今日もフィルガルズは楽しいです
竹槍
第一話 ただログインするだけ、そうただログインするだけだ
「おーい、ちゃんとチュートリアル終わらせたか? スキルの打ち方までしっかり習ったか?」
「大丈夫だよ。オープンワールドに行くって」
「よし。酔ってないか。人によっては体が機器に対応するまで時間がかかるらしい」
「特にそういうのもないかな」
スマホから若干違和感を感じる声が聞こえる。それもそのはず。電話の相手はフルダイブ型VRからかけてきているのだ。
フルダイブ型という特性上仕方のないことだが、外部との意思疎通はありあわせの音声で代用することになる。コンピューターが探してきた元の声に極めて近いボイスを選択したらしいが、本人と比較するとやはり違和感は拭えない。
「ああいけた。はじまりの街ってところについたよ」
「よし、ならそこで待ってろ。俺も今からログインする」
ヘッドセットを装着し、ゲームを起動してログインし、フレンドリストから先方のいるサーバーを見つけ、装備を整えた上で入室ボタンにカーソルを合わせる。
クリックする前に大きく息を吸い、心を落ち着かせる。きちんとうまく演技ができるのか、今更不安が膨らんできたがもう遅い。
吸った息を吐き出す勢いそのままに、俺は入室ボタンを押した。
俺がただゲームにログインするのになぜこんな事をするはめになっているのか、事の発端は昨日の昼休みに遡る。
「ねえ章吾、君ってASOやってるよね?」
弁当に二つ入ったミニトマトをどちらから食べようか悩んでいた俺の耳が爽やかな声を捉える。
「ASOって、アナステのことか?」
「うん。Another Stage Online。やってるよね?」
うちのクラスの男子でこんな奥ゆかしい言葉遣いをする奴はただ一人。
「まあやってるが、どうしたんだ? お前が最近のゲームの話するなんて珍しいな」
何を隠そうコイツはゲームに限らず娯楽らしい娯楽にまるで興味を示さないのだ。漫画もアニメもほぼ無知で、以前本を読んでいるのを見かけたこともあるが、長続きした様子はない。
そして極めつけは細身ながらも鍛え上げられた肉体を誇り、体育の授業でほぼ無双していたにも関わらず、スポーツに興味があるようにも見えない。
いったい如何ようにしてあんな身体能力を手に入れたのかはクラスでよく話題になっている。
本人に聞こうにも煮え切らない答えしか返ってこないため、謎は深まるばかりだった。
唯一ゲームの話だけはできるものの、悉く十年ほど前のゲーム知識しかないという状態である。
そんな疾風が今をときめくAnother Stage Onlineの話を始めたのだ。これは驚くべきことだろう
「いや、それが、僕も買ったんだよ、ASO。それはいいんだけど、右も左も覚束ないから、レクチャーしてくれないかなって思って、章吾って強いんでしょ?」
正直俺は感動した。あの疾風が最近のゲームに興味を持つばかりか購入するなんて。そして心に決めた。彼を一人前のプレイヤーにすると。
俺は疾風の依頼を快諾すると、ミニトマトを二つまとめて口に放り込み、考えを練り始めた。
そこまでならいいのである。入室前に深呼吸をする必要など微塵もない。問題はその後だ。
帰宅という名の部活動の最中に、俺は廊下で女子の声に呼び止められた。
「ねえねえ、章吾、お願いがあるんだけど」
俺を名字ではなく名前で呼ぶ女子は身の回りに一人だけだ。
振り向くと、マイペースな陽キャ女子、
二人とも美少女に分類される顔立ちだが、特に天真爛漫な笑顔を浮かべる大室の目鼻立ちは際立って愛らしい。
自己肯定感こそ高いが自己評価も他者からの評価も落第点の俺からすれば、ハニートラップを疑うシチュエーションだ。
「なんだ、お願いって。聞ける範囲で聞くが」
「さっき話してるの聞いたんだけど、明日疾風とゲームやるんでしょ、ASOってやつ」
「その通りだが……盗み聞きとは感心しねえなぁ」
まったく油断も隙もありゃしない。地獄耳とはこのことだな。
「しょうがないでしょー、聞こえちゃったものは。で、そのことなんだけど、私達二人も持ってるんだけど混ぜてくれない? あ、でもこっちの素性は隠してくれない? それも現地で偶然出会ったー、みたいな態でいきたいんだけど」
「なんでそんな回りくどいことを……」
「いやーこっちにも事情というものがあってですねー、えへへ……」
「うん。で、その事情というのは?」
かわいらしい仕草ではぐらかしにかかる大室。しかし残念ながら俺にハニートラップは通用しない。
「……」
「え? なんて?」
その時、沈黙を保っていた倉元がなにやらボソボソと話始めた。
「……」
「ごめんよく聞こえない」
「あのぉ!……私ぃ!……実はぁ!……疾風君がぁ!…………」
俺の訴えを受け、倉元は途切れ途切れにだがよりしっかりと話始めた。しかし、当人からすれば、声を張り上げているつもりだろうが、周りからすれば小声であることに変わりはないのがやりにくいところである。
「…………」
「…………」
俺も大室も、倉元が次になんと言うかを身じろぎもせず待ち構える。
「疾風君のことがぁ!……すきなんですぅ!」
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