第二話 釣り餌なんかに負けたりしない!
「なるほど、動機はわかった。気恥ずかしいのも理解した。だがそれでも普通に声を掛けれて誘えばいいだけじゃないか? 二人一緒にいけば疾風を狙ってるとは思われないだろ。そういう発想をする奴じゃないし、盗み聞きの件は俺が適当に誤魔化しておくから」
まあはっきり言って特別驚きはしなかった。疾風は女子にキャーキャー言われるタイプではないが、「わかる人にはわかる」という魅力を持っている奴だ。
ちゃっかり彼女を作って、周りのチャラ男達が軒並み別れる中一人長続きするような奴だと俺は踏んでいる。だからこんな美少女が現れてもなんら不思議はないと思っていた。
「……」
「え? なんて?」
「……最初はバレないようにしたいんだってさ」
「……」
「……疾風の迷惑になるかもしれないし」
「……」
「クラスメイトだって言ったら気を使わせるかもしれないし」
「……」
「勿論疾風が迷惑だって言ったら諦めるってさ」
倉元のボソボソっとした言葉を大室が拾って伝える。
口下手なりに頑張って自分の意図を伝えようとした努力は認めよう。だがしかしである。
俺は確信した、この倉元芽依という女、疾風に関わらせてはいけない類いであると。この、予想を立てろと言われたらまずネガティブなことしか言わないような手合いはマズい。
中学にも何人かこういう奴がいたが、そのうち二、三人は日常的にリストカットをしていた覚えがある。これはわざわざアピールしてきたものだけなので、本当はもっといたかもしれない。
というか大室さんお友達を選びませんか?
さあどうする俺、どうやって断る。
「……えーと、ちょっと待ってくれ、取りあえず……そういうことはだなぁ……」
「あ、そーだ。知ってますぅ?」
歯切れの悪い言い方をしたのがいけなかったのかもしれない。結果として、俺は大室冷夏に切り札を切らせてしまうことになった。
「知ってるってなにを?」
「芽依ちゃんって、すごく強いプレイヤーなんですよ」
「そうなんだ」
さすがにこの程度で動じる俺ではない。俺もだいぶ強い方だ。無論上には上がいるが、そういう人達はだいたい三次元で生活をしていない。抜群の反射神経など特に天賦の才を持ち合わせている訳ではない普通の高校生としてはいい線に行っていると思う。
「二つ名なんかもついてて……」
「ああ、二つ名なら俺も持ってるぞ」
まあ名誉か不名誉かで言ったら不名誉なものなんだがな。だが周囲から愛されていることも確かだとは思う。
「なんでも『狂乱の魔女』とか呼ばれてるらしくて……」
「狂乱の魔女ぉ!?」
「あ、やっぱり釣れた」
気付いた時には手遅れで、俺は完全に大室の術中に嵌まっていた。
「おいおい嘘だろ!」
「嘘じゃないよー。実際に一緒にプレイすればバレる嘘なんかつかないって」
「そんなバカな!」
クローバー、又の名を狂乱の魔女。アナステ界隈では有名なプレイヤーで、現在国内ランキング七位、世界ランキング十二位のツワモノである。
二つ名の由来は、間合いが重視される魔術師系ジョブの中でも攻撃特化のソーサレスでありながら近接物理職を相手に一歩も退かず、接近戦になろうとお構いなしで攻撃を仕掛け続ける狂気の沙汰としか言いようのないプレイスタイルにある。
「実は私始めたばっかでよくわかんないけど、そんな凄いプレイヤーとお近づきになれる機会なんてそうそうないでしょ?」
「くっ!」
この時点で、俺の敗北はほぼ確定したと言っても過言ではない。俺のような最上位層の数段下が限界の男が、かの狂乱の魔女と共にプレイができるなどネットゲーマー冥利に尽きると言うものだ。
「あっそうだ、芽依ちゃんのお父さんって、ASOの開発に関わってて、しかも結構偉くて凄い人なんだって」
しかしこの大室冷夏、致命傷の相手に容赦なく奥の手をぶっ放してきた。とんだ死体撃ちである。
「! おい、待て! まさか、倉元チーフか!」
「あ、やっぱりこれも知ってた」
倉元健一、株式会社アンリミット・エンタテイメント常務取締役兼Anotherプロジェクトチーフプロデューサー。
「CT」だ「MRI」だと揶揄されていたフルダイブ機器の超小型化し、ドリームスネイティブ開発の中核を担ったのを皮切りに、アナステの前身であるAnother Life Onlineを開発、MMOゲームの大衆化への下地を作り、更に続くアナステで大衆化を完成させたマルチな天才、ゲーム業界の革命児。
そのうえ、気さくでプレイヤー思いの人物としても知られており、他の社員やファンからは親しみを込めて「チーフ」という愛称で呼ばれている。
「お話もしたけど優しくて面白い人だったよ」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
正直なところ、倉元という姓を聞いて、彼を想像しなかった訳ではなかった。ただ、同じ名字だなぁ、といった程度である。まさか同じ高校の同じクラスにかの倉元チーフのご息女が在籍していようとは誰が予想していたであろうか。
アナステのイベントで顔を出すことはあれど、直接会って会話をする機会などこれを逃せば再びあるかはわからない。て言うか多分ない。
よくよく考えると、危険な女かに見えた倉元芽依だが、狂乱の魔女がヤバい言動をしていた覚えはないので、ちょっと自己評価が低めな普通の人なんだろう。多分。そうだそういうことにしようそうであってくれ。
すまん疾風。情けない友人を許してくれ。
こうしてなんとか自分を丸め込んだ俺は、彼女らの依頼を承諾することにしたのだ。
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