第十章 不安の決意

10-1 朝ごはん

「どうだろう、病院に……」



 美邑が階段を降りていると、父親の声が聞こえた。


 土曜日。疲れがどっとでたのか、昨晩は途中で起きることもなく、熟睡した。おかげで、今朝は時計を見ると、もう八時を過ぎていた。


 パジャマから、半袖のシャツとジョガーパンツ、薄手の上着に着替えて、居間に向かっている最中のことだった。



「おはよう」



 声をかけて扉を開けると、それぞれコーヒーのカップを手に、両親がこちらへ目を向けた。



「おはよう、美邑。先、ごはん食べちゃったけど」


「ん。朝ごはん、なに?」


「ウインナーと卵焼きとお味噌汁と……あと納豆」



 節をつけるようにして言いながら、立ち上がった母親が台所へと向かう。その後ろ姿を見送り、コーヒーを飲む父親に「お母さん、具合悪いの?」と小声で問いかけた。



「いや……なんで?」


「だって今、病院の話してたでしょ?」



 美邑が椅子に座りながら言うと、父親は一瞬、ぴくりと眉を寄せた。



「あー……それは」


「お母さんじゃなくて、美邑の話をしてたの」



 盆で、大皿と茶碗、汁碗、納豆のパック、それからオレンジジュースの注がれたカップを運んできた母親が、口を挟んでくる。



「美邑ったら昨日、早退して調子悪そうだったでしょ。だから」


「それは、目が……」


「それも、だけど。夜もなんか、食欲なかったし」



 目の前に並べられる皿を見ながら、母親の言葉にぎゅっと唇を噛む。ここ数日のできごとを、そのまま両親に話すのは、止めておいた方が無難だろうし、その勇気もない。かと言って、不審者云々の話も、今となっては今更だ。


 そもそも――右目が元に戻ってしまった今、果たして最近のできごとのどこまでが現実で、どこからが夢なのか。美邑自身にさえ、分からなくなってしまった。



「まぁ……美邑が行きたくないなら、無理に行く必要もないんじゃないか?」



 コーヒーをすすりながらそう言ったのは、父親だった。



「どうせ、今日と明日は休みなんだし。ゆっくり過ごして、体調整えたら良いんじゃない?」


「……うん」



 事情を説明できない以上、父親の言葉に頷くのが美邑としては都合が良く、母もそれ以上なにも言ってこなかった。


 オレンジジュースに口をつけると、いつもより酸っぱいような気がした。

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