第52話 勇者証明

 翌朝、ラゴスはギャングどもを引き連れてやってきた。

 昨晩と同じように布陣するギャングどもと向き合う形で、俺とラグナルが母屋の外に出る。

 ギルドの鑑定員の前にアトリを連れ出すわけにはいかないので、アトリは母屋の中に待機させている。ミーシャとクーファはその護衛に当てていた。

 昨日と比べると戦力減は大きかったが、折れたあばらはアトリに治してもらったし、ギャングどももかなり怯えた様子なので、最悪戦闘になっても太刀打ちはできるだろう。


 ラゴスはギャングどもから離れ、片眼鏡モノクルをつけた若い男を連れながら、緊張した顔で近づいてくる。

 おそらく、この片眼鏡の男がギルドの鑑定員なのだろう。

 シャツにベスト、スラックスというかっちりとした格好は、ギャングたちの中では明らかに浮いている。

 後ろにギャングが控えてる状況もあってか、顔がかなり青ざめていた。


 俺たちの目の前で足を止めると、ラゴスは鑑定員の背中を押して前に押し出した。


「ギルドの鑑定員を連れてきたぞ。もし、てめえらが嘘をついてやがったら……その時は、わかってんだろうな?」

「お前こそ、鑑定結果が出たらセツナ殿への言動を改めるのだぞ」


 ラグナルたちがバチバチと火花を散らし合うのに、鑑定員は一層緊張したようだった。

 震える手で片眼鏡を直しつつ、鑑定員はおどおどした視線を俺に向けてくる。


「ど、どうも。冒険者ギルドの鑑定員をやらせてもらっている、エリオットです。あなたが勇者様、でよろしいでしょうか……?」

「あぁ。悪いな、わざわざ来てもらって」

「い、いえ。本当に勇者様でしたら、国を挙げて歓迎するのが当然ですから」


 エリオットは咳払いしてから、真剣な顔でこちらを見上げてくる。


「……それでは、早速勇者様の『鑑定』をさせていただきます」

「頼む」


 俺がうなずくと、彼は片眼鏡に魔力を込めた。

 片眼鏡の表面に鑑定結果が浮かび上がるのを、俺たちは静かに見守る。


     セツナ・クロサキ

     種族:ヒューマン

     クラス:勇者(タイプ:暗殺者)

     状態:正常

     レベル:15

     魔力:174/230

     スキル:

      鑑定(レベル:9)

      超暗殺術(レベル:3)

      隠密(レベル:3)

      魔力感知(レベル:3)

      俊敏(レベル:3)

      闇魔法(レベル:2)

      言語理解(レベル:9)

      短剣術(レベル:1)

      剣術(レベル:1)


 ラゴスとの二度の交戦が効いたのか、レベルが3上がってるな。

 スキルも色々変化しているので、あとできっちり検証しておきたいところだ。

 なにはともあれ――これで、俺が勇者であることは証明できた、かな。


 ラゴスとエリオットは、驚きで目を丸くしたまま完全に固まってしまっている。

 ラグナルは俺のスキルセットを見て、答え合わせに正解したようにほくそ笑んでいる。俺が勇者だということに一点の疑いもなかったのか、驚いた様子を微塵も見せなかった。


 完全に硬直してしまったラゴスとエリオットに、俺は軽く肩をすくめてみせる。


「で、これからどうなるんだ?」


 俺の言葉で硬直が解けたのか、ラゴスはその場にひざまずいた。


「……数々のご無礼、誠に申し訳ございません。しかし、この責はわたしひとりのもの。他の兎耳種ラビリスや仲間たちに罪はございません。どうか、わたしの首だけでご容赦ください」


 言って、ラゴスは腰の剣に震える手を添えた。

 顔面はほとんど蒼白になっており、額からは脂汗まで滲んできている。

 放っておいてたら、今にも自分の首を切り落とさんばかりの勢いだ。


 ラグナルは俺に判断を委ねているのか、なにも口出ししてこない。おそらく、俺がラゴスを殺さないと確信してるのだろう。

 見透かされてるのはしゃくにさわるが、やむをえまい。


「頭を上げろ。別に兎耳種やギャングを責める気はないし、お前に死んでもらう気もねえよ」

「でも、それじゃ示しが……っ!」

「んなもんどうでもいいんだよ。それより、もう猫目種キャトラスと潰し合おうなんて考えるんじゃねえぞ」

「無論ですっ!」


 意外なほど素直な答えが返ってくる。やはりこいつ、根は悪いやつじゃないんだろうな。

 ギャングを組織して暴れ回っていたのも、それだけ兎耳種が虐げられていて、状況を改善することに使命感を燃やしていたからなのだろう。


 とりあえずラゴスは置いておくとして、俺は鑑定員のほうに向き直った。


「なあ。この鑑定結果はギルドに報告するのか?」

「えっ!? そ、それはもちろん、そうなりますが……」

「それ、黙っててもらうわけにはいかないか?」


 俺が言うと、鑑定員は再び顔を真っ青にした。


「そ、それは無理ですよ! 勇者様の存在を隠蔽するなんて、ギルドに対する背信行為とみなされてしまいます!」

「勇者本人の頼みでも、か?」

「勇者様ご本人の言葉でも、上の者に報告するのがわたしの義務です! より上の者に伝えたほうが、勇者様をよりよい環境にお迎えできますし、それが世界のためになりますから。独断で勇者様をかくまえば、勇者様の力を独占しようとしていると誤解されかねません! そうなれば、わたしは大陸中で手配されることになります!」

「……冒険者ギルドって、そんなにでかい組織なのか?」


 暗に「勇者と比べても」というニュアンスで尋ねてみるが、彼はほとんど悩まずに返答してくる。


「冒険者ギルドは、国家をまたぐ組織です。ギルドに背信したら、ギジェン帝国どころか大陸全土で罪を問われることになります。仮に勇者様から赦免しゃめんの言葉をいただけたとしても、勇者様の隠蔽を許せば示しがつかなくなりますから……」


 …………要するに、俺のわがままを通すには、誰かを犠牲にしなきゃならないってわけか。

 こんな怯えきったやつを犠牲にして我を通すのは、さすがに抵抗あるな。

 アトリを守るためには、あらゆることに万全を期したいところだが……ひとまずアトリの素性がバレるまでは、こいつらの流儀に従うことにするか。

 当然、連中に気付かれないように緊急用の逃走準備は進めておくが。


「……わかった。俺のことは報告してくれていい。でも、あまり大事おおごとにしないでくれ。俺は好き好んでここにいるし、面倒な政治に巻き込まれたくはないんだ」


 鑑定員にうなずくのを確認してから、俺はラグナルとラゴスに視線を向ける。


「お前らは一旦中に入れ。これからのことを打ち合わせたい」

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