第二章 迎え
2-1 不審者
フェンスに立っている謎の男は、軽く膝を曲げると、足音もほとんど立てずに着地した。
目の前に立たれると、男はやたらと背が高い――と思ったが、それが錯覚であるとすぐに気がついた。一本足の高下駄を履いているため、そう見えるだけで、実際は女子の中で中背な美邑より、拳一つ分高いくらいか。着物の裾は長く、少し余って風にたなびいている。
「ようやく見つけたぞ」
鬼の面の下から、男がくぐもった声で言ってくる。訳が分からず、美邑は箸を手に持ったまま、尻を後ずさらせた。もっとも、直ぐにフェンスにぶつかってしまい、大して意味をなさなかったが。
「えっと……なにか御用ですか?」
慎重に言葉を選びながら、男をじっと見た。肩まで伸びた白髪は、太陽の光を反射してむしろ銀色に輝いている。顔につけた面は、いかにも強面な鬼が彫られた、木彫りの物だ。
(なに、あれ。和製ハロウィン? だいたい、十月はまだまだ先だし)
なんにせよ、校舎にいて良い人物ではあるまい。まさか、誰か生徒の保護者ということもないだろう。
(不審者……えっと。先生に、知らせないと)
男を見つめたまま立ち上がろうとすると、膝の上から弁当が落ちて床にこぼれた。
(えっと。迎え、とか言った? さっき。なんか、よく分かんないけど。聞き間違い?)
刺激しないように、刺激しないように、と。それだけを頭で唱えながら、笑顔を顔に貼りつける。できるだけ手早く、こぼれたおかずを箱に詰め直し、雑にランチバッグへと押し込んだ。
「あの、あたし。午後の授業、あるので。失礼しますね」
早口に言い置いて、もつれそうになる足を励ましながら歩き出した――が。
「待て」
静かな声が、それを制止した。
「言っただろう。迎えに来たと」
(えー……やっぱり聞き間違いじゃないの?)
ここで、止まってはいけないのかもしれない。だが、刺激するのも恐ろしく、美邑は及び腰のまま固まった。もし後ろを向いて走り出した途端、懐にでも隠しているかもしれない刃物で刺されたらと想像するだけで、後頭部から背中にかけてぞくりと冷える。
「えっと……迎え、って?」
ランチバッグを握り締めながら、へらりと笑いかけた。できるだけ視線を合わせないようにしつつ。しかし、男の挙動を少しでも見逃さないよう、気持ちは張る。
「分からないか」と呟きが聞こえた。仮面の奥から、鋭い視線が向けられるのを感じる。下駄が、からんと音を立てて一歩、近づいてくる。
「忘れているのか……それとも、フリか?」
「え? いや、そのぉ」
男の声に不穏な色が混じるのを感じ、美邑は慌てて身体に緊張を走らせた。男がいつ飛びかかってきても逃げられるように、身体の重心をずらす。
(忘れてるって。なにが? どういうこと? なんなのこのヒト)
少なくとも、美邑は目の前の男のことなど、つい今朝見かけるまで知らなかった。それなのに、迎えだと急に来られても、全く身に覚えのないことで。
「あのぉ……もしかして、人違いとか、そういうやつじゃ……」
そのときだった。
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