第46話 トレーニング・ウィズ・ミーシャ

 クーファともう十本ほど訓練をしたあと、俺たちは一度休憩を挟むことにした。


 助言をしたあとの模擬戦では、クーファの勝率は三割ほどになった。

 駆け引きではまだ俺のほうに分があるが、単純なスピード勝負、体力勝負に持ち込まれるとクーファの方に分がある。

 さすがに模擬戦で『毒物生成』や『闇魔法』を使う気はないので、スキルに制約がある中でここまで勝ててるなら上出来だろうか。


 クーファは地べたに腰を下ろし、荒い呼吸をしながら汗をぬぐっている。


「……むぅ。やっぱり駆け引きでは勝てない。でも、勝てるようになったのは大きな前進」

「お前のほうがセンスありそうだから、あっという間に追い抜かれそうだけどな」

「本気出してないくせに、よく言う」


 ……そういや、こいつには『毒物生成』が気づかれてるっぽいんだよな。

 まぁわざわざ手の内を明かすつもりもないので、適当に肩をすくめてごまかしておく。


 それから、ちょうど準備運動が終わった終わったミーシャに声をかけた。


「ミーシャ。次、訓練の相手してもらってもいいか?」

「う、うん。大丈夫だけど……」


 ミーシャは弓矢を持って駆け寄ってきた。

 木製の短弓は飛距離は出なさそうだが、長距離攻撃への対処法を訓練するのにはちょうどよさそうだ。

 背中に担いだ矢筒には、やじりが木でできた矢が十本ほど収まっている。


 ミーシャは近くまで寄ってくると、まだ座っているクーファに視線を向けた。


「クーファはもういいの?」

「ん。さすがにちょっと疲れた。体力もつけたいし、ちょっと休んでからアトリ姉と走ることにする」


 言いつつ、まだ室内を周回しているアトリを指差す。


 だいぶ疲弊しているらしく、アトリは息を切らしながらへろへろの足取りで走っている。

 ……ほとんど歩いてるのと同じような速度だが、まぁ体力をつけるなら走ったほうがいいだろう。

 念のため『鑑定』してみたが、普通に疲弊しているだけっぽいので、もうちょっと様子見てやばそうだったら止めるようにするか。


 俺の考えを察したのか、クーファがぐっと親指を立ててくる。


「大丈夫。アトリ姉の体調はちゃんと見ておくから」

「……まぁ当てにしておくか」

「任せて」


 クーファに応じつつ、俺はミーシャから距離を取った。

 ちょうど弓の射程まで離れたところで、ミーシャに声をかける。


「とりあえず、ここからそっちまで移動して攻撃してみるから、お前は射撃でそれを邪魔してくれ」

「わ、わかった!」


 応じて、ミーシャは弓に矢をつがえて射撃体勢を取った。


 それを確認してから、俺はミーシャに向かって『俊敏』で走り出す。

 ミーシャは即座に矢を放ってくるが、威力が甘い。

 胸に向かって飛んできた矢を弾き落としながら、更に『俊敏』で速度を上げつつ、走る軌道を斜めに変える。


 軌道が変わったことで狙いが定めにくくなったのか、ミーシャは矢をつがえたままこちらの接近を待つ。

 狙いにくい状態で闇雲に射るよりはマシだが、それではまんまと接近を許すことになる。

 間合いが5メートルほどまで近づいたあたりで、彼女は俺の胸に狙いを定める。


 ――――だが、その間合いは俺の間合いでもあった。


 ミーシャが矢を放とうとした瞬間、俺は再度斜めに跳躍した。

 動揺したミーシャが狙いをつけ直す前に、俺は『狙撃』で木剣をミーシャの胸を投げ当てる。


「……ま、負けた」


 潔く敗北宣言をしてから、ミーシャはねだるような上目遣いで俺を見てくる。

 アドバイスをしろ、ってことなんだろうが……正直、俺にはアドバイスできるほどの戦闘経験なんてないんだがな。


 仕方なく、アドバイスをするための情報を求めてミーシャを『鑑定』してみる。


     ミーシャ

     種族:猫目種(キャトラス)

     クラス:狩人

     状態:正常

     レベル:7

     魔力:30/30

     スキル:

      弓術(レベル:1)

      俊敏(レベル:2)

      夜目(レベル:3)

      視力強化(レベル:3)


「…………まずは『俊敏』の速度で動く的に、正確に当てるところからじゃないか?」

「そ、それはわかってるけど、無駄撃ちすると隙ができちゃうし……」

「お前の場合、身軽なんだから移動しながら矢を射てばいいだろ。相手の速度と同じ速度でスライド移動すれば、正面の敵を撃ってるのと感覚は変わらなくなる」

「で、でも、それだと正確な射撃が……」

「一撃必殺を狙おうとするな。射手ならそれが理想ってのはわかるし、なまじ目がいいから狙いたくなる気持ちもわかるが、隠れる場所がない状態で一撃必殺を狙うのは至難のわざだ。間合いを詰められた時だって、棒立ちしてないで左右に動いて意表をつけば、少しずつ削っていけるだろ」

「な、なるほど」


 ミーシャは熱のこもった声でうなずくと、矢を拾い集めて距離を取る。


「セツナさん! もう一本お願い!」


 やる気が出てるのは結構だが……もしかしてこれ、敵に塩を贈ることになってないだろうな?

 …………まぁ訓練相手が成長すれば、こっちも得るものがある……か?


 微妙にもやもやしたものを抱えながら、俺は再び木剣を構えてミーシャに向かって駆け出した。

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