第七話 クライマックス

 午後四時 アドリア海軍地下総司令部


「何のために生まれた!?」

「イェーガーに乗るためだ!」

「何のためにイェーガーに乗るんだ!?」

「ゴミをたたき沈めるためだ!」

「イェーガーは何故飛ぶんだ!?」

「アルティーリオを運ぶためだ!」

「お前が敵にすべき事は何だ!?」

「仰角いっぱいアルティーリオ!」

「それが終わったらどうするんだ!?」

「機首と同軸魚雷投射!」

「アルティーリオは何故六十ミリなんだ!?」

「ヨットについてるポコチンが二十ミリだからだ!」

「アルティーリオとは何だ!?」

「撃つまで撃たれ、撃った後は撃たれない!」

「イェーガーとは何だ!?」

「艦載機より強く! 駆逐艦より安く! 水上バイクより早く! どれよりも硬い!」

「イェーガー乗りが食うものは!?」

「ピッツァとブランデー!」

「マカロニとワインを食うのは誰だ!?」

「ヘタレ野郎のマルチローラー! 妨害電波におケツをまくる!」

「お前の親父は誰だ!?」

「戦車殺しのサンダーボルト!」

「お前を護る悪魔は誰だ!?」

「大空の魔王ルーデル閣下!」


 上機嫌な司令長官が矢継ぎ早に問いかけるや、かなりの数の幕僚達がそれに答える。司令長官発案の「イェーガー訓」なる訓示である。


「音速機とは気合いが違うッ!! 我等海軍攻撃機! 機銃上等! ミサイル上等! 被弾が怖くて海が飛べるか!!」


 なんでも「サンダーボルト」とは司令長官が元いた世界で活躍した大口径機関砲を持つ攻撃機で、「ルーデル閣下」とはそのサンダーボルトの設計に携わった伝説の爆撃機乗りだそうな。


「よし、WIG隊は攻撃止め! 遭難者を回収しつつ帰還させて。あと海域の安全を確保次第救難隊を出して遭難者の救助を。代わって地上軍防空隊とHAS隊を出して追撃するぞ!」


 イェーガー訓の詠唱を終えて満足したアユミがそう命じた。


 アドリアにとって、これは千載一遇の好機と言える。ここで主力艦を仕留めれば南洋艦隊はしばらく何もできないだろう。となれば注力すべきは直接国境を接するパルティア戦線のみとなる。

 パルティア地方は大陸を東西に隔てるベルン山脈群の南端にあたり、低いところでも海抜四千メートルという大山岳地帯で道はあっても隘路ばかり。こんな所を行軍すると聞いたら兵站担当が狂死しかねないような場所だ。

 だからルーシは海路から奇襲に近い形で首都を突き、勢いそのまま短期決戦で決着を付けようとしたのだ。何も完全に屈服させる必要はない、対ラティウム戦の補給基地にさえなれば良い。


 しかしここで海上戦力と強襲揚陸を担う海兵隊に当分回復不能なダメージを与えることができれば、ルーシはアドリアとは手打ちにしたがるはずだ。

 少なくともパルティアに突っ込んで泥沼のゲリラ戦を展開されるよりは賢明な判断だろう。


 すでに強襲揚陸艦は全艦撃沈済みだ。残るは主力艦のみである。


 かくして、WIG隊に次ぐ海軍の秘密兵器たる重対艦攻撃機隊、通称HAS隊と地上軍司令長官の認可のもと、臨時でアユミ大将の指揮下に組み込まれた地上軍防空隊に出撃命令が下された。




 AD-22 指揮室

「AD-64より通信! 総員退艦を確認、乗員の救助及び艦の自沈処分を求むとのこと」

「了解したと伝えろ。遭難者の収容準備急げ、それとAD-64へ砲撃を」

「了解。目標砲塔下部、弾種徹甲弾撃ち方始め!」


 速射砲の放った対艦徹甲弾は狙い通り前屈みになっていた船体を貫き弾薬庫を誘爆させた。更にその爆発が前部VLSを引火誘爆させ、AD-64は艦橋から前がまるまる吹き飛びそのまま沈んでいった。


 その後ランチで波間を漂っていたAD-64の乗組員を収容したわけだが、艦長以下百名弱の士気はズタボロだった。

 そしてAD-22の乗組員の士気もズタボロであった。ここまでの戦果は水面効果翼機一機と駆逐艦三隻、そして強襲揚陸艦一隻。水面効果翼機は友軍に張り付いていたのを背後から対艦徹甲弾で撃墜したもので、それ以外はいずれも友軍の介錯をした結果である。

 AD-22自体も艦首に魚雷で穴を開けられ、当たり所が悪ければ艦首切断の憂き目を見ているところだった。

 双方の乗組員が自嘲気味に慰め合う中、壊れかけの艦隊のレーダー網が戦闘機の一団を捉えた。

「総員対空戦闘用意! 準備完了次第各自で攻撃を開始せよ!」

 撤退しながら半ばヤケクソで戦闘準備を始めるルーシ艦隊が敵機を目視で確認する。


 そこにいたのは戦闘機と、対艦ミサイルを八発抱えて海面スレスレを飛行する輸送機並みの大きさの攻撃機の群れだった。


「敵機より対艦ミサイルの発射を確認! 敵航空隊なおもそのままの速度で接近。」

「クソ! 対艦ミサイルの迎撃を最優先!」


 急ぎ各種対空兵装で応戦する南洋艦隊の残党たちだが、レーダー網が大幅に弱体化している上に水面効果翼機の攻撃により機関砲等の一部対空兵装を喪った艦も少なくない。

 対空戦を主任務とするAD級はともかく、対潜戦闘を主任務とするSD級、対艦戦闘を主任務とするDD級は苦戦を余儀なくされ、次々脱落していった。


 そしてミサイルを打ち切った機もそうでない機も、チャフとフレアを炊きながら混乱する駆逐艦達の脇を追い抜いていった。



 そして数分後、AD-22始めとするAD級の追撃も虚しく、艦隊後衛が航行中の方から轟音と共に火柱が上がった。そして数秒後にもう一度火柱が立ち上り、そしてそこから間を置かずに三つ目の火柱が上がった。


「MCか、なるほどな」

 火柱が収まった頃、司令部からの連絡は取れなくなっていたものの、レーダーから味方ミサイル母艦三隻が消えたのを見てティムール中佐が諦観しきった表情でそう呟いた。




 リューリク 南洋艦隊司令部

「敵航空部隊駆逐艦群を突破ぁ! そのままの勢いで主力に迫っています!」

 オペレーターが今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。


「んなこた見りゃわかるわ!」

 それに対し幕僚のひとりが大人げもなく理不尽にそう叫ぶ。



 本来なら咎めるべき立場にあるレリヤフ大将だが、今はそれどころではなかった。

「ミサイル母艦三隻に告ぐ! 総員退艦せよ! 繰り返す! ミサイル母艦三隻の乗組員は直ちに退艦せよ! また他艦はなるべくミサイル母艦より距離を取れ!」

 叩きつけた右手が折れていることにも未だ気付かないまま、司令官はそう命じる。


 ミサイル母艦は、「動くミサイル格納庫」とも呼ぶべき艦船で、とにかくミサイルを大量に搭載することを追求しており、戦闘用レーダーは搭載されておらず自衛用火器も最小限。四万トンもの排水量を持ちながらも乗員は僅か七十名ほどと駆逐艦よりも少なく、ミサイルの管制・制御はミサイル巡洋艦に委任する形になるという艦種だ。


 防御面ではなんとも頼りないMCことミサイル母艦を守るべく艦載機に発艦を命じているが、同時に発艦させられる数には限界があり、対空網が巨大な攻撃機の放つミサイルの雨に必死で対処している間に護衛の戦闘機によって各個撃破されていた。



 そして、巨大な攻撃機は護衛から数百メートルと言うところでその巨体からは信じられないような機敏な動きで鼻先を上に向け急上昇を開始。それと同時に腹に抱えた稼働銃座の機関砲を発砲し始める。



 艦隊前衛も経験した対艦機関砲の猛連射を浴びることとなった艦隊後衛の中央から爆音と共に、突如真っ赤な火柱が上がった。

 それに続くように第二第三の火柱が立ち上る。


 レリヤフ大将の懸念通り、機関砲でミサイルを誘爆させられたミサイル母艦が爆沈した瞬間だった。



 無論被害がミサイル母艦だけに留まろうはずはない。その他の艦隊後衛も急降下してきた巨大攻撃機に襲われ、VLSを狙い撃ちにされたり、未だ残っていたミサイルの的にされたりなど、様々な最期を遂げた。




 九月二十一日 午後五時

 交戦開始から五時間が経過し、この日の戦闘が終了した時点での残存艦は空母一隻、ミサイル巡洋艦三隻、駆逐艦二十七隻。この後に沈没、自沈したものを除くと残ったのはミサイル巡洋艦一隻、駆逐艦十六隻のみであった。


 このアウグスティヌス沖海戦が、俗に「ルーシ海軍の長編悲劇」と謳われることになった由縁である。

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