第53話 二種族会議
「早速だが、話を始めていいか?」
ラグナルとラゴスがテーブルについてから、俺は話を切り出した。
普段ラグナルの定位置である最奥の席に俺が座り、対面するラグナルとラゴスの間を取り持つ形だ。
ミーシャとクーファ、アトリについては同席させると色々厄介なので、客室のほうで待機してもらっている。
勇者の威光でラゴスもすっかり縮こまっているので、そこまで警戒する必要はないのかも知れないが、念には念を入れておくべきだ。
二人から異論が上がらないのを確認してから、ラグナルに視線を向ける。
「まず、冒険者ギルドがどう動いてくるかの予測は立つか?」
「そうですな。セツナ殿が冒険者ギルドに登録されるのは間違いないでしょう。政治に巻き込まれたくないという意向も伝わるでしょうが、実際問題として貴族や領主様、他種族の長やギルドの支部長からの接触はあるでしょうな」
「……だろうな」
「セツナ殿は、そういった方々と親交を深めるおつもりはないのですか?」
「あるわけないだろ。利益のためにすり寄ってくるやつらなんて信用できないしな」
無論アトリのこともあるのだが、ラゴスがいるのでここでは黙っておく。
「他になにか動きはあるか?」
「遠くない内に、勇者様の噂は都市内に流れるでしょうな。いずれは都市外からも来客があるでしょうが……貴族たちも探り探りになるでしょうし、初動としてはそんなものでしょう。セツナ殿の対応次第で、あちらの動きも変わっては来るでしょうが」
「変に気を持たせると、よりアプローチが過激になるってことか」
「そういうことですな」
ラグナルの助言を受け止めつつ、次の話題に移るためにラゴスを見やる。
「ギャングのほうはお前のほうでコントロールできるか?」
「はい! 勇者様の命とあれば!」
「じゃあ、ギャングを取りまとめてこの家の周辺に防衛ラインを敷いてくれ。これから俺の噂が広がって、面倒なやつがやってくる可能性もあるからな」
「わかりました! 一命を賭してやり遂げてみせます!」
ラゴスが立ち上がらんばかりの勢いで答えてくるのに、俺は思わず引いてしまう。
「……お前、もうちょっと普通にならんのか? さっきまでもっと雑な感じだっただろうが」
「あ、あれは勇者様だと確信を持てていなかったからなので、さすがにもうあの時のような無礼な真似は……」
「今みたいになるんだったら、あっちのほうがマシだわ。どうしても敬語使っていうなら、もっとちょうどよくやってくれ。あと、勇者様って呼ぶな」
「…………りょ、了解っす」
まだ固いが、まぁこんなもんか。
ガチガチのラゴスは置いといて、再びラグナルに視線を戻す。
「ギャングをまとめられた場合、戦力としてはどんなもんなんだ?」
「兎耳種のギャングは、多く見積もっても昨日の四、五倍ほどでしょう。猫目種のギャングも規模的には大差ないでしょう。ギャング以外の穏健派も数はいますが、戦力として数えられるものはギャングとあまり変わらないはずです」
「他の種族もそんなもんなのか?」
「いえ、他の
獣人種内の差別意識、思った以上に厄介な影響が出てやがるな。
「……ちなみに、お前の実力ってこの街だとどのくらいに位置するんだ?」
「難しい質問ですが……他の獣人種でも、並の冒険者であれば負ける気はしませんな。しかし族長クラスが相手では、手傷を負わせるのがせいぜいでしょう」
「領主相手なら?」
「おそらく、勝負にもならないでしょうな」
「……マジかよ」
ラグナルですらその感じだと、他種族と全面抗争になった場合、兎耳種と猫目種に勝ち目はまったくなさそうだな。
やはり路線としては、融和路線で行くほうが無難だろう。他の獣人種を上から押さえつけて反乱でも起こされたら、やられるのはこっちのほうだ。
だからと言って、弱者を平気で踏みつけにしてきた連中の元に行く気はないし、そんなやつらを信用できるわけがない。
この居住区に留まるのは俺的に決定事項なのだが、力押しで来られると対応できないな。
それに……過去に、この居住区が魔物に襲われたことがあるっていうのも問題だ。
万が一また魔物の襲撃を受けて、アトリを狙われるとシャレにならない。この居住区は戦力的に他種族より大きく劣ってるようだし、なんらかの防衛策は講じておきたいところだ。
「うまく他の勢力を抱き込んで、種族ごとここから移動するか、近辺の守備を固めてもらう方向に持ってかないとな」
「そうなるとよいですが……その場合、セツナ殿には何度か交渉の場に出ていただくことになります」
「まぁ、正直面倒だが……優先順位の問題だな」
俺にとっては、アトリの身の安全こそが最優先事項だ。
「具体的には、領主と話をつけるのが一番手っ取り早いのか?」
「そうですね。領主のジャファル・ヴェラード様は
「なら、領主との接見は重要だな。こっちから先に接触したほうがいいか?」
「いえ、いずれ領主様のほうからお越しになるでしょう。下手にこちらから動きを起こすと、
「そういうもんか」
この世界の常識や文化はよくわからんからな。ここは素直に、ラグナルの助言に従っておこう。
と――唐突に、ラゴスのやつが椅子から立ち上がった。
「セツナ様……俺、感激っす! そんなに真剣に、兎耳種と猫目種のことを考えてくれるなんて……!」
「なんだよ。急に暑苦しいな」
「だって、俺のせいであばらまで折ってるのに、こんなに親身になってくれて……!」
「別にお前のためでもねえし、お前らの種族のためってわけでもねえよ。俺の主義に反するっていうのと、そういう事情の問題があるってだけだ」
まだアトリのことを話せるほどラゴスを信用してないので、曖昧にぼかしつつ答える。
ラゴスは勝手にいいほうに解釈したらしく、金色の瞳をうるませる。
「さすが勇者様! これほどの慈悲深さを恩に着せないなんて、本当に素晴らしいお方っす……っ!」
「だから勇者と呼ぶなって…………いや、もうどうでもいいわ」
勇者だと証明できたのはよかったんだが、こいつのキャラ変はマジでうざいな。
まぁ今までギャングのトップだったから過剰に気を張ってたので、こっちが素なのかも知れないが……二回もガチで戦った身としては、あの頃の刺々しさが懐かしく思えてくるわ。
感激しているラゴスを放置して、俺はラグナルに耳打ちする。
「この国、確かもうひとり勇者がいるって話だったよな? そいつに対してもこんな感じなのか?」
「いえ。そもそもリン・ハイバネ様は帝都にお住まいになっていて、ヴェラードに足を踏み入れたこともないですからな。我々の感覚としては、皇帝が直々にいらして種族全体としてご寵愛を賜った、という感覚に近いかと」
「…………その割りに、お前は平然としてるじゃねえか」
「お望みなら、わたしも
言って、ラグナルはいまだに感激にむせび泣いているラゴスを指差す。
こんなやつが二人もいたら、さすがに手に負えないし会議にもならねえ。
「……………………いや、そのままでいいわ」
俺は盛大に嘆息して答えるしかなかった。
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