17-4 思い出

 幼い二人が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。

 夏休みが明けるまでの残り短い期間、美邑は毎日のようにモモと遊んだ。


 モモの家も、電話番号も知らなかったが、遊ぶのに困ることはなかった。美邑が会いたいと思うと、大抵モモはなにくわぬ顔をしてひょいと現れた。


 モモには、不思議となんでも話すことができた。神隠しにあったことも、それから妙に力が強くなったことも、それらのせいで新学期が不安で仕方ないことも。


 すると、モモは美邑の小さな手をぎゅっと握り、「大丈夫」と笑うのだった。



「怖いことは、全部忘れちゃえば良いんだよ」



 それは、美邑の心を優しく甘やかす言葉だった。


 そして、新学期。

 登校した美邑に、同じクラスの男子が声をかけてきた。


「川渡さぁ、夏休み中、行方不明になったってまじかよ」


 美邑はぎくりと身体を強張らせた。なんと答えるべきか分からず、ようやく出たのは「覚えてない」という言葉だった。



「覚えてないって、ウソつくなよ。なぁ、おまえの家で川渡、いなくなったんだろ? 理玖」



 教室の後ろの席で、荷物を机にしまっていた理玖に、少年が大きな声で呼びかける。理玖はペンケースを手に握りながら、「よく分かんない」と答えた。



「気がついたらいなくて、そんで気がついたらまたいたから」



 「なんだそりゃ」と少年が笑う。理玖はそれに眉を寄せると、ぷいと顔をそらして、空になった鞄をロッカーへしまいに行った。

 少年も、理玖から美邑に視線を戻した。



「なぁ、しかもさぁ。すげぇ力をゲットしたんだろ? ちょー力持ちになったって」


「……知らない」



 今度は、美邑が少年から視線を外した。だが、少年は諦めない。「おまえ、前からバカみたいに力持ちだったもんな」と顔を覗き込んでくる。



「この前もさぁ、だーれもいないところで、一人でくっちゃべっててさぁ。まじキモかったんだけど」



 意味が分からず、美邑は思いきり顔をしかめた。



「なに、それ」


「だからさぁ。一昨日とか、神社の階段でおしゃべりしてただろ。一人でさ。えっと、夕方くらいに」



 そう言うなり再び、少年は席へ戻ってきた理玖に「なぁ?」と大声で呼びかけた。遊んでいたのか、たまたまなのか――二人は一緒に現場にいたようで、理玖は迷惑そうにしながらも、そっけなく「うん」と頷いた。


 だが、美邑としては納得いかない。一昨日の夕方と言えば、一人ではなくモモと一緒に遊んでいたからだ。



「一人でおしゃべりなんかするわけないじゃん。友達といたの」


「友達って、誰だよ」



 「それは……」と、美邑は言葉に詰まった。モモは最近越してきたのか、この学校に通っていない。仕方なく、「あんたの知らない子」と、ぶっきらぼうに答えた。

 途端、少年は大声で笑い出した。



「なんだそれ。おまえ、お化けと遊んでたんじゃねぇの?」


「なに言ってんの。違うし!」



 ムッとして言い返すが、少年はむしろはしゃいで続ける。



「お化けと仲良し美邑ちゃーん! 化け物の国に拐われて、お化けの友達連れて帰ってきたんだろ」



 けらけらと笑うその姿に、声に、美邑の苛立ちはピークに達した。なにより、優しいモモをお化けと呼ばれるのが我慢ならなかった。



「友達を……友達をお化けって言うなぁッ」

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