第16話 陰陽師、七生
寧がぴょんと跳ね、五百旗頭の作り上げた狐火を飛び越えてゆく。三つの狐火は、思いもかけない場所から飛んできては、少年の柔らかな毛並みを焦がした。
「卜占とはすなわち、数多の可能性を想像し、吟味し、選び抜くこと。たかだか三つの狐火の可能性さえも予測できなければ、占いなど夢のまた夢。気合を入れて臨みなさい!」
「はいっ!」
寧は元気よく返事をして、襲い来る狐火を避け続けている。
ひよりはその特訓を後ろからぼんやり眺めていた。
その膝にはあの文箱――まだ読んでいない最後の手紙が納められた箱がある。
青磁が積極的に陰陽師についての知識を与えようとしなかったことは、七生と青磁の記憶を見れば分かる。陰陽師になれば、否が応でも闘争に巻き込まれざるを得ない。また戦争になれば、国から式神を差し出すよう依頼が来るかも知れない。
お世辞にも戦いには向いていないひよりの気質を慮って、青磁は何も言わなかったのだろう。その優しさは嬉しい。
だが侮られていると思う。
「……」
けれど青磁がひよりを侮るのも、無理のないことかもしれない。
ひよりは文箱を開けた。そこに収められた一通の手紙の、表には――。
『野見山ひより様へ』と書かれてあった。
七生はこの手紙を読むのがひよりであると、分かっていたのだ。七十年以上も昔から、ずっと、ずっと。そんな凄腕の陰陽師と、陰陽師という言葉を覚えたばかりのひよりとでは、比べ物にならない。
「はあ」
小さなため息。目の前の寧は、未来に向けて精いっぱい努力しているのに、自分だけがいつまでもぐるぐると同じところを回っているような気がする。
鏡の巫女。なるほどそれはすごい存在なのだろう。
でも、だからといって、何ができるというんだろう。
夢の中でも自分の無力さを痛感したばかりだというのに。
――恨むな。吼えるな。他者に牙を剥くな。それは獣の領分なれば。
――ただ、在れ。
ただ手をこまねいて、青磁を、皆を、見守っていればいいのか。
鏡に与えられた言葉は、あまりにもひよりの手に余った。
なにか一つでいい。一つでいいから、力が欲しかった。これが自分であると言えるようなもの、これだけは胸を張っていられるというもの。
「……そんなの、ないよねえ」
手紙はまだ読めずにいる。
*
学校は弦狼堂から通った。けれどあんまり集中できなかった。
小夜子のこともある。
すっかり学校に来なくなってしまった彼女は、電話をかけても、彼女らしからぬ鋭さでひよりを邪険に扱った。
最初は落ち込んでいたひよりだったが、小夜子のあまりの豹変ぶりに、不安よりも心配が勝った。大学の寮に住んでいると聞いていたので、手土産を持って様子を見に行くことにした。
大学の女子寮は、改築したばかりのようで、学生寮らしからぬ綺麗なエントランスが特徴的だった。
小夜子の部屋番号を押し、インターホンを鳴らす。小夜子はすぐに出たが、相手がひよりだと分かると、下に降りてきた。
久しぶりに会った小夜子は痩せていた。眼鏡をかけ、ちょっとだぼっとしたカーディガンを纏っているところはちっとも変っていないのに、顔立ちにやけに棘があった。
「……なに」
「あの、これ、ノートと、レポートの内容が書かれたプリント。必要かなって」
「……ありがと」
仏頂面ながらも礼を言った小夜子は、ひよりが続いて差し出した紙袋を怪訝そうに見た。
「これはなに」
「スコーン。前に好きって言ってたから、作ってみたんだけど」
小夜子は奇妙な顔をした。腕をつねられながら笑顔を浮かべると、こんな感じになるだろうか。あるいは、笑っちゃいけない場面で笑いをこらえている感じ。
どうにかして自分を律しているような、抑圧的な口調で、ありがとう、と小夜子は言った。
用事は済んだので、このまま帰ることもできる。けれどなんだか立ち去りがたくて、ひよりはいつまでもぐずぐずそこに立っていた。
沈黙を埋めたかったのだろうか。小夜子が唐突に口を開いた。
「なんかさ、最近、色んなことにイライラしちゃって」
「うん」
「テレビ見てもコメンテーターにむかつくし、雨が降ってもむかつくし、晴れててもむかつくの。美味しい匂いも頭にくるし、本もちっとも面白くない」
「……うん」
はあっと押し殺したため息は、怒気を孕んでいて、ひよりは思わず身をすくませた。
けれど小夜子は、腕を組み、体にギュッと押し付けて、自分を抑えた。
「今もね、ほんとは、色んなことに怒鳴りたいんだけど。……ひよりんに怒鳴ったら、終わりな気がして」
「そ、っか。すごいね、我慢できるの」
「うん。なんか、ひよりんに怒鳴ったら……駄目な気がしてさ」
そう言う小夜子は、少しだけ辛そうだったので、ひよりはそっと手を伸ばした。
腕に少しだけ触れる。彼女のいら立ちが伝わってくるようだ。
「がんばって」
なぜその言葉が出てきたのか分からないが、それが適切なような気がした。
小夜子は少し虚を突かれたような顔をしていたが、すぐに唇を引き結ぶ。そうして何も言わずに部屋に戻って行った。
随分様子の変わった友人の姿に呆然としながら、学生寮を後にする。
と、視界を黒い影が過った。
「……あれ?」
横断歩道の向こう側に、黒い犬がいる。リードもつけられていないその犬は、やたらと大きく、不気味に光る眼を持っていた。
不思議なことに、それは他の人には見えていないようだった。黒い煙のようなものを纏った犬は、じっとこちらを見つめている。
信号が変わった瞬間、ひよりは前にそれを見たことがあることに気づいた。確か、サークル勧誘の時に、読書サークルのブースにいた犬だ。あの時も思ったけれど、飼い主は何をしているのだろう。
横断歩道を渡る人の群れに一瞬遅れてついてゆく。すれ違う時に肩をぶつけないよう、気を遣いながら、あの黒い犬ともすれ違う。
「……っあ」
ずるん、と体の中から何かを抜き去られるような感覚があった。足がかくんとよろけ、後ろから来た人とぶつかってしまう。
「だ、だいじょうぶですか?」
小柄な女性がひよりの腕を支えてくれる。おぼつかない口調で礼を言いながら、ひよりは既に道を渡り切って、悠々と歩いてゆく犬の後姿を呆然と見つめた。
その姿は、先程よりも大きくなっていた。
そうして、同じような犬の群れの中に吸い込まれていった。
帰ってからそのことを五百旗頭に話した。
「犬の数は、多分……十は超えていたと思います。あんなにたくさんいたのに、誰も気づいていないのが不思議で」
すると五百旗頭は低く唸り、
「それは恐らく術式の一つだ。何か盗まれたものはないか」
「お財布とかは大丈夫でしたけど……。あの犬とすれ違ってから、体にうまく力が入らなくて」
そう言うと寧がはっとしたような顔になった。
「もしかしたら気力を奪われてしまったのかもしれません。そういった術式の存在を弓削様が話しているのを聞いたことがあります」
「術式、だと?」
「はい。自動的に展開する術式で、心がすさんでいる、いわゆる『すとれす』のたまった人間の気力を奪い取り、己の力とするものです。人が多くいる場所で使うと効果的だ、と弓削様は仰っていました」
「しかしそれはひどく高度な術だ。不特定多数を相手にする、ということだろう」
「それだと、高度なんですか?」
「陰陽師の十八番は何だか知ってるか?」
逆に問いかけられて、ひよりはぱちぱちと瞬きする。
「えっと……占い、ですか?」
「まあそれも得意分野ではあるが。連中が占いよりも得意とするのは、呪いだ。そして呪いはその性質上、特定の人物に向けたものとなる。と言うよりは、特定の人物に絞らないと威力が弱まってしまうのだな」
「並みの陰陽師では、一人か二人に対しての呪いを飛ばすのが精いっぱいだそうです。弓削様は、私はたくさん呪いを飛ばせるぞ、って仰ってましたけど」
「じゃ、じゃあそれを不特定多数っていうのは……すごいってことなんですね!」
「驚いてばかりはいられないぞ。その術式は恐らく力を溜めるためのものだろう。しかも結構前から街中に放っていたとすれば、かなりの力が溜まっているに違いない。――そうして蓄えた力を、術者は何に使おうとしているのか?」
五百旗頭はそう独りごちると、さっと身を翻した。
「修行は一時中断。少し出る。お嬢さんも寧も、この店から出ないように」
慌ただしく出て行く五百旗頭を見送って、二人はどちらともなくため息をつく。
「す、すごいことになりそうだね……」
「はい。それに、主様から気力を奪ったその術式……すごく、嫌な気配を感じます」
そう言って寧はひよりの手を取って、ぎゅ、ぎゅっと握りしめた。すると、指先からじんわりと暖かくなってゆく。
「ちょっとだけ、僕の気力をおすそわけです」
「ありがとう、寧」
「……これ、嫌な気配だけじゃなくって……すごく、強い気配も感じます。夜に覗き込む深い沼みたいな底知れなさがあって、とっても怖いです」
寧の耳はへにゃりと垂れてしまっている。自分はそんなものとすれ違ってしまったのかと、今更ながらひよりは恐ろしくなる。
「……」
ひよりは部屋の隅に置いてある文箱に目をやる。
もたもたしている時間は、もうないのかもしれない。
時刻は深夜を回った頃。五百旗頭はまだ帰ってこない。
寧がたてる、ぷうぷうという可愛らしい寝息を聞きながら、ひよりは椅子に腰かける。
その手には、ひよりに宛てられたあの手紙。一つ大きな深呼吸をして、ひよりは手紙を開けた。
*
――突然、目の前が真っ暗になる。
けれど恐怖心はない。暖かな暗闇の向こうに誰かがいることは、分かっていた。
「……七生さん」
「やあ。そういう君は、ひよりさんだね」
にこにこ笑ってこちらに歩いてくるのは、青磁のかつての主、七生。さらりと白い浴衣に身を包み、気楽な格好で近づいてくる。
ひよりにとっては、会ったことのない曾祖父でもある。
顔はあんまり似ていないかも、と思った。
「これはね、手紙に術を展開して、一時的に俺の人格を付与したものだ。時間に限りはあるが、君と話せるようになったこと、とても嬉しく思うよ」
「私もです。あの、私の名前、分かっていたんですか」
「まさか、そんなわけないじゃないかあ」
からっと笑う七生に、ひよりはちょっと拍子抜けする。
「俺はそんなにすごい陰陽師じゃないからね。手紙の表に、触れた人間の名前が浮かび上がるような術を組んでただけのこと。なんかすごい感じするだろ」
「し、します!」
「あっはっは! こんなに容易く引っかかってくれると、ちょっと心配になるね? まあいい、青磁は君を大事に思っているようだから」
「……あの、七生さんは、どうして青磁さんを置いていったんですか」
「んー? 式神特攻計画なんて、あほくさいもののために、あんないい子を犠牲にするわけにはいかないでしょ。戦力を総動員しなけりゃいけない時点で、こっちの負けは確定していたんだから」
「でも、青磁さんはずっと気にしてました。七生が死んだのに、自分は生き残ってるって」
七生は困ったように笑う。
「だってあの子は、あの竹林で死ぬ定めだったんだ。それを捻じ曲げたのは俺。もしかしたらあそこで死んでいた方が、あの子にとっては幸せだったかも」
「そんなことないです!」
ひよりは思わず叫んでしまう。
青磁の気持ちなんて知らないし、聞いたこともないけれど、七生がそれを言うのは悲しいことだと思った。
「それは、青磁さんの、七生さんとの思い出を馬鹿にしてるように聞こえます。青磁さんが幸せだったかなんて、私にも、七生さんにも分からない。それを決めることができるのは、青磁さんだけです」
七生は少しびっくりしたような顔をしている。
でもね、と続ける声は、先ほどよりも少し低い。
「どうあれ、一度助けてしまった命だ。であれば、あの子が生き延びられるよう、手を尽くすのが主ってもんだろ。それに式神特攻計画に反対したのは俺の我がままだ。自分の我がままで自分の式神を死なすなんて、馬鹿げてる」
ひよりはまだ得心がいかないように七生を見つめている。すると七生は、少し意地悪っぽく目を細めて尋ねた。
「……ひよりさんは、どうだろう。同じことをするかな?」
「え?」
「式神を全て差し出せと言われました。拒否します。見せしめに戦争の前線に飛ばされます。――そこに青磁を連れていけるか?」
「……」
「青磁じゃなくて、寧でもいい。自分の式神を、必ず死ぬと分かっている場所に連れていける?」
ひよりはおろおろと視線をさ迷わせる。自分の式神。今ならば、自分の横で安らかな寝息を立てている寧になるのだろう。
「そんなの、できません」
「だろ?」
「でも、独りぼっちで井戸に置き去りにすることも、……できません」
ひよりは七生の目を探るように見る。
「主が死ねば、式神も死ぬ。青磁さんだけそのルールから外れるようにしたのは、どうしてなんですか」
「……」
「青磁さんは、一緒にいきたかったって言ってました」
「……でも、あの子は一番生きたがっていたよ。何かを味わってみたいとずっと願い続けていたよ」
七生は笑う。何の憂いもない、爽やかな笑みだった。
「青磁に恨まれようとも、憎まれようとも――。俺はあの子に生きていて欲しかった。あの子は俺の大事な式神で、生きたがっていて、俺が美味そうに喰うものの味を知りたいと願っていたから……。だから、生かした。竹林と、野見山家の土地の加護――そして俺の術があれば、主がいない状態でもあの子を生かすことは可能だった」
「……」
「あの子が何のために縁切り屋をやってるか、知っているだろう」
「ついこないだ、知りました」
「うん? なんだ青磁め、かっこつけたな。自分に舌がないことを言えなかったんだな。ったく、俺の子孫なんだから、そんなこと気にするわけないってのに」
違うだろうな、とひよりは思った。
舌がないことを気にしているというよりは、七生の式神として、完璧なところを見せたかったのだろうと思う。
七生のことが大好きだから、七生が少しでも侮られるのは我慢できなかったのだ。
ふいに鼻の奥がつんとする。
青磁は、七生と一緒にいたかったのだ。それは七生も同じ気持ちだったのに、それは叶わなかった。
どんなについていきたかっただろう。そして、どんなに連れていきたかっただろう。
「……私、ついこの間陰陽師って言葉を知りました。それくらいの素人です。だけど、青磁さんが願いを叶えるお手伝いがしたい。あの人を守りたい」
七生はもういないのに、まだ縁切りをしているということ。
諦めていない、と青磁が言ったこと。
それはつまり、彼がまだ舌が欲しいという願いを手放していないということだ。
「私、もっと主としての力をつけて……青磁さんに美味しいもの食べさせてあげたいです!」
「うむ、うむ! その意気やよし、と言いたいところだが」
「や、やっぱり私じゃだめでしょうか……?」
「あー違う、そういうことじゃなくてだね。今はそれより優先すべき事項がある」
ひよりははっとする。
「あの、不特定多数の人の気力を奪う術式、というやつでしょうか」
「うん。あれは俺の時代にもあったもので――剥離糾という術式だ」
「はくりきゅう……」
「人間の気力を奪い取り、それで強大な呪いを練り上げて相手にぶつける。そもそも気力っていうのはそう他人に奪われないようになっているんだが、心が悲しみに囚われていたり、辛かったり、苦しかったりすると、心の防御が甘くなって、この術式につけ込まれてしまう」
心の防御。確か寧も、ストレスが溜まっていると狙われやすいと言っていた。
「でも、呪いを練り上げたとして――誰にぶつけるんでしょう」
「ちょっと失礼」
七生はひよりの首筋の、椿と蝶の印に触れる。微かに目を伏せた七生の、意外な睫毛の長さにひよりが見とれていると、七生が苦々しい表情を浮かべた。
「ああ……これは厄介な相手に目をつけられたね」
「だ、誰ですか?」
「
「ありゃ。負けたことがないなんて、すごいですねえ」
「君は騙しがいのない子だねえ……。不敗とは、言い換えれば、土御門の敗北を知る者がいないってことなんだよ」
「……ありゃ、もしかして」
「そう。土御門は敗北した瞬間、その相手を一族総出で袋叩きにする。どんな手を使っても、負けたという事実をこの世から葬り去ってしまうんだ」
「ずるいです」
「悪知恵が働くと言った方が良い。そういう連中だから、玉木薫を邪魔できなかったことが、腹に据えかねてしまったんだろうね。彼女の周りにいる君たちも、攻撃の対象になっているだろう」
恐らくは、と七生は困ったように言う。
「今まで邪魔なんてされたことなかったんだろう。それで急に自分の思い通りにいかなくなったものだから、相当苛立っているだろうね」
「子どもじゃあるまいし」
「ほんとにねえ。結構何回も言ったつもりなんだけど、伝わってなかったみたいだね」
やれやれ、とどこまでも気の抜けた様子の七生とは対照的に、ひよりは両の拳を強く握り締める。
「私は何にもできません。でも、何にもできないなりに、できることはないですか!」
「君は自分で思うほど無能じゃないよ。……まあ、こればっかりは自分で体感しなければならないけれど」
七生は空中に指でぐるりと円を描く。それは水銀灯のようにぼんやりと光って、その場にとどまり続けている。
「君の武器は、五百旗頭殿も仰っていたが――鏡だ。なにしろ鏡の巫女なんて私も初めて見る!」
「あのでも、たぶん、大したことないんです。だって、鏡を持てるだけですから」
「ははん。それね、土御門達には言わない方がいいよ。彼ら、半狂乱になる」
「……私が役に立つとは思えません」
「そう言わずに、自分を信じてあげなさい。そうじゃなけりゃ、青磁はカカシを主と仰ぐ愚かな式神になってしまうよ」
その言葉には微かな気迫が込められていて、ひよりははっとする。
「式神を持つということは、君を信じる者がいるということだ。君の背中を見ている子たちがいるということだ。彼らを裏切ってはいけないよ」
大丈夫、と七生は微笑んだ。人のよさそうな笑みは、既に故人のそれとは思えない。彼は子どもに噛んで含めるように助言する。
「鏡を持てるのならば、あとはその鏡を持って、青磁のところに行くだけだ。簡単なことだろう?」
「はい。そのくらいなら、私でも何とかできると思います」
だって一度持ったことのある鏡だ。一度できたことは、多分もう一度できる。
「困ったことがあったら、五百旗頭殿に相談しなさい。あの人は狐らしい狐だからね、間抜けな人間が大好きなんだ」
「よ、喜んでいいか迷いますが」
「喜びなよ。間抜けは、なろうと思ってなれるものじゃないしね」
その辛辣な物言いは、どこか青磁を思わせて、ひよりは思わず笑ってしまった。
この人が青磁の主だったのだ、とつくづく思い知る。
「ほんとうは私が直接教えられたらいいんだが、私が手紙に込めた術がそろそろ終わってしまいそうで」
「あ……! そしたら、ここで切り上げさせてください! 七生さんとは、もう一回だけ話したいことがあるんです!」
ひよりは慌ただしく手紙を閉じる。七生は苦笑して、
「分かった分かった。君と話せるのもあと少しだけになるが、必要があれば呼びなさい」
と言って、ひよりを手紙の外へと送り出した。
はっと顔を上げる。寧の安らかな寝息が再び聞こえてきて、視界が戻ってくる。
手の中の手紙は、あちこちがぼろぼろで、今にも消えてしまいそうだった。けれどまだひよりの手の中にある。
「……よし」
七生の名残をとどめた手紙を、大事に文箱に入れると、ひよりは立ち上がった。
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