第31話 家主との会見(4)

「本当に勇者様だって言うなら、それを証明してみせなさい!」


 勇者であることを証明しろ、ね。

 正直、勝手にラグナルが勇者扱いしてきて、こっちはなし崩し的に勇者を名乗らされた感じなのだから、証明する義理もないと思うのだが……

 こいつ、言い出したら聞かなそうな感じだし、それじゃ納得しなさそうだよな。


「これ、ミーシャ。セツナ殿に対して失礼だぞ」

「お爺さまこそ、簡単にこいつらが勇者様だって簡単に信じすぎよ。った詐欺師とかだったらどうするのよ!?」

「詐欺師なら、もっと金のあるところを狙うものだろう。こんな小さな獣人種セリオンの居住区を狙う理由がない」

「獣人は脳筋のうきんのバカだって偏見を信じて、簡単にだませると思ったのかもしれないじゃない!」

「そもそも詐欺師なら、自分から勇者だと名乗るはずだろう。わたしたちが気づかなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「そっ、そんなの知らないわよ! とにかくあたしは、何の証拠もなしにこいつを勇者様だなんて認めないわっ!」

「…………やれやれ」


 ラグナルは困ったように肩をすくめてから、俺たちに視線を戻した。


「あいすみません。どうもこの子は意固地なところがあって、一度言い出したらなかなか折れません。大変ご面倒かとは思いますが、ここはひとつ、勇者様のあかしをお見せいただくことはできませんでしょうか?」


 へりくだった調子ではあるが、たぶんこれは断れないやつだな。

 ラグナルのほうから言い出したこととはいえ、最終的にはこっちも自分から勇者だと名乗ってしまった。

 そうである以上、証明できない場合は官憲かんけんに突き出される恐れがある。


 ラグナルたちが『鑑定』スキルを持っていれば、話は簡単なんだが……こいつら、誰も『鑑定』スキルを持ってないしな。

 どうしたものかと思っていると、アトリが口を開いた。


「ラグナルさん。あなたは以前、様々な国をおとずれたことがあると言っていましたね」

「えぇ。それがなにか?」

「セツナは勇者として、この世界の言語を理解する能力を得ています。ラグナルさんが今まで訪れた国の言葉で、セツナに話しかけてみてください」


 ……そういえば、俺のスキルに『言語理解』なんてものもあったな。

 この世界の言葉が理解できるのも、おそらくこいつのおかげなんだろうが……まともに検証もしてなかったので、実際どの程度有用なスキルなのか、いまいちピンと来てないんだよな。

 まぁ勝算があってのことだろうし、ここはアトリを信じるとしよう。


 ラグナルはしばし黙考してから、俺に向き直った。


「では……セツナ殿、あなたの利き腕はどちらですかな?」

「右だ」

「あなたの得意な武器は?」

「得意……かどうかはわからんが、一番使ってきたのはナイフだな」

「お連れの方とのご関係は?」

「アトリのことか? 運命共同体ってところだな」

「恋愛関係ではないのですね?」

「違う。ってか、それ個人的な興味で聞いてないか?」

「これは失礼。では最後に……あなたの望みはなんですか?」

「…………答えづらい質問だな。まぁ、平和な世界ってことにしておこう」


 ただし、あくまでも『俺とアトリにとっての』平和な世界だが。

 俺の回答にしばし黙考してから、ラグナルは納得したようにうなずいた。


「わたしは今、五種類の言語で質問を投げさせていただきました。うち一つは、百年以上も前に国が滅び、流浪るろうの旅を続ける民族の言葉です。この大国ギジェンでも、この言葉を解するものは多くはないでしょう。ですが、セツナ殿はそれにも応じてのけた」

「……つまり、合格ってことか?」

「そういうことになります」


 俺が安堵の息を吐くと、ミーシャがまた横槍を入れてきやがった。


「そっ、そのくらい、たまたまその国の言葉を覚えてただけかもしれないでしょ! 勇者様だっていう証明にはならないわっ!」

「ミーシャ姉、いい加減認めるべき」

「いやよ! だってこんな胡散うさん臭い話なのに……お爺さまもクーファも信じちゃってるんなら、あたしが疑わなきゃ誰も疑わないじゃない!」


 言って、ミーシャは俺をにらんでくる。


 そうか。こいつもこいつなりに、家族を守ろうと必死なんだな。

 憎まれ役を買って出てでも警戒をおこたらないところは、正直親近感すら覚える。

 とはいえ、どうやってこいつを納得させたものか……


 娘の疑問に俺たちがどう対処するのか楽しんでいるのか、ラグナルは黙って食事を続けている。

 ……この爺、やっぱり食わせ者だな。


 俺がどう対処するか考えていると、アトリが椅子から立ち上がった。


「うかがいたいのですが、ミーシャさんはどうすればセツナが勇者だと認めていただけますか?」

「そ、それは、その……冒険者ギルドで正式に『鑑定』してもらうとか、同じ勇者様に会って確かめてもらうとか……」

「前者は先ほど無理とお伝えしましたね。後者については、他の勇者様に時間を割いていただけるだけのコネがあるのですか?」

「う……じゃ、じゃあ、召喚に立ち会った証人を呼んでもらうとか……」

「……証人、ですか」


 アトリはなにか考え込むように、あごに指を添えた。


 ……アトリのやつ、いったいなにを悩んでるんだ?

 俺が召喚された時、俺とアトリ以外に人はいなかった。つまり、証人などいるはずもない。


 そもそも、俺は証人ってやつを信頼していない。

 ガキの頃、学校で同級生どもに玩具にされていた時、教師に助けを求めても無駄だった。

 俺がなぶられているのを見ていた連中は、誰一人俺を守るような証言はしてくれなかった。

 それどころか、俺が不利になるようなデタラメを並べ立てるやつすらいたし、教師もそいつらの証言を無条件に信じた。


 人間なんて、総じてそんなもんだ。

 誰だって自分の利益になることしか口にしないし、自分の利益になることしか信じない。

 ミーシャが意固地になっているのだって、『俺たちを信じたら不利益になる』と考えているからだろう。

 もし、ミーシャに『俺たちを信じないと不利益になる』と思わせられれば、状況が変わるのかもしれないが……それこそ王族や貴族みたいな、権力のある証人を差し出さないと難しいだろう。


 …………待てよ。――


 嫌な予感に突き動かされるように、俺は反射的にアトリのほうに視線を戻す。

 彼女はラグナルの表情を見据え、なにかを納得したようにうなずいていた。

 そして、ミーシャに向き直る。


「わかりました。では、証人に証言してもらいましょう」

「えっ!? 本当にいるの!? ま、まさか、あんた自身のことじゃないでしょうね!?」

「鋭いですね。はい、証人とはわたしのことです」

「お、おいっ。アトリ、やめ――」


 俺の制止の声が届く前に、アトリは自分の胸に手を当て、高らかに宣言した。


「このわたし――バルディア王国第四王女、アトリーシア・エル・ディード・バルディアの名において、セツナ・クロサキが正真正銘の勇者であることを保証します」

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