1-3 それは唐突に

 美邑の通う高校は、市内の中でもかなり賑やかな地区にあり、生徒達の雰囲気も、春先市の高校に通う同級生達とはどこか違う。

 それが、制服の着こなし方なのか、立ち居振舞いなのか、それともちょっとした姿勢によるものなのかは、美邑には分からないが。要は、これが「垢抜けている」ということなのだろう。


 がらんとした屋上。美邑はほぅと息をつくと、フェンスに寄りかかりながらぺたりと座り、膝の上に弁当箱を広げた。ふたを外すと、香ばしい香りが鼻先をくすぐっていく。


 漫画などでよく、屋上で昼食をとる描写が出てくるため、ちょっとした憧れのようなものが元々あった。しかし、実際には危険な屋上が開放されているわけもなく、仕方なく美邑は毎日こっそり屋上まで登って食事をしていた。


 今日の弁当は、玉子焼きとウインナー、ブロッコリーのおかかあえに、卯の花いり、そしてゆかりのふりかけがかかったごはんだ。特に甘い味付けの玉子焼きは美邑の好物で、きれいな黄色に少しばかり心が弾んだ。



「いただきます」



 手を合わせ、小さく呟く。

 他に、誰がいるわけでもない。それでもいちいちそうしてしまうのが、習慣というものなのだろう。


 白い箸で、真っ先に玉子焼きを一切れ挟む。柔らかなそれを、口の前まで運んだ――そのときだった。



「こんなところにいたか」



 声は、唐突に上から聞こえた。


 驚いて見上げれば、目がチカチカとするほどに青い空。その視界の端で、ぴろりと緋色の布が映った。


 改めて見ると、寄りかかったフェンスの上に、人が立っていた。


 真っ白な髪は風になびき、緋色の着物もぱたぱたと揺れている。


 美邑は、ただただぽかんと、その姿を見つめた。


 その出で立ちには、見覚えがあった。鏡戸神社の階段に腰かけた老人――まさに、その人だと思われた。


 思われた、なのは――あのとき、顔が見れなかったからで。ついでに言えば、今も見ることはできなかった。


 だって、つけているのだ。


 真っ赤な仮面。


 目を向いた、鬼の顔を。


 危なげなくフェンスの上に立つその人は、声だけならば、若々しい青年で。仮面の奥から向けてくる視線は、紅く輝いていた。



「貴様を、迎えに来た」



 箸に挟んだ玉子焼きが、ぽたりと膝に落ちる。



「……え?」



 ようやく出た声は、なかなかに間の抜けたものだった。


 思ってもみなかったのだ。

 日常というのものが、こんなにも唐突に、破られるなんて。


 ――思ってもみなかったのだ。

 こんなにも唐突に、なんということない日々が、壊れてしまうなんて。

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