第3話



「いやぁ、あの辻本さんが高校デビューかぁ、すごいなぁ」



 どうやら友達らしき人と楽しそうに会話しながら歩く辻本さんをしばらく見て、それからは早歩きで学校までたどり着いた。



 校舎の生徒玄関の横にクラス名簿が張り出されており、皆がそこに固まってそちらを見ていた。


 人混みを掻き分けて、なんとか自分の名前のところに辿り着く。



「えーっと、山井颯太は……A組か……」



 クラスを確認して、教室に向かうとそこではぎこちなさそうに喋るクラスメイトの姿があった。まだそんなに人は多くなさそうだ。やっぱりあの名簿の前で皆まだ立ち往生しているのかもしれない。


 それほど急がなくて良かったなぁ。と思っていると、緊張気味に話すクラスメイトがやけに気になった。


 高校に入ったことで緊張しているのか、とても初々しい。


 それを見て、喋りかけにいきたいと思う心をぐっと我慢する。


 ダメだダメだ。俺は逆高校デビューをしに来たんだ。初日で終われるかっ!


 黒板に書かれた座席表を素早く確認して、着席。そしてあの伝家の宝刀──話しかけてくるなオーラを出すために、用意していたマスクを装着、そして更に本を取り出す。


 これでもう完璧だ。これではなしかけてくるやつh「あれ、もしかしてサッカー好きなの?」



 んん? あ、あれー!?



 声がした方を向くと、机のすぐ側で男子の制服を着た女子生徒が立っていた。



 いや、どういうこと?



 その同様を出来るだけ隠し、


「ま、まあ。一応」


 そう短く出来るだけそっけなさそうに話す。


 すると、その女子生徒?は目を輝かせて、



「ああー!! やっぱり! だってサッカーの雑誌読んでたし、そうだと思ったんだ!!」



 と嬉しそうにはしゃいだ。



 なんだかその姿が可愛らしく心の中で女子だと確定した所で、彼女は我に返ったように自己紹介を口にした。



「ボクの名前は武田景光。よろしくね♪」












「え?」



 今凄いゴッツイ名前が聞こえた気がするんだけど……?


 もうボクっ娘の冗談だな☆ もうそんな属性盛りすぎは辞めとけよぉ。


 と現実逃避したところで、現実は無常にも降り掛かる。



「上手く聞こえなかったかな? ボクの名前は武田景光。これからよろしくね!!」



 とにこやかに手を差し出す目の前の女子生徒。



「ああ、よろしく」



 とその手を握り返すと、ブンブンと嬉しそうに腕を振る景光。


 もう可愛いからなんでもいいや……と思考停止仕掛けたところで、大事なことに気がついた。景光という名前に、ボクという一人称。そして男子制服。


 まさかなと思いつつも意を決して口を開いた。



「あ、あのーつかぬ事を伺いますが……」


「うん、どうしたの? 何でもきいてくれて構わないし、もっと砕けた感じでいいからさ〜」


「女子……生徒ですよね?」


「・・・・・」



 ここで暫し時間が止まる。


 そして景光の肩がわなわなと揺れ始めて。



「ぼ…………」


「ぼ?」




「ボクは男だぁ!! わぁーん! また言われたぁ!!」



 そう言って景光は走り出してしまった。


 待ってと言おうとする頃にはもう教室から消えてしまっていて。


 そしてついでに先程の大声を聞いて、クラス中の視線がこちらに集中してしまって。



「はぁ」



 上手くいかないなぁと溜息を付いた。


 とりあえず教室を出て景光を探し出すことにする。



 高校には今日来たばかりだったが、あらかじめ何処に何があるかは頭に入れていた為、迷うことはない。


 ここから近すぎず、遠すぎず、あまり人が来なさそうな所で、道を知らなくても行けそうな所と言えば。



「三階の階段のあたりかな」




 当てずっぽうだったけど、景光はそこに居た。


 ちょっぴり涙目でボクはどうせ女子ですよぉと三角座りをして呟く姿はやはり可愛らしい。



「景光」


「わっ!」



 そう言うと、びくっと身体が飛び上がった。どうやらこちらに気がついていなかったらしい。



「その……ごめんな。気にしてたんだろ」


「いや、いいよ。ここまで探し出してまで謝んなくても……。めんどくさいよね、ボク。もう話しかけてこなくてもいいから……」



 そう沈んだ顔を見せる景光。


 いやいや勝手に話しかけといて、今更離れるとかないから。



「山井颯太」


「え?」



 そう言うと驚いた顔を向ける景光。その彼にもう一度言う。



「山井颯太……俺の名前だ。よろしくっ!」



 そう言って呆けたように固まる景光の手を引っ張り立ち上がらせる。


 それでもしばらく固まっている景光だったが、やっと意味がわかったらしく、うん! と笑顔で大きく頷いた。



 やっぱり可愛いな、こいつ。







 *********










「あれ? 誰もいない? 廊下にも……」



 教室に二人で戻ってきたのだが、人の気配が全くしない。


 ということは……まさか。



「ま、不味いよ! もうみんな体育館に行っちゃったんだ!!」


「うわぁ、まじかぁ……もう遅いかもしんないけど行こう!」


「ごめん、ボクのせいで……」


「ああ! もうそういうのホントにいいからっ! 走るぞ!!」



 うじうじしようとする景光を連れて体育館へと走る。


 その途中で気づいた。


 後から遅れて入ってくるって目立つよな?




 ──それ陰キャとして大丈夫か?












 *******






 体育館へと走る。


 遠目でも皆が着席していることがわかる。



「よし、割り込むぞ!」


「うん!」



 なんとか扉に滑り込めうとした時、アナウンスが聞こえた。



『続きまして、新入生代表──辻本時雨さん。ご挨拶をお願いします』



 えっ?



 新入生代表は確か入試で最高の成績を取った者が行うはず。


 つまりはそういうことなのか……!



『はい』



 小さくも凛とした声が響き渡る。



 流れるような長く煌めく黒髪を靡かせながら教壇に立った彼女は間違いなくあの辻本時雨だった。























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