第55話 領主たちの来訪
体を揺すられる感覚で目が覚める。
重いまぶたを開けると、目の前にアトリの緊張した面持ちがあった。
「セツナ、疲れは取れましたか?」
「…………まぁなんとかな。それより、なにかあったのか?」
「はい。そろそろ領主とギルドの支部長が着くそうです」
アトリの言葉に、俺は思わず上体を跳ね起こした。
腹に抱きついていたクーファが寝ぼけた感じでぐずるが、気にせずアトリに確認する。
「間違いないのか?」
「ええ。先触れが来て、正式な書状を持っていることをラグナルさんが確認しました」
「……そうか」
面倒事は一気に片付けたいとは思っていたが、まさか領主とギルドの支部長が同時に来るとはな。
一応ギャングたちに防衛ラインを敷いてもらってるとはいえ、もし領主の側に敵意があったら、戦力的にとてもではないが相手にはならない。
穏便にことを済ませたいところだが、こればっかりは俺の努力だけではどうにもならんからな。
俺は立ち上がって身だしなみを整えつつ、アトリに言う。
「アトリ。領主が着いたら、使える限りの魔法を使って隠れてくれ。それと、ヤバそうだと思ったらこっちに構わず逃げてくれ。お前のことがバレるのが一番やばいからな」
「わかりました。セツナも気をつけて」
「善処する」
正直、相手の感じもわからないので気をつけようもないが……こればっかりは出たとこ勝負で行くしかない。
念のため
居間では、すでにラグナルがテーブルについていた。
さすがに昨夜のギャング戦ほどではないが、彼も軽く武装をしている。短槍は持たずに腰に剣を佩き、懐に短剣が隠してあるのが服の膨らみでわかる。
窓から差し込む夕日のせいもあって、妙に不気味な緊張感があった。
俺はラグナルの隣に座りつつ、確認すべきことを確認する。
「領主と支部長について、気をつけるべきこととかあるか?」
「そうですな。へつらう必要はございませんが、あまり攻撃的な態度は取らないほうがいいでしょう。勇者様とはいえ、相手もかなりの権力者です。敵意を持たれると、どんな手を回されるかわかりませんからな」
「……ビビらせること言ってくれるじゃねえか」
「まぁ過剰に臆する必要はありませんが、油断はしないほうがよいでしょう。相手はわたしなどよりも、戦力的にも政治的にも遥かに上手ですからな」
改めて言われると、とんでもない話だな。
俺からすると、ラグナル自体とんでもないジジイなのに、それより遥かに上とか……どうせなら、もっとレベルが上がるのを待ってから相手したい連中だった。
とはいえ、こういう状況になってしまったのだから仕方がない。
今更、自分の取った行動を後悔する気はない。今はただ、これ以上悪い方向に流れないように踏ん張るだけだ。
俺が深呼吸して気を落ち着けていると、玄関のドアがノックされた。
ドアが開くと、ラゴスが緊張した顔をのぞかせてくる。
「セツナ様、領主様と冒険者ギルドの支部長が到着したっす。お通ししてもいいっすか?」
「あぁ」
俺がうなずくと、ラゴスはドアを大きく開け放った。
開かれたドアの向こうから、二人の人物が室内に入ってくる。
一人は、褐色の肌をした精悍な青年だった。
漆黒の髪を背中まで伸ばし、頭頂からは
身長は一八〇後半くらいだろうか。上半身は両腕を除いて、体にぴたりと張り付くような布地で首まで覆われている。おそらく、致命傷を防ぐための魔法道具の一種なのだろう。
長身と無骨な体だけでなく、手に持った
そんな中、整った顔立ちだけが不気味なほど無表情で、波紋のない水面のような静けさを連想させた。
もう一人は、頭頂から二本の角を生やした女性だった。
燃えるような赤毛は肩で切り揃えられ、真紅の瞳は興味津々の様子でこちらに向けられている。
年齢は二十代後半くらいだろうか。ホットパンツに丈の短いキャミソールという下着同然の格好をしているが、一七〇センチ近いすらっとした長身もあって下品さはなく、芸術品のような迫力すら感じさせる。
絹のように白く滑らかな肌の中、唯一、右腕の肘から先が赤い
彼らがテーブルにつく前に、俺は反射的に二人を『鑑定』で
ジャファル・ヴェラード
種族:
クラス:戦士
状態:正常
レベル:65
魔力:286/286
スキル:
槍術(レベル:7)
棒術(レベル:6)
斧術(レベル:7)
体術(レベル:6)
剛力(レベル:6)
俊敏(レベル:7)
嗅覚強化(レベル:9)
イヴリス
種族:
クラス:魔法使い
状態:正常
レベル:52
魔力:412/489
スキル:
体術(レベル:5)
俊敏(レベル:4)
火魔法(レベル:7)
火竜の加護(レベル:9)
隠密(レベル:5)
魔力感知(レベル:6)
鑑定(レベル:7)
…………予想していた通りだが、どっちもとんでもない化け物だな。
当然だが、男のほうが領主ジャファル・ヴェラード、女のほうがギルドの支部長イヴリスだろう。
イヴリスについてる『火竜の加護』は、火属性の『魔法強化・強』と『魔法耐性:強』がついているため、魔法戦ではアトリでも歯が立たないかもしれない。
その上、高レベルの斥候系スキルも持ち合わせてるから、タチが悪いな。
隣のラグナルが椅子から立ち上がるのに合わせて、俺も反射的に椅子から腰を上げた。
「ジャファル様、イヴリス様、ご無沙汰しております。
「勇者セツナだ。忙しいだろうに、わざわざ足を運んでもらってすまない」
ラグナルに促されるまま、俺は簡単に挨拶する。
へりくだらず堂々と、かといって人間味がないわけでもない……という微妙なラインを狙ってみたが、うまく行ったかどうかは微妙なところだな。
ジャファルはちらりとイヴリスのほうを見やる。
おそらく、イヴリスが『鑑定』で俺をどう見たのか、確認しようとしたのだろう。
イヴリスが好奇心旺盛な目で俺をじろじろ眺め回しているのを見てから、ジャファルは俺たちに視線を戻し、
「お初にお目にかかります。そして、ようこそ城塞都市ヴェラードへ――勇者セツナ様」
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