第29話 家主との会見(2)
暖炉と調度品の他に目立ったもののない、質素な居間だった。
部屋の中央には八人がけのテーブルが置かれ、ちょうどこちらを待ち構える形でひとりの老人がテーブルについている。
顔や肌にはかなりシワが寄っており、顔の半分を覆うヒゲも、生え際の後退した髪もすっかり白くなっている。
体にも
頭頂からはミーシャと同じく猫の耳が生えており、温和そうな瞳は呑気な猫そのものといった感じだ。
彼は俺たちの来訪に気づくと、椅子から立ち上がって出迎えた。
「昨夜は挨拶もせずに申し訳ございません。この家の家長、ラグナルと申します」
「こちらこそ、昨日は部屋を貸して頂き感謝いたします。わたしのことは、アトリとお呼びください」
「……セツナだ。昨日は助かった」
如才ない二人の挨拶に付け加える形で礼を言いつつ、俺は老人――ラグナルを『鑑定』する。
ラグナル
種族:
クラス:戦士
状態:正常
レベル:33
魔力:96/96
スキル:
剣術(レベル:4)
槍術(レベル:3)
短剣術(レベル:3)
体術(レベル:3)
俊敏(レベル:4)
夜目(レベル:4)
視力強化(レベル:4)
どうやら、マイラより強いって見積もりは間違ってなさそうだ。
スキルが近接戦闘に偏ってる分、近接戦闘に持ち込まないと戦えない俺としては、かなり相性の悪い相手だ。
と、いつの間にかラグナルはこちらに視線を向けていた。
――『鑑定』で見ていたのが、バレたのだろうか。
射るような鋭い視線にさらされ、俺が内心で冷や汗を流しつつ、腰に吊るした
だが、ラグナルはじっとこちらを見つめたあと、特に気分を害した風もなく、ヒゲを揺らして愉快そうに笑った。
「まぁ、立ち話もなんですな。まずはかけてください。ミーシャ、クーファ、朝食の準備を」
「はい、お爺さま」
「ん。了解」
俺とアトリもラグナルの正面の席につくと、ラグナルも椅子に座り直した。
ミーシャたちが奥の部屋から食事を運び、テーブルの上に並べていく。
野菜の入ったスープに、固そうなパン、黒っぽいのは干し肉だろうか。質素な食事に見えるが、この世界ではごく普通の食事なのだろう。
念のため『鑑定』で見てみるが、俺やアトリの分にも毒などは含まれていないようだった。
ミーシャたちが椅子に座ったのを確認してから、ラグナルはさっそく話を切り出してくる。
「どうぞ、食事をしながら話をお聞きください」
ラグナルの言葉に甘え、俺とアトリは食事に手をつける。
固いパンをちぎり、干し肉やスープとともに
召喚されて以来まともな食事は初めてなので、思わずがっついて食っていると、ラグナルは愉快そうに目を細めながら話し始める。
「すでにご承知かもしれませんが、この一帯は猫目種や
つまるところ、村長みたいなもんか。
妙に戦闘力が高いなとは思っていたが、むしろ戦闘力が高いから村長を任されてるんだろうな。
俺がひとりで納得していると、ラグナルは続ける。
「曲がりなりにも長をしている身ですから、居住区に出入りする
「……事情、ね」
当然聞かれるだろうとは思っていたが、どうごまかすかについてはまったく考えがまとまっていない。
俺が沈黙していると、アトリが芝居がかった調子で顔をうつむけた。
「申し訳ございません。宿を貸していただき、食事までいただいてしまったのに……わたしたちの事情について、詳しくお話することはできません」
「……ほう。それはなぜです?」
「もしかしたら、すでにお考えが及んでいるかもしれませんが……わたしたちは、道ならぬ想いを添い遂げるために、ここまで逃げてきたのです」
「つまり、駆け落ちということですな」
「俗っぽい言い方をすれば、そうなります。ですから、わたしたちの素性や家について、詳しいことをお話するわけには参りません。わたしたちの想いは本物ですが、その想いのために育ててくれた家族や家名にまで泥を
なるほど、うまい切り返しだ。
まともな荷物もなしに男女二人で行き倒れていたのも、駆け落ちならば違和感はない。
そして家名に泥を塗りたくないと言われれば、家を重んじる立場の
事実、ラグナルは困ったように眉根を寄せた。
「なるほど。そういうことなら、立ち入ったことを聞くのは
「……答えられることであれば」
アトリがしぶしぶ
「セツナ殿。あなたのその服は、どこで手に入れたものですかな?」
……やはり、そこを突いてきたか。
俺が着ている学ランは、予想通りこの世界では相当異質なものらしい。
これだけ異質な服であれば、来歴を聞くことでどこの国から来たか、どういった身分の人間なのかを推察できる……と、ラグナルは思っているのかもしれない。
そして憎たらしいことに、その推察は
俺はちらりとアトリのほうをうかがうが、彼女はまだ回避策を考えている最中なのか、じっとラグナルを見据えたまま口を開かない。
やむを得ず、俺は時間稼ぎに徹することにした。
「……そんなに変わった服か、これ」
「ええ。わたしは若い時に、様々な国を放浪していましたが、どの国でもそのような服は見たことはありませんでしたね」
「その土地その土地の流行とかもあるだろ」
「そうですね。ですが、あなたのそれは装飾を好む貴族的なものでもなく、実用重視の平民的なものでもない。強いて言えば、近いのは軍服なのでしょうが……魔力が込められているわけでもなさそうなので、明らかに戦闘には向いていません」
…………クソっ。俺が下手くそな時間稼ぎに徹している間に、ラグナルはどんどん核心に迫ってきてやがる。
俺は再度アトリを見やるが、彼女は特に焦った様子もなく、ラグナルを見据えたままだった。
俺たちの反応を見て確信を得たのか、ラグナルは畳みかけるように続ける。
「諸々考えた結果、わたしが至った結論としては……その服は軍服だが、『この世界の条理で作られた軍服ではない』。異界の条理に
そこで言葉を切ってから、ラグナルは決定的な一言を口にした。
「セツナ殿、あなたは勇者様ですね?」
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