17-5 そして目をつぶる
「美邑は悪くないよ」
それは、あの事件のあった日にも聞いた言葉だなと、美邑はぼんやりと思った。
神社からの帰り道――車を運転する父親が、優しい口調で続ける。
「ただ、まだ小さかった頃に怖い目にあって。そのせいでずっと、周りと馴染めなくて。その上、高校に入って急激に環境が変わったから……心が、辛くなってしまっているだけなんだよ」
今一つ、父親がなにを言おうとしているのか、分からない。そんな美邑の表情を見てだろう――隣に座っている母親が、そっと手を握ってきた。
「あのね、美邑。モモちゃんはね……美邑の、心の中にだけいる友達なの」
慎重に、という表現がぴたりと当てはまるような、そんな母親の言葉。美邑は、とろりと母親に視線をやった。
「……あの夏からね。美邑が、モモちゃんと仲良くなったって……ずっと、話してくれていたけど。モモちゃんなんて子、一角にはいないの。美邑以外には見えない……その、想像上の、友達なの」
イマジナリーフレンド――主に幼い子供が、心の中で造り上げたキャラクターを、本当の友人のように思い込んでしまうことがある。その程度の知識は、美邑にもあった。
「……モモは」
「一度ね、まだ小さかった頃に美邑、お医者さんに診てもらったこともあるんだけどね。きっと、神隠し騒動からのストレスで、そういうふうになってしまったんだろうって。ただ、自然に現実を受け入れられるようになるまで、そっとした方が良いって、そのときは言われたんだけど」
母親は、やたら早口で言葉を続けた。
「でも最近、具合が悪いことも多いし。まだモモちゃんと遊んでるって言うし……今日なんて、倒れちゃったでしょ? だからやっぱり、もう一度ちゃんと診てもらった方が良いねって、お父さんと話し合ったの」
「心の病院っていうと、美邑も抵抗あるかと思って悩んだんだけど、倒れるくらいに辛いんじゃ、なぁ。前行ったところは暗くて美邑嫌がってたけど、最近は綺麗で新しいとこも増えてるみたいだし……」
両親が、心から心配してくれているのが、伝わってくる。――それほどまでに、美邑のことを心の病だと信じているのだと、分かる。
(モモは……いない?)
辛いときに、いつも側にいてくれたのはモモだったのに。優しく抱き締めてくれるのはモモだったのに。
二人はまだなにか話続けているようだったが、美邑の耳には雑音としてしか届かなかった。じっと、手のひらを見つめる。
この手に残る温もりも、幻なのだろうか? 美邑の頭が造り出した、ニセモノなのだろうか?
「モモ……」
口の中だけで、小さく呟く。
(ミクちゃん。辛いことはさ、忘れちゃえば良いんだよ)
ふと、頭の中でそう、モモの声が聞こえた気がした。
(そう……だよね、モモ。忘れちゃえば、良いんだ)
モモがいないかもしれないだなんて。そんなの、考えるだけでも嫌だった。
全て忘れるのだ。
美邑を化け物と蔑む同級生も、モモを見えない知らないという理玖も、モモは存在しないという両親も、モモがいないかもしれないということも――なにも、かも。
両親の声を子守唄代わりに、美邑はそっと、目を閉じた。
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