第30話 家主との会見(3)

「セツナ殿、あなたは勇者様ですね?」


 ラグナルが突きつけてきた質問に、真っ先に反応したのは――ミーシャだった。


「えっ!? 嘘でしょ!?」


 彼女はいきなり椅子から立ち上がると、俺に向かって人差し指を向けてきた。


「お、お爺さま! 確かにこいつは変わった格好かっこうしてるけど……こんなやつが勇者なんて、いくらなんでもありえないわよ!」

「これ、ミーシャ。客人に向かって失礼だぞ」

「で、でも……クーファ、あんたもなんとか言いなさいよっ!」

「ん。クーファは最初から知ってた。というか、クーファがおじいに教えた」

「なんですって!? ちょっと、そういうことはあたしにも教えなさいよ!」

「言われなくても、普通は気づく。気づかないのは、ニブちんのミーシャ姉くらい」


 しれっと言いくるめられ、ミーシャは顔を真っ赤にしてうーうーうなり出す。

 ……というか、このまま勝手に話を進められたらまずいな。


 できれば、俺が勇者――というか、異界人であることは知られたくない。

 知られたが最後、こいつらは蛇蝎だかつのごとくすり寄ってきて、俺のことを絞れるだけ絞って使い捨ててくるだろう。

 は、壊れるまで使い潰す。

 俺の知る人間どもは、そういうやつらばかりだった。


 俺はしばしうつむいて黙考してから、笑いを噴き出すりをしてみせる。

 案の定、テーブルの全員の視線が俺に集まってくる。

 それを確認してから、俺は大げさに笑い出した。


「…………ぷっ……くっ、ははははは! なに言ってるんだ、あんた。勇者なんて、ただのおとぎ話だろ? そんなのを真面目に信じてるなんて、驚きだな」

「ふむ。そうですかな」


 俺の反応に、ラグナルはしてやったりとばかりに口の端を吊り上げた。


「今、セツナ殿は勇者様の存在をおとぎ話とおっしゃいましたが……どうやら、ご存知ないですな」

「……何のことだ?」

「それは無論――今この世界には、すでに二人の勇者様が召喚済みだということを、です」


 ……………………マジかよ。

 とっさに頭を抱えそうになるのを、俺はなんとか踏みとどまった。

 俺の懊悩おうのうを知ってか知らずか、ラグナルは淡々と説明を続ける。


「半年ほど前にウィスリア法国ほうこくで召喚された勇者、ナユタ・シロガネ様。そして三ヶ月前にここギジェン帝国で召喚された勇者、リン・ハイバネ様。いずれも広く知られているはずですが……このことを知らないとは、ますますセツナ殿が勇者に思えてきましたな」


 ちらりとアトリのほうを見やるが、彼女も驚いたように目を丸くしていた。

 この感じだと、アトリも知らなかったんだろうな……

 とりでに幽閉されていた頃は、噂やニュースに触れる機会すら持てなかったのだろう。


 ラグナルの追及から逃れるため、俺は必死に思考をめぐらせる。


「それは知らなかった。俺もアトリも、最近まで世事せじから離れた環境にいたもんでね」

「それは例えば、異世界のような?」

「まさか。ただのド田舎だよ」

「ふむ。妙ですな。どんな田舎だろうと、商人の行き来はあるはず。勇者様の噂が伝わっていないとは、とうてい考えられませんが……」

「聞いたこともあったかもしれんが、与太話だと思って聞き流してたのかもな」

「なるほど。その可能性はありますな」


 お。もしかして、このままうまいこと押し切れるのか……?


「――で、話は戻りますが、その服はどこで手に入れたものですかな?」


 油断したところにすかさず鋭い切り返しをくらい、俺は言葉を詰まらせた。


「田舎ということは、商人の行き来も少ないはず。そんな辺境で、それほど珍しい衣服を取り扱っているなど、実に奇妙ですな。部族の衣装という感じでもないですし」

「そ、それは偏見だろ。うちの田舎じゃ、みんなこんな服を着てたぞ」

「ふむ。そうなんでしょうな。殿

「……含みのある言い方だな」

「そこまで否定なさるなら、わたしはそれでも構いませんが……どうしても身分があかせないとおっしゃるなら、冒険者ギルドで『鑑定』をかけてもらうことになりますな。そうすれば、嫌でも素性が明らかになるでしょう」


 やばい。それだけはやばい。

 俺が『鑑定』にかけられるだけなら、まだいい。

 問題は、アトリも『鑑定』にかけられるということだ。


『鑑定』されれば、嫌でもアトリの素性がバレてしまう。

 当然、アトリの中で眠る『虚無の因子』にも気づかれてしまうだろう。

 そうなれば、人間どもがアトリになにをするか――考えたくもない。


 俺がしぶとく逃げ道を探していると、唐突にアトリが口を挟んできた。


「あの……よろしいでしょうか?」

「ふむ。なんですかな、アトリ殿」


 ……もしかして、なにか妙案が思いついたのだろうか?

 俺が期待を込めてアトリを見やると、彼女は覚悟を決めたように深呼吸してから、口を開く。


「…………ラグナルさん、ご推察の通りです。この方こそ、異界より世界を救うために召喚された勇者――セツナ・クロサキ様です」

「お、おいっ、アトリ!」

「これ以上は時間の無駄ですよ、セツナ。どう嘘を並べても、ラグナルさんをごまかせるとは思えません」

「だからって、お前……っ」

「落ち着いてください、セツナ。それとも、そんなにわたしが信じられませんか?」

「ぐっ……」


 アトリにやんわりとたしなめられ、俺はようやく冷静さを取り戻した。

 俺が引き下がるのを見届けてから、アトリはラグナルに視線を戻す。


「今言った通り、セツナは正真正銘、勇者召喚の儀によって召喚された勇者です。ですが、このことは内密に願います」

「それはまた、どうして?」

「世間に存在を知られれば、大国や権力者がセツナの力を手にしようと画策し始めます。ですが、大国の思惑や権力者の都合に振り回されていては、結局は一部の有力者にとって都合のいい道具になるだけ。『本当に正しいこと』を行うには、ある程度自由である必要がある……セツナはそう考えています」

「……なるほど。一理ありますな」


 ラグナルは納得したようだったが、俺は内心ヒヤヒヤしていた。


 …………人のことは言えんが、よくもまあここまで、ぺらぺらと嘘が出てくるもんだな。

 純粋そうに見えるが、権謀けんぼう術数じゅっすう渦巻うずまく王家の中で生き抜いてこれたのは、伊達だてではないということか。


 それに、アトリが俺の正体をバラした意図もわかった。


 勇者自らの意思で素性を隠しているのであれば、ラグナルもわざわざ俺のことを喧伝けんでんするような真似はしないだろう。

 ラグナルの思慮深さを見るに、そんな余計な真似をするとは思えないが……万が一チクりやがったら、その時は逃げればいい。

 今の俺たちに必要なのは、この国の社会にまぎれ込むための準備を整えることだ。

 一時的にでもラグナルの力を借りられれば、そのくらいには体勢を整えられるだろう。


 互いの望む方向に話がまとまり始めた――と思った矢先に、思わぬ方向から横槍が入った。


「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」


 今まで黙っていたミーシャが、いきなりテーブルに両手をついて立ち上がった。

 金色の吊り目で俺をにらみつけ、彼女は言う。


「あたしはまだ、あんたのことを勇者様だなんて認めてないわっ! 本当に勇者様だって言うなら、それを証明してみせなさい!」


 …………ま、そういう流れになるよな。

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