第4話

 あの山井くんを見失った後、塾の友達である岬佳奈と一緒に学校へと歩いていた。



 先程の彼の姿は本当にどうしたのだろうか? まるで中学の時とは真逆……。


 まさか高校の逆、逆高校デビューでもしようというのだろうか?


 だとしても何の心境の変化で?



「なーに考えてるの、時雨ちゃん♪」



 深まる謎にうーんと頭を悩ませているところに突然声がかかり、わっと驚く。



「もーぅ驚かせないでよ」


「だってさっきからずっと上の空なんだもん。…………もしかしてさっきいたっていう人、元カレだったりする?」



 そんなニヤニヤした顔をして期待している佳奈には悪いが、そんな浮ついた関係ではない。


 少し憧れ……のようなものを感じてはいたがただそれだけ。


 さらには中学の時は1度も話したことも無いし。


 まあそれだけに向こうがこちらの名前を覚えていることに驚いたのだが。



「それはないよ、ただちょっと昔の知り合いが変わった姿をしてたから驚いてただけだから」


「ふーん」



 とあからさまにテンションを落とす佳奈はとても分かりやすかった。


 やはり陽キャたるもの私もそれくらいそういう話に食いついたほうがいいのだろうか?


 まだまだ研究が足りないなぁと反省しつつ学校の門をくぐった。



 学生玄関の横に貼ってあるクラスの振り分け表の前には大勢の人だかりが出来ていた。


 正直近づきたくもないし、1人なら絶対に人が少なくなるのを待っていただろうが、この友達にはそんなものは通用しない。


 早く早く!、と急かすので、これも陽キャの洗礼かと諦め、息を止めて素早く自分のクラスを確認する。



 クラスは……A組か。



「やったやった! 私たち同じだよ!! A組!」



 とはしゃいでいる佳奈。



「えっ、嘘……」


「嘘じゃないよ、ほら」



 確かに名前の所を見てみると岬佳奈と書かれている。



 全クラスは8クラスあるから一緒にはなれないだろうと覚悟していたのに……これはこれはっ!



「やったー!」


「やったねー!」



 と2人で抱きしめてハイタッチ!



 はっ! 今の私、とんでもなく陽キャだったのでは!?



 そこへ生徒会役員の腕章を付けた女子生徒が割り込んできた。



「辻本さん、そろそろ体育館のほうへお願いします」



 新入生代表の挨拶の準備に呼びに来たのだろう。



「あっ、そうか! 頑張っておいで!!」



 と佳奈が気前よく送り出してくれるので、うんと返して足早に先輩の後を追った。









 ********











 やがて入学式が始まった。


 私は今は新入生の座席の中に紛れ込んでいる。


 出番になると、新入生代表として教壇に立ち、先輩方へと挨拶をするというのが通例だ。


 今はそれまで待っているという状態なのだが、これがとても、キツイ。


 スピーチの練習は家で滅茶苦茶してきたのだが、それでも身体の震えが止まらない。


 それが始まってからもずっと続いているというのがとてつもないストレスになっていた。


 時間が経つにつれてそのストレスはどんどん増えていく。


 いっそ早くやってくれた方が楽だっただろう。


 だがここでは絶対に失敗出来ない。


 負けるもんか。こんなところでつまづいてられない!



『続きまして新入生代表の辻本時雨さん、ご挨拶をお願いします』



 アナウンスが流れる。



「はい!」



 それに対して精一杯声を出した。


 多分緊張で声は震えていてあまり大きくはなかっただろうが、これが私の出来る精一杯だった。



 真っ直ぐに階段を登っていく。



 視線は常に前へ。


 横を見るな、後ろなんか気にするな。


 ただ自分の一挙一動に意識を集中させろ!



 そう強く強く何度も念じる。


 やがて教壇に辿り着き、先輩方や先生の座っている方へ会釈。そして、皆の方へと身体ごと向けた。



 決して皆の顔は見ない。そうすればたちまち私はゴルゴーンの魔眼に睨まれたように固まってしまうだろうから。


 視線を体育館の壁から外さない。でもただ一方だけを見続けるのも駄目だ。時々目を動かさなくてはならない。


 あまりの緊張に心臓はバクバクとうるさく鳴っていて、額には冷や汗が滲む。



 ただ身体に刷り込ませたスピーチの原稿を壁に向けて諳んじる。








 気がつけば生徒会長が司会として話していて、私は席へと戻っていた。


 集中しすぎて記憶がない、なんて漫画の世界だけだろうと思っていたけれど本当にあるんだなと感心していた。


 でも私のスピーチは成功したのだろうか。記憶と一緒にやり上げた感じもないので不安が募っていた。



 どこかぼーっとしたまま、式が終わり教室へと戻ってきていた。



 そこへ。



「かっこよかったよ〜! 時雨えぇぇ!!!!」


「きゃっ!」



 と後ろから佳奈に抱きつかれて思わず悲鳴を上げてしまった。


 すると同じクラスになった女子たちも辻本さんかっこよと口々に言ってくれて、成功したんだという実感が沸いた。



「辻本さん、良かったら友達にならない?」



 その中の一人がそんなことを言った。


 答えはもちろん。



「うん! こちらこそ!!」



 私の高校デビュー。その出だしは成功と言っていいだろう。














 *******








「いやぁ、意外とバレないもんだな〜」


「ホントだよ、あんなに堂々と言ってバレないなんて逆に凄いよね。あれはみんなが辻本さんのスピーチに聞き入っていたからなんだろうけど……」



 と2人の声が廊下から聞こえてきた。


 普通なら特に気に留めることもないのに、私が気にしたのには理由がある。


 それは……片方の声にどこか聞き覚えがあったから。



「まさか……」


 教室の扉がガラガラと開いた。



 そこには男子制服を着た女子生徒と前髪とマスクで顔を隠すあの人がいた。



 なんでこのクラス……ってまさか同じクラス!?


 それになんかパワーアップしてるし!?



















☆☆☆☆☆☆☆☆




次からラブコメっぽくなります。









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