第54話 小休止

「…………クッソ疲れた」


 会議を終えてラゴスを帰してから、俺は客室に戻ってきた。

 室内ではアトリとミーシャ、クーファがベッドに座って雑談していたようだった。クーファはすっかりアトリに懐いているのか、アトリの膝の上で丸くなってやがる。

 念のため、アトリのステータスを『鑑定』で確認する。


     アトリーシア・エル・ディード・バルディア

     種族:ハーフエルフ

     クラス:賢者

     状態:正常

     レベル:21

     魔力:357/1550

     スキル:

      全属性魔法(レベル:4)

      虚無の因子(レベル:9)


 昨夜の戦闘で消費した魔力もすっかり回復しているし、問題なさそうだ。

 何気にレベルが上がっているが、スキルのレベルの変化がなかったのが残念といえば残念か。


 アトリは立ち上がって俺を出迎えようとしたが、クーファが膝にいるのを思い出し、座ったまま俺を迎える。


「お疲れさまです、セツナ。会議は大丈夫でしたか?」

「まぁ、決めるべきことは決まったな。それより、ラゴスの野郎めちゃくちゃ面倒臭いな……」

「協力的じゃなかったんですか?」

「いや、協力的過ぎてうっとうしいというか……」

「? どういうことです?」


 俺が会議室でのラゴスの様子を伝えると、三人とも苦笑したようだった。


「セツナさんの常識とは違うかもだけど、普通は勇者様を前にしたらそうなるって」

「ん。セツナ兄は勇者様として自覚が足りない。もっと威張ってもいい」

「努力して手に入れた肩書きでもないのに、笠に着るなんてクソすぎるだろ」

「……セツナ。貴族や王族の前では、そういうことは言わないでくださいね」

「いや、お前も王族だろうが」

「そうなんですけど……その言い方だと、世襲制で権力を手にした人全般をおとしめてるように聞こえてしまいますよ?」


 アトリが困ったようにたしなめてくる。

 王政や帝政が一般的なこの世界で、「努力して手にしてない肩書きで威張るなんてクソ」などと言ったら、王族や貴族批判のように捉えられてしまうか。

 勇者の身分を笠に着る気はないが、そういう発言には気をつけないとな。


「悪い。確かに軽率だったな。これからそういう連中と関わる機会が増えちまうだろうし、気をつけるようにする」

「そうしてください。そういう状況の場合、きっとわたしはフォローできませんから」


 言って、アトリは寂しげに笑った。


 確かに、貴族や王族の前にアトリを連れて行くのはかなり危険だ。

 ハーフエルフというだけで素性がバレる危険があるというのに、下手をしたら幽閉される前のアトリと面識のある貴族や王族がいるかもしれない。

 アトリの素性がバレてしまったら、逃走準備も整っていないのにこの街から逃げ出す必要が出てくる。

 さすがにそれは御免こうむりたいところだ。


 俺は自分のベッドに腰かけると、ぐったりと脱力する。

 昨日は朝からバトったり、ギャングの襲撃に備えて一日気を張っていたり、夜にはギャングと戦ってあばらを折られたりでバタバタだった。

 ギャングへの警戒もあって夜もよく眠れなかったし、今朝は今朝でラゴスへの対応とかもあったので、だいぶ疲れがたまっている。


 俺の疲労を察したのか、アトリが心配そうに提案してくる。


「セツナのことがギルドに伝わるまで時間がありそうですし、今のうちに休んでおいたほうがいいかもしれませんね」

「……言えてるな」


 こんな疲れ切った状態で、ギルドの支部長やら領主やらと対峙したくはない。

 冒険者ギルドの支部長がどんなやつかは知らんが、この都市の領主はかなりの実力者らしいからな。

 ギャングどもを軽々とあしらったラグナルでさえ、勝負にならないと思わせるような相手だ。

 敵に回すような真似は絶対にしたくないが……どうも、俺はそういう『強者』と致命的に相性が悪いからな。

 念のため、戦える状態でのぞむに越したことはない。


「お言葉に甘えて、少し寝るわ。なにかあったら起こしてくれ」


 ベッドに横になって布団をかぶると、目をつむる。

 そのまましばらく睡魔の到来を待っていると、なにかが布団をもぞもぞとかき分け、腹のあたりにぴたりと寄り添ってきた。


「…………」


 無言で布団を持ち上げると、クーファが腹に抱きついていた。

 やつは眠そうな目でこちらを見上げ、不思議そうに首を傾げてくる。


「セツナ兄、寝ないの?」

「……お前はそこでなにしてんだ?」

「ん。クーファが抱き枕になって、セツナ兄を寝やすくする。アトリ姉と違って胸はないけど、抱き心地は悪くないはず」


 なぜか自信ありげに息巻いてやがる。

 と、こちらのやり取りに気づいたミーシャが助け舟を出してくれた。


「ちょっと、クーファ! バカやって、セツナさんを邪魔するんじゃないの!」

「失礼な。クーファは真剣」

「思いっきり邪魔してるでしょうがっ!」


 ミーシャがクーファを引き剥がそうとするが、クーファは俺の腰に腕を回して離さない。


「クーファは三回、セツナ兄に助けられた。三回も命を助けられたのに、なにもしないのは気が引ける。ここはひとつ、ベッドで恩を返すしかない」

「べ、ベッドでって……っ!? ああああ、あんた、なに変なことを……っ!!」

「ん。ミーシャ姉はやっぱりむっつり。クーファはそこまで言ってない」

「なっ…………!!」

「だいたい、ミーシャ姉もセツナ兄にお礼するべき。セツナ兄がいなければ、今頃ギャングたちになにされてたか」

「…………!!」


 ……どうやら、助け舟は泥舟だったようだ。

 クーファの口撃にKOケーオーされたらしく、ミーシャが顔を真っ赤にして固まってしまっている。

 俺は眠気でぼんやりしたまま、アトリに助けを求めることにした。


「……アトリ、こいつをなんとかしてくれ」

「邪魔にならないならいいんじゃないですか? 皆さんと親睦を深めるのも大事ですよ?」

「いや、普通に邪魔なんだが……」

「眠ってしまえば関係ありません。それとも、わたしが眠らせてあげましょうか?」


 ニコニコと笑顔を浮かべ、立てた人差し指をくるくると回す。


「…………念のため聞くが、抱き枕で?」

「いいえ、睡眠魔法ですが?」


 笑顔のまま、ばっさりと切り捨てられる。

 それ自体は別にいいのだが……なんとなく、彼女の貼り付いたような笑顔が妙に気になった。

 アトリの様子は嫉妬を押し隠してるのとは違うようだし、かと言って心から笑ってるようにも見えない。

 なぜかはわからないが……森を抜けてから時折見せる、どこか寂しげな笑顔に似ている気がした。


 だが、それを確かめる余力もなく――襲いかかる睡魔にあらがえず、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。

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