第48話 ギャング対策会議

 ラゴスとの悶着のあと、俺たちはすぐにラグナルの家まで戻ってきた。

 ミーシャから一通りの説明を聞くと、ラグナルはテーブルについたまま申し訳なさそうに俺に頭を下げてきた。


「セツナ殿、アトリ殿、連日ご迷惑をおかけしてあいすみません。若い者は、どうにも血気にはやる傾向があるようで……」

「御託はいい。それより、あいつは一体なんなんだ?」


 単刀直入に切り込むと、ラグナルは悩ましげにあごひげをかき混ぜた。


「……お恥ずかしい限りですが、ここ兎耳種ラビリス猫目種キャトラスの居住区も一枚岩ではございません。わたしを首長とした穏健派とは別に、兎耳種と猫目種の共生を望まない過激派がおりまして、時折こうして揉め事を起こすことがあるのです」

「過激派? なんなんだそりゃ」

「簡単に言うと、ギャングのようなものですな。兎耳種と猫目種の間で優劣を決めて、最下層の種族を決めて、他の獣人種セリオンのヘイトをそちらに集めようという考えのようです」

「…………クソみたいな話だな」


 自分を守るために、強いやつと戦うんじゃなく、より弱い立場の人間を作ってそいつを差し出そうってわけか。

 正直に言って、反吐が出る考え方だ。


「一応聞くが、そいつらの理屈、本当に通用する芽はあるのか?」

「他の獣人種のヘイトを片方に押しつけられるか、ですかな? まぁ、まったくのゼロではないでしょうが……彼らの差別意識の根底にあるのは、『兎耳種と猫目種は尊重する価値がない』という意識ですからな。種族全体に替えの効かない強みがない限り、なにも状況は変わらないでしょうな」


 ラグナルの考察に、アトリは思案げにあごに指を当てた。


「替えの効かない強み、ですか……逆に言うと、他の獣人種にはそれがあるんですね?」

「はい。例えば狼牙種ウルファンなら鋭い嗅覚が、馬蹄種ホルゼスなら他の獣人種をしのぐ素早さが、熊爪種ベアリス角牛種ブルズなら比類なき腕力があり、冒険者パーティを組む際にも替えの効かない存在となっています」

「確かに、お前らにそこまで明確な強みはなさそうだな」

「……セツナ、失礼ですよ」


 アトリが肘で小突きつつたしなめてくるが、ラグナルは朗らかに笑っていた。


「いえ、セツナ殿のおっしゃる通りです。経験を積んで自分の限界を知れば、おのずとそれがわかるようになるのですが……若い者には、なかなかそこまで自分を客観視するのは難しいのでしょう」

「やっぱ、ギャングの連中は若い連中ばっかりなのか?」

「九割方がそうですね」


 ラグナルは嘆かわしげにため息をついてから、続ける。


「実際のところ、兎耳種と猫目種が抗争状態に陥れば、両者に甚大な被害をもたらすことになるでしょう。仮に決着がついたとしても、勝者も満身創痍になっているはずです。その状態で他の獣人種にすり寄ったとしても、せいぜい駒か肉の盾として利用されるのがオチでしょう」

「……さらっとえぐいこと言うな」

「残念ながら、これが現実ですからな」


 言いながら、ラグナルはまた朗らかに笑い飛ばしやがった。

 肝が据わっているというか、本当になにを考えてるのかわからんジジイだな……ギャングどもがこいつを信用できない気持ちも、正直ちょっとわかるわ。


 俺は胸中で嘆息をつきながら、話を戻した。


「で、これからギャングどもはなにをしてくると思う?」

「そうですな……まず間違いないのは、この家への襲撃でしょう」


 ラグナルがさらっと答えるのに、俺は頭を抱えた。


「…………一番聞きたくなかった答えだな」

「わたしとしても残念ですが、まずこれは避けられないでしょう」

「お前ら穏健派なんだろ? 話し合いで解決できないのかよ」

「プライドを傷つけられて頭に血がのぼったラゴスが、簡単に話し合いに応じるとは思えません。わたしの首を差し出せば可能でしょうが……そうなった場合、結局は兎耳種と猫目種の抗争が始まってしまうので無意味ですな」


 ……どうあっても、戦いは避けられないってことか。

 これ以上厄介事に巻き込まれたくはないんだが、弱者を踏みにじることで自分を守ろうなんて考えのやつを、黙って見過ごすのも我慢ならない。


「襲撃されたとして、勝算はあるのか?」

「ギャングには三〇人近い戦闘要員がいます。こちらの戦力はわたし、ミーシャ、クーファの三人だけとすると、まず勝ち目はないでしょうな」

「他の住民に助けを求められないのか?」

「可能ではありますが、それで穏健派の誰かに犠牲者が出れば、全面抗争は避けられません。それならまだ、わたしの首を差し出してギャング同士だけで潰し合わせるほうがマシでしょう」

「……襲撃される前に逃げ出すって手は?」

「わたしが姿をくらませば、次の族長を選出する必要が出てきます。穏健派とギャングで族長の座を奪い合うことになれば、結局全面抗争と同じことになるでしょう」

「…………八方塞がりじゃねえか」


 隣に座ったアトリを見るが、アトリはなにを言うでもなく静かに俺を見返していた。

 俺がなにを言うかをわかった上で、自分の口からそれを言わせようとしているのだろう。

 たぶんだが、『虚無の因子』である自分より、勇者の俺に主導権を握らせたほうが、ラグナルたちを味方につけやすいと思ってるんだろうな。


 正直、この件にアトリを巻き込むのは抵抗があるのだが……さすがにここまで大事になると、そんな事も言ってられないか。

 それに、アトリもこの状況で自分一人なにもしないでいるなんて、耐えられないだろう。


 俺は軽く咳払いしてから、ラグナルに話を切り出した。


「……もし俺たちが加勢するって言ったら、状況は変わるのか?」

「ありがたい申し出ですが、さすがにセツナ殿とアトリ殿を巻き込むわけには……」

「巻き込まれたんじゃねえ。元々、俺が買ったケンカだ」


 第一、ここで尻尾を巻いて逃げたんじゃ、俺もラゴスたちと同じになる。

 より弱い弱者を生贄に差し出して、自分だけ助かろうとする連中の同類に。

 たとえ命をかけることになったとしても、そんなのは御免だった。


「ラゴスの一番の狙いはあんただと思うが、あいつは俺のことも叩きのめしたいはずだ。ラゴスが族長になったら、次に狙われるのは俺だ。そうなると俺が困るんだよ」

「では、本当にご助力いただけるのですか?」

「そう言ってんだろ。俺とアトリの力があれば、もう少しマシな結果になるのか?」


 ラグナルはしばし黙考してから、考えを語り出す。


「……そうですね。お二人の助力をいただけるなら、勝てる公算は高そうです。特にアトリ殿の魔法を有効に活用できれば、ギャングを制圧するのは容易でしょう」

「アトリの護衛には俺か、ミーシャとクーファの二人をつける。それでいいか?」

「無論です。それと、今日は離れではなく、母屋の客室を使っていただきましょう。ギャングの襲撃はいつくるかわかりません。離れで孤立してしまうと危険ですからな」

「そのほうがよさそうだな」


 俺がうなずくと、ラグナルはミーシャたちに客室の準備を命じる。

 二人が部屋を出ていくのを待ってから、ラグナルは続けた。


「……念のためお伝えしておきますが、お二人は危なくなったらすぐ逃げてください。こんな争いで勇者様と王女殿下を死なせたとあっては、種族にとどまらず国家にとって大きな恥です」

「逃げる気はねえよ。一応、やばくなった時の切り札もあるしな」

「切り札、ですか?」

「あぁ。要は、争う理由をなくせばいいんだろ?」

「…………?」


 ラグナルはぴんと来てなさそうな顔をしているが、アトリは納得げにうなずいていた。

 アトリのやつ、マジで俺の考えを完全に読んでやがるな……とんでもない頭の回転の速さだ。


「それは後で説明する。それより、戦術についてもっと詰めたいんだが……」


 俺はラグナルに曖昧にごまかしてから、三人で戦術を詰め始めた。

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