日下美由紀

勤務地

住宅街を行く少女。

黒のワンピースにベージュのコートを羽織る、前髪を上げたショートヘアで猫目。

背丈は小さいが、表情や目つきは物憂げで思慮深く幼さを全く感じさせない。


彼女の名は日下美由紀、今年の春から女子高生になる。


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2000年3月。

今月から、わたし日下美由紀は家政婦の仕事をする。


勤務地は、協会の保護下にある少年が1人暮らしをしている家で、崎原市の白鳥台ニュータウン内にある。


少年は4月から白鳥台高校に入学する、わたしも入学して御一緒させて頂くことになっている。

1996年9月に、少年の母親が近所の山林で暴行され発狂して発見された。父親はその日を境に行方不明となる。


残された少年は、母方の祖父に保護された。

少年の祖父は、わたしが所属する協会の総裁であり、協会員にとって絶対の存在だ。

もちろんわたしは総裁との面会が叶う身分ではない、当に雲上人なのだ。


わたしは幼少期孤児となり協会に拾われた。その協会の総裁の御孫は、わたしにとって神様以上に大切な御方といって過言ではない。


たぶんわたしは死ぬのだ。

わたしのような人間は協会のために死ぬことが仕事だ、要人と同居するということは、基本警護が目的だと考えられる。

要人中の要人である総裁の御孫、その御方の側に仕え奉仕させて頂くに、命を捧げる以外わたしが役立てるとは思えない。


上司からの指示は表面上の仕事内容『家政婦』としか伝えられていない。このようにわたしへの仕事の指示には、裏の事情や細かい情報は開示されない。

これは、わたしのある能力が遺憾無く発揮できるようにという、リーダーの配慮なのだ。


否、わたしのような人間は死ぬこと以外には何の役に立たないのだから『死ぬことを前提に家政婦』をしていればいいのだ。

何か小賢しく考えたり、機転や工夫を活かして活躍する、能力を発揮して自分にしかできない仕事をしようなど夢夢思わぬことだ。


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家に到着すると、総裁の御孫に会える緊張で震えが止まない、口の中が乾いて喉が引っ着いてしまう。

胸が早鐘を打ち息がつまる、頭が可笑しくなりそう、取り乱している自分が情けない。

協会員は常に平静でなければならない。

表面で喜怒哀楽を使い分け、内面は他人や感情を突き放し冷徹に観察できるように訓練される。

しかし同時に協会への絶対の忠誠も叩き込まれる。

わたしは例え協会幹部やその関係者の要人警護でも平静を保ち任務を遂行する自信がある。

わたしは協会に拾われた時から、そのために日々欠かさず鍛錬を繰り返してきたのだから。

でも、総裁は別格なのだ。協会員ならみんな共感してくれるはずだ。


鼻から腹式呼吸を数回繰り返して、息と心を整える。


チャイムを押して、モニターに向かって挨拶をする。

「はじめまして、日下美由紀です家政婦です」

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