第56話 勇者勧誘

「早速ですが、勇者様のご意向をうかがってもよろしいですか?」


 テーブルにつくなり、ジャファルは単刀直入に切り出してきた。

 やつの目は茫洋としていて、なにを考えているのかまるでつかめない。じっと見ていると深淵をのぞいているような気分すらになってくる。

 その暗い瞳に呑まれないように注意しながら、俺はやつに答える。


「意向ってのは、これから俺がどうしたいか……ってことでいいんだよな?」

「ええ。こちらとしては、可能な限り勇者様のご希望通りの環境を整え、お支えしたいと考えています。もしお望みのものがあれば、なんなりとお申し付けください」

「……一応聞くが、代わりに俺はなにを要求されるんだ?」

「無論、創造神と破壊神を討滅することになります」


 …………やっぱそうなるか。

 俺が苦い顔になったのを、ジャファルは見逃さなかった。


「勇者召喚の儀の際に、詳しい説明をお聞きになりませんでしたか? 破壊神はもちろんのこと、今や魔物を生み続ける邪神と化した創造神を討滅することも、人類にとって重大な使命です」

「……いや、聞いちゃいるんだがな。それ、どうしてもやらなきゃいけないのか?」

「ご懸念はわかります。無論、今すぐに討滅に出よというお話ではありません。ウィスリア法国の勇者ナユタ・シロガネ様は魔物討伐などの治安維持活動にいそしみながらご成長されているそうですし、我が国の勇者リン・ハイバネ様は魔法道具を作成し続けながら天才的な錬金術の才能を伸ばしておられます。セツナ様にも、まずはそのようなご研鑽けんさんを積んで頂くことになるでしょう」


 言って、ジャファルは隣のイヴリスを見た。

 イヴリスは相変わらず好奇心に目を輝かせながら、俺のほうにぐっと身を乗り出して手を上げた。


「はいはぁ〜い! あたしが冒険者ギルドのヴェラード支部長、イヴリスお姉さんよん♪ やりたい仕事とか、組みたい仲間がいれば融通するから、なんでも言ってね?」

「……お、おう」


 お前、そんなキャラだったんかい。

 シュッとした美人だと思っていたが、想定以上のテンションの高さに思わず気圧けおされてしまう。

 だがそんなことなどお構いなしに、イヴリスは満面の笑顔で八重歯をのぞかせながらまくし立ててくる。


「セツナ様は、どんな子とパーティーを組みたいとかある? ちっちゃくて守ってあげたくなる系? おっとりしてて優しい感じ? 明るくて元気いっぱいな子? 無口なクールビューティー? ……えっ、あたし?? やだも〜! セツナ様ってば結構かわいい顔してるし、特別にパーティー組んであげようかな☆」

「…………ギルド長は特定のパーティーに所属できない決まりだが?」

「もぉ〜、ジャファルくんってば真面目なんだからぁ〜。相手が勇者様なら特例でしょ、特例ぃ〜」

「バカを言うな。有事の時、お前が自由に動けないでどうする」

「えぇ〜! そんなの、ジャファルくんがいれば十分じゃぁ〜ん……」

「これ以上、お前に面倒かけられてたまるか」


 イヴリスがぶーたれている横で、ジャファルは無表情のまま切り捨てる。

 ……よくわからんが、この領主、意外と苦労してるらしいな。なんとなく勝手に同情してしまう。


 ジャファルは咳払いしてから、話を本題に戻した。


「……それで。いかがでしょう、セツナ様。今後についてご要望はございますか?」

「そうだな。とりあえず、しばらくはこの都市まちを活動拠点にしたいと思ってるんだが……やっぱり、冒険者として活動したほうがいいのか?」

「そうですね。そのあたりはスキルセットによるかと思いますが……」


 言葉を濁しつつ、ジャファルはイヴリスに視線で続きを促す。


「そうだねぇ〜。セツナ様のスキルセットなら、冒険者ギルドの依頼をこなしながら成長していったほうがいいかなぁ〜。セツナ様的には、それだと困る感じ?」

「そういうわけじゃないが……他にどんな選択肢があるか、一応知っておきたいって感じだな」

「なるほど〜。でもセツナ様の場合、他の選択肢は難しいんじゃないかなぁ〜。セツナ様のスキルセットって、結構特殊じゃん? 悪用しようと思ったら、結構やりたい放題できちゃう系だし、闇営業とかされちゃうとあたしが責任問われて困っちゃうんだよね〜。ほら、あたし腐ってもギルドの支部長なわけだし?」

「……腐ってる自覚はあったんだな」

「ん? ジャファルくんなにか言った?」


 イヴリスの問いかけをガン無視して、ジャファルは俺に提案してくる。


「それなら、ヴェラード領守備軍の一員として訓練されるのはいかがでしょう? 信頼できる部下をつけさせていただきますし、不自由がないように手配させていただきます。守備軍に入っていただければ、時間がある時にわたしのほうで訓練をお手伝いできますし」

「ちょっとちょっと、ジャファルくん? 勇者様を自分の私兵に取り込もうだなんて、いくらなんでも大胆過ぎない? 冒険者ギルドとしては、ちょっと看過できないかな」

「セツナ様の話を聞いていなかったのか? わたしはただ、セツナ様のために他の可能性を提案させていただいただけだ」

「ん〜。そんな無理筋、可能性って言わないと思うけどなぁ〜」


 ジャファルとイヴリスが視線も合わせずにバチバチとやり合っている間、俺は頭の中で状況を整理する。


 確か、冒険者ギルドは大陸全土にまたがる組織とのことだった。

 ギルドとしては、勇者の力を一国の一領地のためだけに使われるのは、なんとしてでも阻止したいところなのだろう。

 言ってみれば、二人はギジェン帝国と冒険者ギルド、それぞれの代表として俺を懐柔しにきているわけだ。


 俺が考えをまとめている間にも、二人のつば迫り合いは続いている。


「実際問題、セツナ様に実戦経験を積んで頂く上で、武功ぶこう八傑はっけつたるわたしの手ほどきを受けていただくのは合理的と思うが?」

「そんなの、ギルドに所属してもらったらギルドから稽古つけてもらう申請を出しますぅ〜。それに、ギルドに所属したほうが他の八傑とも手合わせする機会も用意できるし、ずっとメリットあると思うけど?」

「有象無象の冒険者に混ざるより、多様な獣人種セリオンようするヴェラード領のほうが、日常的に質のいい訓練をできると思うが?」

「ジャファルくん、視野せまぁ〜い。獣人が一番強いとでも思ってるわけ? さっすが、八傑の序列八位のジャファルくんって感じ」

「……………………」


 この女、えげつない空気にしやがったな。

 ジャファルの無表情は変わっていないが、今にも殺し合いが始まりそうなほどの殺気が放射されている。

 そのくせ、イヴリスのほうにはまったく気にした様子がないあたり、最高にタチが悪い。

 さすがにこの空気のままでは困るので、 話に割って入ることにする。


「……そのへんは一旦保留にさせてもらってもいいか? それより確認したいことがあるんだが」

「はぁ〜い。なになに、セツナ様?」

「どっちにも所属しない、っことはできるのか?」

「ん〜。できるかどうかで言うと、はっきり言って無理かな〜。さっきも言ったけど、セツナ様のスキルセットで誰の管理下にもないのは危なすぎるし。それこそ、家督争いのために誰それを殺してくれ〜みたいな野良依頼がばんばん飛んできそうじゃん? うちとしても、領主としても、さすがにそれは見過ごせないっしょ?」

「……なら、仕方ないか」

「っていうか、報告を受けた時点でもう冒険者ギルドに登録しちゃってるからな〜。この都市の守備隊に所属したとしても、二重に籍を置くことになってめんどくさいだけだと思うよ?」


 イヴリスがぽろっと漏らした言葉に、俺もジャファルも思わず固まってしまった。


「…………待て、イヴリス。お前まさか、セツナ様のご意思の確認もなく、勝手にギルド所属への登録申請をしたのか?」

「え? なんかまずかった? だって、勇者様って世界全体を守る人なわけじゃん? だったら大陸全土でサポートできる組織がバックにつくべきでしょ。それに、先輩勇者のナユタ様もリン様も冒険者ギルドに所属してるし」

「だからといって、そんな横暴がまかり通るわけないだろう。セツナ様のサポートをすると言うなら、まず第一にセツナ様自身のご意思を尊重すべきだ」

「え〜? そんなこと言っても、結局冒険者ギルドに入ることになるんだから、面倒くさくない? 暗殺スキル持ちの勇者様なんて、ギルドにでも所属しないと、絶対国内外の利権争いとかに巻き込まれるだろうし。そんなのに巻き込まれるなんて不毛じゃん? ねぇ、セツナ様?」

「まぁ、確かにそれはそうなんだが……」


 お前の独断専行な行動のせいで、ギルドに入るのが一気に怖くなったわ。

 ……とツッコミたいのはやまやまだったが、なんとかぐっと堪える。


 実際問題、利権争いもそうだし、バルディアが魔物に滅ぼされたこともあって、一国の地位に固執するのが危険なのは間違いない。

 だからこそ、ギルドからも距離を置いて無所属でいるのが最善だったのだが……どうせ管理下に入るのなら、イヴリスくらいテキトーなやつの下のほうがいいのかもしれない。

 俺は熟考した結果、ジャファルに顔を向けた。


「……どうも、冒険者ギルドに所属するしかなさそうだな。提案してくれたのに悪い」

「いえ、お気になさらないでください」


 そう言ったものの、ジャファルの瞳の奥には落胆が宿ったように見えた。

 それで話が終わるかと思いきや、ジャファルは眼光を鋭くして話題を切り替えてくる。


「では――今度は、セツナ様の隠し事について、おうかがいしましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る