第5話
凛とした誰もが聞き入るような辻本さんのスピーチのお陰か、誰も体育館に入る俺たちに気がつくことはなかった。
最早1周まわって不気味ですらあったが。
途中からしかちゃんと聞いたわけではないが確かに凄かった。とても中学の時とは同一人物とは思えないほど。
「やっぱり気になるなぁ」
静まり返った生徒席の中でそっと小声で呟いていた。
*******
「いやぁ、意外とバレないもんだな〜」
「ホントだよ、あんなに堂々と言ってバレないなんて逆に凄いよね。あれはみんなが辻本さんのスピーチに聞き入っていたからなんだろうけど……」
式が終わり、先生のからは5分後にまでに席についておいてという指示が出されていたので、俺は少し自販機によってから教室に戻ってきていた。
もちろん景光も一緒だ。
ガラガラガラ。
扉を開けて中に入ると、強い視線を感じた。
その方向を見れば、まさに話していた本人──辻本時雨がそこにいた。
同じクラスだったのか。あの時人が多くていつもみたいに名前覚える時間なかったしなぁ。
「颯太、どうしたの? 誰か知っている人でもいた?」
「あ、いや、話題の辻本時雨さんがいるなぁってだけ」
俺がそう言うと、少し辻本さんが顔をむっとさせた気がするのは気のせいだろうか?
「わっ、ホントだ! 同じクラスになれるなんて! ちょっと話してくる!」
と言っていきなり飛びついていく景光。やっぱりなんだかんだコミュ力あるなぁ。
辻本さんも最初こそ戸惑っていたものの、次第に明るく話をしていた。
やがて先生が入ってきて、休憩は中断、少しのガイダンスが始まり、最後に自己紹介をして、12時前にはもう全行程は終わっていた。
俺はサッカー観戦が趣味とだけいって自己紹介を済ませたが、景光の時は大いに荒れた。俺も事前に知らなければ彼らと同じ反応をしていたに違いない。
「ねぇねぇ、ボクはサッカー部の見学にいくんだけど、颯太もどう?」
「ああ、いや俺はいいや。高校では部活に入るとつもりはないんだ」
そういうと少ししょんぼりしたような顔をして罪悪感が半端ないからやめて欲しい。
「そ、そうなんだ、あっ、ライン交換しとこうよ」
「あーそーいえばしてなかったな」
慣れた手つきでスマホを操作し、QRコードを呼び出してこちらのスマホの下にセット。ピコンと景光のラインが表示される。
「これだよな?」
「うん、あってるあってる」
そして、景光がスマホに何かを打ち込み始めた。
こちらのスマホに通知が来る。
『景光だよー!(o ̄∇ ̄o)♪』
『よろしく!(≧∇≦)/』
目の前にいるのにあえて送ってくるところは愛嬌というものだろう。
とりあえず、よろしくとだけ返しておいた。
「あっ、そういえばクラスラインの招待も送っとくね」
いつの間に手に入れていたのか、クラスラインの招待を送ってきた。辻本さんたちのところにいったあの一瞬でとってきたのか。
正直言えば、俺がそういうグループラインに加わるのは陰キャとしてどうなのか、ということもあり、悩んでいたのだが発言しなければまあいいかという判断の下、参加ボタンを押した。
じゃあ行ってくるね! と言って景光はボールに向かって走る犬のようにぴゅーんと視界からフェードアウトしていった。
「さて、俺も帰るか……」
あ、そういえば辻本さんはというと……もう教室から姿は消えていた。
学校を出た俺は繁華街の方に来ていた。
別に大したことではない、ただのレストランのバイトだ。
高校生からは自分である程度の生活費は稼ぎたいという思いから週3くらいでシフトを入れている。
その業務も今日は何の事件も起こらずに時間になって終わった。
大体いつも誰かが食器を落として割ったり、子供が吐き出したり、客がイチャモンを付けるなんてことがあるのに、今日は何も無い。
まあ、今日はラッキーだったなぁという事にしておこう。
「山井、お疲れー」
「あ、お疲れっす、鈴木センパイ」
休憩室の俺の横にどっかりと、座り込む女の人の名前は鈴木若菜。口は少々悪いが、気の利く先輩で誰かがミスをしても直ぐにフォローしてくれる。
大学生で一人暮らしをしており、彼女曰く、親は一切金を出さない為、ここのバイトでなんとか生活費を捻り出しているそうだ。故に1日の大半はここに費やしているそう。
「いやぁ、今日はツイてんなぁ」
「そーっすね、毎日がこんな風だったらいいのに……」
「そんなことがあるわけねぇよ……。この前なんかなぁ、大学生らしいカップルが店にやって来て、女の方が『ここのお皿なんか汚れてな〜い?』とかのたまってそれで男の方が『おい! なに俺の彼女に汚ぇもん出してんだよ! 店長出せ!! 謝れよ!!!!』とかほざいてなぁ」
あ、ヤバイスイッチ入った。
「あいつら、親の金で飯食ってるくせによくあんなに偉そうに出来るよなぁ。しかもゴミなんかついてなかったし……」
鈴木センパイは自分が1日の半分以上を費やしている苦労しているからか、親の金に甘えて働かない人に対しては厳しい。
もちろんひがみも少し入っているが。いやだいぶ。
どんどんヒートアップしていくセンパイは簡単には止まらなさそうなので、顔を近づけて肩を揺らす。
店長がこうすれば鈴木は落ち着くからと笑いながら教えてくれた。
「おーい、センパイ。落ち着いて」
「ひゃっ!」
飛び上がるようにして後ろへと下がる鈴木センパイ。
「落ち着いたっすか?」
「へ? あ、ああうん。ば、ばっちし……」
なぜかセンパイは顔が赤いし、目を逸らす。
どうしたんだろうと疑問に思っていると、ドアの向こうからガタンという音とあ、やべっという声が聞こえてきた。
横をみれば、センパイの姿は無く、一人の鬼が立っていた。
「なぁ、もしかして今もオマエの行動……店長の差し金か?」
あまりの威圧感にコクコクっとうなずくと、センパイもとい鬼はそうか……と呟き、扉の向こうほ消えていった。
店の辺りには、中年男性のぎゃぁああぁという悲痛な叫び声が響いたそうな。
********
店を後にして、家路に着く。
日は既に沈んでいるが、繁華街の沢山の明かりが夜道を照らしていた。
今日は疲れたなぁと肩を揉みながら歩いていると、向こうの方に妙な人影が薄らと見えた。
女の人が4人くらいの男に追いかけられている?
女は途中でなにかに躓き、地面に転がった。
その瞬間に俺は直ぐに向こうへと走る。男が女に近づき、その身体に手を触れようとする寸前。
「うおりゃっ!!」
ギリギリで身体を割り込ませ、女の身体を抱き上げて走る。
「なっ!? おい、てめぇ待ちやがれ!! 」
男たちもが4人がかりで俺を追いかける。
「あれ? 山井……くん?」
その声が俺の抱き上げている女が発している声だと脳が認識するまで数秒を要した。
それはその声の主がありえない人物の声だったからだ。
明かりが彼女の顔を薄らと照らす。間違いない。
「なんでこんなとこにいるんだよ! 辻本さん!!」
「なんでこんなことになっているのよ! 山井くん!!」
逆高校デビューした彼と高校デビューした彼女 丸山新 @yatoyato
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