第45話 トレーニング・ウィズ・クーファ

 翌朝、ミーシャとクーファに連れられて、俺たちは居住区の片隅の廃墟に来ていた。


 だいたい朝の五時くらいだろうか。まだ夜が明けたばかりで、廃墟への移動時に誰かとすれ違うこともなかった。

 念のため全員フードをかぶって変装はしているが、人がいないに越したことはない。


 元々兵士の詰め所だったらしく、廃墟は石造りの堅牢な造りになっていた。

 魔物の襲撃かなにかで破損したのか、天井は吹き飛ばされており、壁もところどころ穴が空いている。

 訓練場と思しき広い部屋には、床や壁に無数の傷が刻まれていた。おそらく、現在も訓練に使われているのだろう。


 その部屋の中央に立って、クーファが小太刀ほどの長さの木剣を二本投げてきた。

 それを空中でキャッチすると、俺はクーファの正面に立つ。


「まずは俺とお前が打ち合うってことでいいか?」

「クーファはオッケー」


 答えつつ、クーファはミーシャのほうを見やった。

 ミーシャは弓を小脇に抱えたまま、こちらが動きやすいように距離を取った。


「あたしはアトリさんとウォーミングアップがてら走ろうかな。アトリさんもそれでいい?」

「はい。わたしはとにかく、体力をつけないとなので……」

「じゃあ、とりあえずこの部屋を20周ね」

「20周!? 2周の間違いじゃ……」

「2周って……クールダウンでももっと走るってば」


 ミーシャに尻を叩かれながら、アトリが周回を始める。

 走り慣れていて機敏な感じのミーシャとは裏腹に、アトリは走り始めて早々にへろへろな感じになっている。

 …………つらいだろうが、アトリには体力をつけてもらわないと移動もままならないからな。ここは頑張ってもらうとしよう。


 俺はクーファに視線を戻すと、腰を落として木剣を構えた。

 クーファは木剣を構えながら、ボクサーのようなステップを踏む。兎耳のせいで、迫力というより兎そのもののような牧歌的な雰囲気になって迫力がないのが難点だ。


「セツナ兄、こっちも始める。まずは軽めから」

「おう」


 応じると同時に、クーファが距離を詰めてきた。

 緩い横薙ぎを木剣で受け止め、続く突きを受け流す。

 カンカンと気が打ち合う音が小気味よく響き、打ち合うごとにだんだんと体が温まり、集中力が増してくる。

 10分ほど打ち合ったあと、クーファがバックステップで間合いを取った。


「ん。温まってきた。そろそろ本気出す」

「あぁ、わかっ――」


 俺が答え終える前に。


 クーファが弾丸のような速度で疾駆する。

『俊敏』の力で一瞬で間合いを詰め、俺の脇腹に向かって木剣を突き出す。


「――っ!」


 慌てて木剣を弾くが、クーファは通り抜けざまにもう一本の木剣で足元を狙ってくる。

 木剣を弾く際に足を踏ん張ったせいでとっさに避けられず、木剣で太ももを切りつけられる。実戦なら移動を阻害され、動脈も傷つけられかねない一撃だ。

 だが、俺も黙ってやられたわけではない。

 通り抜けようとしたクーファの背中に向けて、俺は『狙撃』で木剣を投擲とうてきしていた。

 木剣は正確にクーファの背中に当たり、クーファは足を止めて振り返った。


「……負けた。不意を打てたと思ったのに」

「いや、相打ちだろ。俺も足切られてるからな」

「即死じゃなければ、セツナ兄はアトリ姉に回復してもらえる。背中から心臓を刺されたら無理」


 クーファは冷静に分析しつつ、木剣を投げ返してくる。


「次は正攻法で行く」


 宣言してから、クーファはまたステップを踏み始める。

 その後も何度かクーファと打ち合ったが、大体似たようなパターンですべて俺が勝った。

 さすがに釈然とせず、俺はクーファに尋ねる。


「……お前、手加減してるのか?」

「? そんなわけない。なんで?」

「お前、全然急所を狙ってこないじゃねえか」


 首や心臓を示しながら言うと、クーファはすねたように唇を尖らせた。


「セツナ兄、身長差を考えて。クーファの背じゃ上のほうは狙いにくいし、急所は普通にガードが固い。刻んでダメージを与えて、ガードを外していくしかない」

「なら、もっとスピードを活かしたほうがいいな」

「これ以上?」

「お前の攻撃、接近は早いが離れるのが遅いんだよ。武器を二つ持ってるからって、二回攻撃する必要があるわけじゃないんだ」

「一回切ってすぐ離れるってこと? 移動が多すぎて体力がなくなる」

「毎回そうする必要もないだろ。ヒットアンドアウェイで一回切るのを繰り返してから、いきなり連撃に変えたり。俺みたいにナイフを投げたっていいし、体術を使ったっていいんだ。とにかくリズムを変えないと、相手の隙は作れない」


 俺の論に、クーファは驚いたように目を丸くした。


「……なるほど。さすがセツナ兄、戦い慣れてる」

「正確には、殴られ慣れてる、だけどな」

「? どういうこと?」

「気にすんな」


 …………まさか、クソ親父や不良どもから殴られ続けたことが、ガードの崩し方に活きるなんて俺もびっくりだわ。

 ともあれ、クーファはやる気が増したようだった。


「早速試してみたい。もう一本いい?」

「おう」


 俺は木剣を構え直し、挑んでくるクーファを迎え撃った。

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