第57話 暴かれる秘密

「では――今度は、セツナ様の隠し事について、おうかがいしましょうか」


 ジャファルの口にした一言で、室内の空気が一気に張り詰めた。

 俺は思わず、隣に座ったラグナルを見てしまいそうになったが、なんとか自制した。


「……一体何の話だ?」

「ごまかす必要はありません。イヴリスもとっくに勘づいているでしょう」


 ジャファルが一瞥すると、イヴリスは驚いたように彼を見返した。


「ありゃりゃ……ジャファルくんも気づいてたんだ。さすが鼻が利くなぁ」

「皮肉のつもりかもしれんが……今回の場合、本当に『鼻が利いた』形だな」


 前置きしてから、ジャファルは再び俺に視線を戻す。


「セツナ様、あなたを召喚したのは一体誰ですか?」

「……………………」


 いきなり核心に触れられ、俺は思わず言葉を失った。

 その反応で急所をついたことを確信したのか、ジャファルは容赦なく追い打ちをかけてくる。


「勇者召喚の儀には膨大な魔力と、あらゆる属性魔法を行使できる人間に限られます。その条件を満たせる人間はそう多くありません。各国に数人しかいない大賢者か、魔法能力に特化した勇者様か、あるいは……破壊神の魂を受け継ぐ『虚無の因子』か」

「ギジェンの大賢者は前の勇者召喚で亡くなってるし、ウィスリア法国や旧アステア王国領なら、誰にも知られずにヴェラード領までたどり着くのは無理だもんね〜。唯一可能性があるのはバルディアだけど、大賢者がいたはずの王都は崩壊しちゃってるし」

「つまり、容易に思いつく答えはひとつしかありません」

「魔法特化型の『虚無の因子』、バルディアの『混血の魔女姫』ちゃんね」


 思わぬ連携プレーに追い詰められ、とっさに抗弁できなかった。

 数秒の沈黙でようやく冷静さを取り戻し、俺は口を開く。


「……実は、召喚された時のことは覚えてないんだ。なんだ? その、混血の魔女姫ってやつは」

「シラを切っても無駄です。わたしの嗅覚は正確に人種を嗅ぎ分けます。この家には、この国にいるはずのないエルフの臭いが残っています」

「それに、別室にすごい魔力反応があるね〜。ヴェラードにこれだけの魔力を持ってる人、あたしを含めてもそんなにいないはずなんだけどな〜」


 …………クソっ。こいつらの索敵能力を甘く見ていた。

 というか、ジャファルのはともかく、イヴリスを『鑑定』した時に『魔力感知』が出た時点で警戒してしかるべきだった。

 俺が再び固まってしまっていると、ジャファルは俺にとどめを刺してくる。


「かの姫君が幽閉されていたのは、確か国境ぎわの森向こうの砦でしたね。地理的にもセツナ様の召喚場所として符合ふごうしますね。なにか誤りはございますか、セツナ様?」


 反論できる場所を探してみるが、とてもではないが無理そうだ。

 しばらく黙り込んだ後、俺は観念してため息をついた。


「…………クソったれ。全部わかってやがったのか」

「ごめんね〜、セツナ様。ちょっとイジワルだったかな?」


 イヴリスがすまなそうに両手を合わせて見せるが、彼女のテヘペロ顔はまるで悪びれてるようには見えない。

 頭痛を押さえ込むように眉間を指で押さえてから、俺は二人に視線を戻す。


「……それで、『虚無の因子』――アトリの処遇はどうなるんだ?」

「んー。ギルドとしては、『虚無の因子』を取り扱ったことはないので、なんとも言えないかなぁ〜」

「そうなのか?」

「そうなのよ〜。ほら、『虚無の因子』って三百年前の勇者様の末裔じゃん? で、三百年前の勇者様ってみんな王族と結婚してるわけだから、『虚無の因子』は王族に管理を任せるのが慣例になってるんだよね〜。うちの国の『虚無の因子』も、まさにそんな感じだし」


 なるほど。理屈としてはわからんでもないか。


「あ。でも魔女姫様ってバルディアの人なわけでしょ? この場合、バルディアに送還するのが正しいのかな?」

「バカを言うな。魔物で崩壊寸前の国に返して、むざむざ魔物どもにくれてやる必要などないだろう」

「じゃあ、ギジェンの皇族が管理する感じになるのかな? それとも、例外的にギルドで預かっちゃう?」

「いずれにしても、まずは国で預かるべきだろう。保護したのは我が領の領民だし、なにより『虚無の因子』であろうと不法入国であることに変わりはない」

「ちょっ、ちょっと待ってくれっ!」


 話の流れがきな臭い方向に向かっているので、俺は思わず声を上げていた。


「アトリは俺の連れだ! 悪いが、勝手に連れてってもらっちゃ困る!」

「セツナ様、慈悲深いお心は素晴らしいですが……『虚無の因子』と行動をともにするというのは、あまり現実的ではありません」

「……どういう意味だ?」

「さきほど述べましたが、勇者様は破壊神や創造神を討滅する存在です。対して、『虚無の因子』は破壊神の魂の欠片を宿す者……本来、天敵同士の立場なのです。仮にそこをゆずったとしても、『虚無の因子』を連れて魔物の潜むダンジョンを徘徊するなど、人類全体を脅かす行為です」

「そだね〜。正直、ギルドの支部長としても、『虚無の因子』をパーティーに入れて冒険者登録するのはおすすめできないかな〜。大体、冒険者って基本遊撃隊みたいな感じだから、守備とか護衛には向いてないんだよね〜。正直、そういうのは国の正規軍に任せたほうがいいと思うよ?」

「そ、それは……でも……っ」


 反論したい気持ちばかりが先走るが、正論過ぎてなにも言い返せない。

 隣のラグナルを見やるが、やつは黙したままフォローしてくれる気配もない。

 玄関先で控えているラゴスは、アトリのことは明かしていなかったので当てにはできない。


 ならば――いっそ思い切って、感情に訴えるしかないか。

 俺は戦略を切り替えると、テーブルに両手をついて頭を下げた。


「……頼む。アトリのことはそっとしてやってくれ。あいつは今まで、ずっと幽閉されて暮らしてきたんだ。少しだけでいい。あいつに自由な時間を与えてやって欲しいんだ。その代わり、俺の力をなにに使ってくれても構わない」


 長い沈黙の後、返ってきた反応は――ジャファルの冷たい声だった。


「セツナ様、どうやら誤解されているようですね」

「……どういうことだ?」

「『虚無の因子』は人類の敵……とまでは言いませんが、ひとたび魔物の手に渡れば、なにが起こるかわからないほどの危険をはらんでいます。それをこんな……兎耳種ラビリス猫目種キャトラスごときの薄い戦力で警護しようなど、正気の沙汰ではありません」

「そこは、守備隊の戦力を派遣するなり、兎耳種や猫目種の居住区を移すなり、やりようはあるだろ!」

「確かに、やりようはあるでしょう。しかし……なぜ・・我々がそんなことをせねばならないのです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 鋼の刃のように冷たく硬い声で、ジャファルは容赦なく攻め立ててくる。


「『虚無の因子』を守るという目的なら、『虚無の因子』だけを警護の固い場所に移動すればよいだけです。そのほうがより安全に護衛できるでしょう。だというのに……なぜ、わざわざこの劣等種・・・たちにまで配慮する必要があると?」


 最後の言葉を言う時、ジャファルはゴミでも見るような目でラグナルを一瞥した。

 そして、俺はようやく理解する。


 このすさんだ都市を統治しているのは、この男だということを。

 獣人種セリオンが持つ弱者への差別意識は、こいつが助長させたものだったのだということを。

 ラグナルがこの男の意見に、一言も異を唱えなかった理由を。

 そして――ジャファルがずっと、アトリのことを名前ではなく、『虚無の因子』と呼び続けていたことを。


 やつは有無を言わさぬ鋭い眼光で、一方的に宣言する。


「残念ながら、セツナ様を我が軍に迎え入れることは叶いませんでしたが……『虚無の因子』につきましては、我が軍で責任を持って預からせていただくとしましょう」

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