第六話 初実戦

「今度はどこに向かってるの?」

「この街にはコロッセオってのがあってだな。そこではプレイヤー同士で戦えるんだが、君達二人に戦って貰おうと思って」


 俗に言う「オタク特有の早口」で長々と議論していたクローバーとウィンドだが、結局0.1人権ことグリーンメタルリングが選ばれた。

 ちなみにあだ名の由来は獲得経験値を最高グレードでも三パーセントアップというなんとも言い難い性能が、「指十本全部に付けられたら人権になれてた」とネタにされた事である。


 それはさておき、再び転移門を潜ってやってきたのは「カラグリフの心臓」その名の通りカラグリフ大陸のほぼ中央に位置する最初からある街で、有力ギルドの連合体で日本サーバー最大勢力であるフィルガルズ円卓同盟も本拠を置くことで知られる、フィルガルズ一、二を争う巨大都市だ。


 なにかと名所の多いこの街だが、代表格の一つがコロッセオの名で知られる大闘技場だ。

 一際目立つ大アリーナは、出場するもよし賭けをするもよしの闘技大会が開かれているほか、公式の対戦イベントで利用されていることで有名だが、周辺にある小アリーナも邪魔が入る心配なくプレイヤー同士で戦える場として重宝されている。

 街中でのPKは管理ギルドがPKフリー設定にしない限り不可能なのだが、かといって街の外に出ればモンスターやら他のプレイヤーやらが横槍を入れてくる可能性があるのだ。


「戦うって私とウィンドが戦うってこと? ウィンドはこういうゲームの経験あるみたいだからいいとして、私はまったく経験がないんだけど……」

「いやぁ……僕は経験があるって言っても年単位でブランクがあるから似たようなものだと思うよ」

「だそうですよ。まぁこのゲームステータス以上の動きはできないんで初期レベル同士ならそう酷い試合展開になることはないと思います」

 難色を示したチューリップに対し、ウィンドは結構乗り気だ。

 チューリップを説き伏せつつ、俺達は小アリーナのうちのひとつに辿り着いた。


 アリーナで向かい合うウィンドとチューリップ。

「よーし準備はいいな。レディー……ファイッ!」


 俺が開始の合図を出し、先に動いたのはウィンドだった。


 中段に構えて駆け出し、間合いに入ったところで振り上げる。それを見たチューリップはしっかり引きつけ、振り下ろされるのを確認してから盾を構える。

 チューリップの奴なかなかに素質がある。アクション初心者でここまでできれば上出来だろう。


 だが、初撃は防いだと思ったのも束の間、ウィンドは咄嗟に盾とは反対側の左斜め前に踏み込み、チューリップの右側頭葉にアタックスキル、スラッシュを発動した。初期スキルとは言え、初心者相手には十分で、チューリップの頭上の緑色のHPバーが一瞬にして五分の一ほどかっとんだ。

 チューリップもすかさず斧での反撃を試みるも、ウィンドはステップを踏んで後退しこれを回避。逆にその隙を見計らって一歩踏み込み、もう一撃喰らわせた。

 大慌てで盾を彼に向けようと右回転をするチューリップだったが、それに対しウィンドも右に踏み込み、今度はチューリップの左側面に回った。

 したやられたことに気がついたチューリップだったが、反応を始めた時にはもう遅かった。



「……なにコイツ」

 あまりにも一方的な試合展開に客席から思わずそうぼやく。


 STRとVIT重視のチューリップとAGI特化のウィンドとでは多少スピードに差が出るのは当然だが、初期配布分の割り当て方の違いなどどんぐりの背比べで、装備による補正を加味しても致命的な違いにはならないはずである。

 実際、VITが高いチューリップ相手にもウィンドの攻撃は十分通用していた。


 ただ、ウィンドの動きは決してステータスを超えたものではない。恐れるべきは彼の反射神経と判断力だ。チューリップの手元を確認するやほぼノータイムで対応している。

 対応するだけなら長くやっていればできるのだが、出て来る手は悉く最高の手だ。あの一瞬のうちに一番の有効打を捻り出しているのだ。


 今までに強豪含め色々なプレイヤーを見てきたが、その中でも上位に食い込む鋭さ。まさに圧巻と言っていい。


 そして、そんなことを考えている内に、背中を取られ通常攻撃三連発を叩き込まれたチューリップの姿が程なく倒れ伏し、光となって消えた。ウィンドの勝利だ。


「凄まじい動きだったなウィンド。次は俺が相手だ」

「ちょ、ちょっと! いくらウィンドが強いからってハンバードの相手なんて無茶でしょ! ステータスに差がありすぎるよ!」

 復活してきたチューリップが引き気味に止める。まあ無理もない。ステータスの差は歴然で、同格のステータスの相手なら完封できるウィンドでも下馬評を覆すことはできないだろう。

 無論、俺自身も負けるなどとは露ほども思っていない。

「確かに差があるな。だが、だからこそそれにどう対応するかを知りたい。要するにゲーマーの血が騒ぐんだよ」

「騒ぐったってそんな……」

「はっきり言ってコイツはステータスさえ上げればクローバーみたいなトップランカーに喰らいついて行けるくらいのプレイヤーになる。そんな相手が目の前にいるんだほっといてられっか」


「そこまで言われて乗らないわけにはいかないな。よしやろう」

 ウィンドが了承したのを聞いたチューリップは呆れたか、溜息とともに客席に腰を下ろした。


「クローバーちゃんも何か言って……あ、ありゃダメだ」

 クローバーも、さっきから黙ってはいるものの、目を爛々と輝かせてウィンドを見ている。三次元よりも心理が表情に出やすいと言われているこのゲームだが、こんなあからさまに輝いてるのはなかなか見ない。

 ライバル候補の出現に、トップランカーの血が煮えたぎっているのだろう。


 さあ、試合の始まりだ。

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