましてや……好きな……人が……相手ともなれば、尚更でしょ!」

「意中の相手だからこそ注意が必要だ。恋って言うのは恋情で脳内麻薬出して脳味噌ハイになってる状態だからな」

 知った風な口をきく俺だが、実は恋愛遍歴のれの字もない。

 その代わり、結構な数の恋路を間近で眺めてきている。

 そして、恋にのぼせて前が見えなくなった奴を何人も知っている。恋とはそういうものだ。


 チューリップも途中で気づいたのか後半はだいぶ威勢がなくなっている。


「とにかく! つるみ初めて日も浅いから難しいかもしれないけど、芽依ちゃんをきちんと信頼して! 私が言いたいのはそれだけ」

「……わかった。そういうことにしとく」

 まぁ現状なにか危害を加えたりとかそういうことはない。取りあえずは様子見すべきだろう。倉元チーフにもお目にかかりたいし。



「えーそういうわけで、普通はレベル上げを始めるところですが、まずは装備を整えたいと思います!」

 気を取り直してエスコートの開始である。

「いえーい」

「装備を整えるって、お店で買ったりとか?」

「まあそういうこった。しかもプレイヤー経営の店だぞ。NPCのそれとは品揃えが違う」

「でもお金とかどうすれば……」

「あ……それなら……私が……出しましょうか……?」

 金の心配をするウィンドに対し、クローバーがそう申し出る。


「そんな、わざわざ出して貰うなんて……」

「気にすんなよ。そのステータスじゃ筋力値制限で大したブツは振れねえ。トッププレイヤーのクローバーさんにとっちゃはした金だって。それにいいものを安く売ってる奴を知ってるもんでな」


 その武器防具屋の店主には事前に話を通してある。かれこれ三年近く前、前作からの仲になる奴だ。上物を並べて待っていると言っていた。


「それでは装備選びにしゅっぱーつ!」

「おおー!」

「お、おぉ……」

 俺の台詞を取らないで貰えますかチューリップさん。まあでも二人もノッてるし気にしないことにしよう。

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