第六話 未だ終幕ならず
アウグスティヌス 海軍総司令部
「くぅぅー! やっぱりアルティーリオの掃射はたまらん!」
兵器局の秘蔵っ子が、敵艦に肉薄し艦橋を次々と穴だらけにしていく様を見て、兵器局局長は思わずそう唸る。
ASAC-3アルティーリオ、口径六十ミリの対艦機関砲で、アドリア海軍の秘密兵器たる対艦地面効果翼機WIG-8イェーガーを象徴する砲だ。
その開発、特にアルティーリオの使用に耐えうるプラットフォームことイェーガーの開発には多くの苦難があった。
しかしその威力は絶大で、分間三六〇〇発の射撃を受ければ最後、艦艇なら艦上構造への致命傷は避けられず、航空機や戦車ならリサイクルにすら回せなくなる可能性が高い、歩兵なんぞに撃ってしまえばドッグタグすら残らないだろう。
一部ではイェーガーを「アルティーリオのオマケ」呼ばわりする声すら聞こえるほどだ。
もっともそのイェーガーも、アルティーリオを搭載するべくアドリア商業連盟の技術の粋を結晶と成したもので、「対空ミサイルだと墜とせるか怪しい」「翼が片方なくなってもアルティーリオを撃たなければ余裕で飛べる」などなどの逸話を持つ変態兵器である。
地面効果翼機による低高度かつ至近距離からの機関砲による対艦射撃という予想だにしていなかった攻撃を受け目に見えて動揺するルーシ艦隊。さすがに機関砲で船体へダメージを与えることはできない為、現状轟沈艦こそ出ていないが、ルーシ艦は艦橋にレーダーや通信設備が集中している為、明らかに協調を欠いている。
ルーシ艦隊も必死で応射を行うが、まったく想定していなかった超低空かつ至近距離での対空戦闘というシチュエーションに苦戦を強いられた。
速射砲は射角をうまく取れず、艦対空ミサイルも狙いを逸らされた場合に誤爆する危険性がある為思うように使えない。
艦載機関砲は使用に支障はなかったが、アルティーリオ発射の反作用に耐えうるだけの重量を確保する為に装甲をこれでもかと載せたイェーガーには、二十ミリの機関砲など豆鉄砲も同然だった。
艦載機の空対空ミサイルでも大きなダメージを与えることは敵わず、唯一対艦ミサイルが有効打を与えうることが分かったが、誤爆を避ける為に接近しなければならず、アルティーリオの前後に配置された対空機関砲に、あるいはアルティーリオによって撃墜されてしまうことも少なくなかった。
ルーシ軍からすれば悪夢とでも言うほかない事態であったが、これはまだ惨劇の序章に過ぎなかった。
リューリク 南洋艦隊司令部
「各艦分散後、揚陸艦群から反転離脱せよ! 艦隊後衛も前衛の撤退を援護しつつ反転、離脱に備えろ! 自力航行不能となった艦は放棄する、自沈準備の後総員退艦せよ!」
戦慄する司令部に、司令長官レリヤフ大将の怒号のような悲鳴のような命令がこだました。
「駆逐艦なら……駆逐艦ならどうとでもなる……主力を生かして帰せば……まだ……!」
「敵主力に捕まらなければ……まだ……まだ……」
幕僚が口々に絞り出すような声で呻く。
五十機ほどの水面効果翼機とミサイルの合わせ技によって、ルーシ南洋艦隊は良いように弄ばれ、みるみるうちに損害を増やしていった。
こんな状態で温存してあるアドリア海軍の主力艦隊に捕捉されてしまえば最後、大損害は免れられない。
そんなことになればレリヤフ大将以下幕僚達の首は、後ろで見ている総統の命令一下で文字通り飛びかねない。
古来より海軍というのはとかく養成に時間のかかるものだ。ほぼ消耗品の駆逐艦はともかく、空母やミサイル母艦、そして精鋭海兵隊を積んだ揚陸艦から喪失艦を出すわけにはいかない。
アドリア海軍が機動力を重視しているのはルーシにも漏れ聞こえるところであり、一刻の猶予もならない。
現場も司令部も極限状態と言っていい状況のなか、オペレーターのひとりが絶叫する。
「敵水面効果翼機より雷跡確認!! 対艦魚雷を搭載していた模様!!」
「! クソッッタレがぁぁぁ!!!」
レリヤフ大将はそれを聞くやここが司令部であることも忘れて口汚くそう叫び、右手の拳を砕け散らんばかりの勢いでコンソールに叩きつけた。
イェーガーの対艦兵装はアルティーリオのみではなかった。
胴体部に対艦魚雷を搭載していたのである。ルーシ軍にとって、対艦魚雷は潜水艦に搭載するものであり、決して水上艦や航空機に搭載するものではなかった。
水上艦や航空機で対艦攻撃をしたいのならより長射程で誘導可能な対艦ミサイルを使えばいいだけの話だ。
実際、七つの国家のうち他に水上艦や航空機に対艦魚雷を搭載していることが知られているのは、ミサイル技術を確立できていないプロシアとアゼルスタンの二ヵ国だ。
仮想敵にこの二ヵ国が含まれる北洋艦隊とは違い、仮想敵がラティウムとアドリアとなる南洋艦隊にとって、この雷撃は想定外も良いところであった。
魚雷は対潜ミサイルやより小型の魚雷で迎撃するのがセオリーだが、速射砲の射角が取れないような至近距離では、迎撃は不可能だった。
大型艦ならいざ知らず、小柄な駆逐艦が魚雷の直撃を喰らえば多少の水雷防御を施していたところで致命傷は避けられない。
「SD-93艦中央に魚雷命中! 左舷より浸水!」
「AD-48艦中央に被雷! 船体破断! 轟沈は免れられません!」
「AD-64艦首にミサイル被弾! 弾薬庫への引火の恐れあり!」
次々と舞い込む凶報に、司令部の面々は呆気にとられるばかりだった。ほぼ感情を表に出さないことで有名な総統マシニすら目を見開いたまま呆然とスクリーンを眺めている。
そしてとうとうこの時がやってきた。イェーガーの一隊が遂に対艦ミサイルの雨あられに苦戦する駆逐艦達の間をすり抜け、退却中の強襲揚陸艦群に肉薄。鈍重な上に武装がほぼ皆無な揚陸艦は次々と魚雷の餌食となり、いずれも沈没は時間の問題だった。
「う……う……うあああぁぁぁ!!!」
一隻、また一隻と揚陸艦が撃破されていくのを見ることに耐えられなくなったのか、ある歳若い幕僚が気が触れたように叫んで膝から崩れ落ちた。
誰も咎める者はいなかったが、心配する者もまた誰もいなかった。
「全軍直ちに全速で反転し海域を離脱せよ……繰り返す、直ちに反転し海域を離脱せよ……」
レリヤフ大将は体内に残っている気力を振り絞ってそう命じたが、その憔悴ぶりは隠しようがない。
もはや南洋艦隊の敗北は誰の目にも明らかだった。
この時に、満身創痍のルーシ南洋艦隊を灰燼に帰すべく牙を研いでいる者達がいると知ったら、果たして彼らはなんと言っただろう。
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