第2話
学校という社会には一般的にはカーストというものがある。
簡単に言ってしまえば、陽キャが上で陰キャが下だ。
そして私ーー辻本時雨は小学生の時からどちらかと言えば陰キャに入るのだと思う。
陰キャは基本的には陽キャに逆らわず、自分の趣味や世界で満足し、日々を過ごす者だ。
私も例に漏れることなく、趣味のアニメやラノベを見たり、
読んだりして過ごしていた。
でも、いつも内心では、楽しそうに笑顔で教室で遊びに行く予定などを話す陽キャが羨ましかった。
だから、高校では陽キャになろうとそう決めていた。いわゆる高校デビューである。
高校は、同じ中学の人は誰も受けないであろう、県内一の進学校を志望校に選んだ。特に手入れすることの無かった髪を人生初の美容院に行ってまでして整え、髪型も流行に寄せるように努力した。眼鏡も辞めて、コンタクトに。
かなり明るい雰囲気になったと思う。
それに加え、対人スキルが足りない私にとってはいきなりの高校デビューは躊躇われた。だからその練習として、中学卒業して直ぐに予備校に入った。
コミュニケーション力も高められるし、学力にも効果があるので正に一石二鳥だ。
鏡に写る自分の姿を見てを確認する。
うん、実に陽キャっぽい。
今日は高校の入学式である。さあ、ここで私の陽キャとしての地位を確立するのだ!!
完全に準備万端である。
階段を降りると、お母さんがご飯を食卓に並べているところだった。
こちらに気づき、顔を向けられると眉を潜めた。
「あのね、時雨。前のままだったら確かに将来不安だったけれど、そこまでする必要はないのよ」
「いいの。私は今日から生まれ変わるんだから」
これでよかったのかしらと、ブツブツと呟くお母さんは無視して、食卓につく。
既に座っていた父は難しそうな顔をしながら、左手で新聞を捲り、右手の箸で口に食事を運ぶという器用な真似をしていた。
私はいただきますと言った後、お母さんが点けていたのであろうテレビをぼーっと眺めながら食事をしていた。
しばらくして用事が終わったらしいお母さんがリビングに入ってきて、私の頭上と私の顔を二度見した。
あれ? 私の頭の上になにかあっただろうか? たしかとけ……。
「時雨、もう7時になるけどじk」「あー!!」
朝の準備に手間取ってこんなに時間を消費してしまっていたのか……!?
これはたいへんに不味い。
高校は遠い為、駅まで走ってギリギリ間に合うかどうかというところ。それに今日は友達と学校の最寄り駅で待ち合わせまでしている。遅れるなんて絶対に嫌だ。
「行ってきますっ!」
「はいはーい、車に気をつけてね」
母親の声に返事もせず、家を飛び出て駅を目指しひたすらに走る。
なんて元ガチ陰キャの私に出来るはずもなく、すぐに息は上がり、膝に手をあてて肩で荒く息をする。
なんとか息を整え、まだ走り出すとすぐにまた息が切れる。
それを何度も繰り返し、なんとか発車すんぜんの電車に滑り込めた。
本気で走ったせいで、折角整えた髪と制服はグチャグチャ。
「ああ、もう最悪」
そう小さく愚痴り、何の気なしに座る。
そして正面に目を向けると、そこには自分と同じくらいの年の男性が座っていた。
長い前髪で顔を隠しているせいか、ファッション性の欠片も感じられないダサい眼鏡のせいか、存在感の薄い。
私がそれに目を止めた理由は単純だ。彼が私と同じ学校の制服に身を包んでいたからだ。
それに…………どことなく、中学の頃の私に似ている。まさにザ・陰キャ。
しかし電車が駅に止まり、人が増えるにつれて私はそれ以降彼に気にすることもなく、手鏡でいそいそと髪を直していた。
学校の最寄り駅に近づくにつれて、人はどんどん増えていき、彼の姿もみえなくなっていった。
人が一斉に立ち、入口に押し寄せたため少し遅れてドアが閉まる寸前でなんとか脱出する。
「なんか学校くるだけでもう疲れちゃったな……」
出遅れたためか既に出来上がってしまった人の列の最後尾に並ぶ。
時間的には友達との待ち合わせになんとか間に合う筈だ。
それに気が抜けてしまったのか、改札階に出た時の人だかりに気づくのが遅れ、誰かとぶつかってしまう。
その反動で床に尻もちをついてしまう。
「ごめん! 大丈夫!?」
相手が慌てたように此方に手を差し出す。
悪いのはボーッとしていた私の方だ。
「こちらこそ、こっちがぶつかってきたのにごめんね。それで……えっ!?…………」
謝罪をする途中、相手の顔を見て、そんな声が思わず口から漏れ出た。
その人物は制服や身長、髪型、持っている鞄から考えて先程電車に乗っていた人物であるのは間違いなかった。
私が驚いたのはそんなことではない。
私はこの人を知っている。
中学の頃、いつもクラスの中心に立っていて、全国大会までサッカー部を導いたキャプテン。文武両道で顔とスタイルまで整っていると、天は二物を与えずとか絶対嘘だろと言いたいレベルである。
まさに陽キャと対極に位置していた私の陽キャのイメージを形作った人物。
「山井颯太……」
そう言うと、彼は慌てたようようにブンブンと音が出るほど首を横に降った。
「ん? 誰かと勘違いしてる? 俺はそんな名前じゃ……」「眼鏡……」
「えっ?」
そこで彼は自分の眼鏡が私の近くに落ちていることに気づいたようだった。
「あ」
惚けたように口をポカンと開ける山井くん。そんな顔も元がいいためかサマになっている。そういえばこういう偶におっちょこちょいなところも女子達には人気があったんだった。それがなんだかイラッときた。
こっちは苦労して分析してやっと土俵に上がれるというのに、向こうは自然体でそれなのだから。
そう思考しなければ良かった。私はこの無駄な行動をしなければ、思考することに時間を使わず、自分の身の回りに注意を払ってさえいれば、安全に高校生活を過ごすことができたはずなのである。この無駄を私は後悔することになる。
「どれどれ……辻本時雨?」
「あっ! 返して!!!!」
山井くんはぶつかった時に胸ポケットから落とした私の生徒手帳を拾い、しかも御丁寧に端のページの名前の欄をきっちりと見て持ち上げたのだ。それに気がつくのに遅れ、ばっちりと名前を読み上げられしまい、回収したものの後の祭りである。
いやまぁでも、中学の頃の私って影薄かったし……名前見られたからって別に……。
「同じ中学の三年のクラスが一緒だった辻本時雨!?」
「なんで覚えとんのや」
記憶力ばけもんかよ。
思わず真顔で関西弁が出るほど、驚いた。
「いや、だいたい今までクラス一緒だった人の名前は覚えているから……」
「うわーこれが天然陽キャかぁ……」
「ん? 天然なんて?」
「いやなんでもない、それであなたは本当にあの山井颯太?」
私がそう聞くと、しばらく逡巡した後、
「あーまぁうん」
と小さく答えた。
「じゃぁその格好は……一体どうs…………」「あ、時雨こんなところにいたの!!」
私が彼に問おうとしたところに柔らかい声が遮る。
「ごめん、この人混みの中で佳奈をなかなかみつけられなくって……」
「そうだねぇ、本当に人多いよ。……それでさっき誰かと話してた?」
「え? まだここに……」
と山井くんがいた方に顔を向ければ、その姿はどこかへと消えていた。
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