第44話 訓練に向けて

 食事を終えて離れに戻ると、俺たちはテーブルについて今後の相談を始めた。

 ……正確には、始めようとした。


「…………で、クーファ。なんでお前が離れにいるんだ?」


 俺の膝の上に座って足をぶらぶらさせているクーファを、じろりとにらむ。

 小柄な体格と薄い肉付きのおかげで、別に重くはないのだが……離れにいられると、アトリとの具体的な相談ができなくなる。

 俺の苦情に、クーファはようやく肩越しに振り返った。


「ん。世話役としての夜のお勤め。セツナ兄は命の恩人だし、変態なプレイでも受け入れる」

「恩人をナチュラルに変態扱いすんな。というか、とっとと母屋に帰れ」

「お断りする。それに、クーファがいたほうが話が早いはず」

「なんでだよ」


 反射的にツッコミを入れるが、クーファはアトリに視線を向けた。

 アトリはクーファの言動に動揺した様子もなく、穏やかな表情でクーファを見返している。


「二人はこれから、明日以降のことを相談するはず。なら、クーファがいたほうがアドバイスができる」

「アドバイスってなんのだよ?」

「例えば、どこなら人目につかずに運動や訓練をできるか、とか」


 クーファの鋭い指摘に、俺は反射的に言葉に詰まってしまった。


「……どうしてそんな場所を探してると思ったんだ?」

「見くびらないで欲しい。セツナ兄の能力がどんなか、昼間の戦いでなんとなくわかった。アトリ姉を守って生き抜くことを考えるなら、強くなっておくことは必須条件。それに……大通りに移動するまでで、アトリ姉の体力のなさも察した」


 …………クソっ。クーファのやつ、思ったよりもしっかりと観察してやがるな。

 クーファに痛いところを突かれても、アトリは涼しい顔で微笑んでいた。


「やはり気づかれていましたか。ちょっと恥ずかしいですね」

「育ちが違うからしょうがない。それより、話に混ざってもいい?」

「そうですね……セツナの膝から下りたら、考えてみましょう」

「ん。なら仕方ない」


 クーファはすぐに膝の上から降りると、とてとてと走ってテーブルから少し離れたベッドの上に腰を下ろした。


「一応、誤解なきよう言っておく。クーファは二号でも大丈夫。特に正妻ポジションにはこだらわないタイプ」

「あら。話が早くて助かります、クーファちゃん」

「…………反応に困るボケはいいから」


 なぜか通じ合ってる感を出し始めた女子二人に横槍を入れてから、俺は話を戻す。


「お前の言う通り、俺たちには訓練する場所が必要だ。筋トレならこの離れでもある程度できるだろうが……走ったり戦闘訓練したりするには、もっと広い場所が必要になる。心当たりはあるのか?」

「当然。明日の朝、クーファが案内する。……代わりに、お願いがある」


 ――まぁ当然、そういう話になるか。

 弱みを握っておいて、都合よくこっちの頼みだけを聞くわけがない。


「なにが望みだ?」

「簡単なこと。クーファたちも訓練に参加させて欲しい」

「……たちってことは、ミーシャもか?」


 クーファは小さくうなずいてから、話を続ける。


「セツナ兄はクーファたちより確実に強い。セツナ兄に訓練してもらえれば、クーファたちも自分の身を守れるようになるし、セツナ兄やアトリ姉の力になれるはず」


 正直、クーファたちには訓練の相手を務めてもらうつもりではあった。

 アトリを相手に訓練するだけでは、接近戦の訓練にはならない。

 獣人だらけのこの街で生存率を上げるには、白兵戦を鍛える必要がある。

 ラグナルと訓練できれば理想的だが……俺はまだ、ラグナルを信用しきったわけじゃない。万が一でも、訓練中に殺されたりしたらシャレにならない。


 だから、クーファたちを訓練に参加させるのは構わないのだが……それを相手から提案されると、警戒心が首をもたげるのを押さえられなかった。


「訓練ならラグナルにでも頼めばいいだろ」

「おじいは強いけど、族長の仕事で手一杯」

「この居住区の他のやつらは?」

「たまに訓練してる。けど、実戦に近い訓練をするならセツナ兄のほうがいい」

「過大評価だな」

「そうでもない。不意打ちとはいえ、力自慢の獣人冒険者を二人同時に相手にして、一撃で倒すなんて普通は無理」


 …………くそっ。クーファを助けたのが完全に裏目に出てるな。


 訓練を頼みたい理由はわかったが、もう少しクーファの本音を引き出しておきたい。

 俺はあえて、更に一歩踏み込んでみた。


「族長の孫なら、訓練なんてしなくても生きていけるだろ」

「…………そんなに甘くない」


 クーファは幼い顔立ちに一瞬苦いものをよぎらせてから、覚悟を決めた表情で俺を見た。


「――気づいてるかも知れないけど、クーファはミーシャ姉の本当の妹じゃない」


 唐突に飛び出してきた告白に、俺は完全に意表を突かれてしまった。


「クーファの本当の両親は兎耳種ラビリスの族長で、魔物と戦って戦死した。クーファはまだ五歳で何の役にも立たなかったから、兎耳種の誰も助けてくれなかった。でも、おじいが身元を引き受けてくれて……同じ戦いで両親を失ったミーシャ姉と一緒に、孫として育ててくれた」

「……壮絶だな」

「獣人にはよくある。とにかく、族長の孫だからって特別扱いされることはないし、本当の家族じゃないならなおさら。この弱肉強食の街で生きていくなら、クーファたちも自力で戦えるようにならなきゃいけない。おじいに甘えたままではいられない」


 思った以上に腹くくってるな。

 念のためアトリに目配せしたが、彼女にも異存はないようだった。

 まっすぐ向けられたクーファの視線を見返し、俺は答える。


「わかった。お前らに訓練を手伝ってもらう」

「……いいの?」

「ああ。というか、元々こっちから頼むつもりだったしな」

「む。うまく踊らされた。勇者様のくせに性格悪い」


 じゃれつくようなクレームを言ってくるが、俺は肩をすくめて受け流す。


「じゃ、また明日呼びに来る。今日は早めに休んで」


 クーファが部屋を出るのを見送ってから、俺はアトリに視線を向けた。


「アトリ、先に寝ててくれ」

「? ……あぁ。また不寝番ふしんばんをするつもりなんですね」

「一応な」


 さすがにクーファやミーシャが襲ってくるとは思えなくなってきているが、ラグナルのことはまだ信用していない。

 だが、アトリは困ったように眉を寄せた。


「思ったんですけど、それ意味なくないですか?」

「……なんでそう思う?」

「ミーシャさんとクーファさんはわたしたちに害意はなさそうですし、そういうのを隠せるタイプにも見えませんでした。ラグナルさんの真意が読めないのはわかりますが……いきなり襲いかかってくるようなことをするほど、短慮な人とは思えません」

「それはそうだが……無警戒でいるのもな」

「セツナ、ここでの生活は長期戦です。張り詰めれば張り詰めるほど、擦り切れて参ってしまいますよ?」


 アトリの言うことはもっともだ。数日だけならいいが、ずっと気を張り続けるのは困難だろう。

 それに……クソ親父の暴力の影響で、寝てる時でも殺気で目が覚める体質になってるからな。

 それこそ、高レベルの『隠密』を使った夜襲でもかけて来ない限りは大丈夫なはずだし、高レベルの『隠密』なら起きてても防ぎようがないだろう。


「わかったよ。素直に寝ることにする」

「ほっ……ならよかったです。また強制的に寝かしつけなくてすみました」

「…………頼むから、睡眠魔法はやめてくれ」


 アトリの冗談に苦笑しつつ、俺は寝る準備を始めた。


 ……………………冗談、だよな?

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