第28話 家主との会見(1)

 意識を取り戻すと同時に、俺はベッドから跳ね起きた。

 瞬時に『魔力感知』を起動しつつ、周囲に視線を巡らせる。


「あ、セツナ。おはようございます」


 隣のベッドに腰かけていたアトリが、呑気のんきな調子で挨拶あいさつしてくる。

 壁にしつらえられた木製の窓からは、日の光が差し込んできている。


 俺は近くに怪しい魔力反応がないことを確認してから、アトリにデコピンをくれてやった。


「痛っ! 何なんですかぁ、もぉ……」

「何なんですか、じゃねえ。お前、なんで俺を起こさなかったんだ」

「えーっと、何のことでしょう?」

「しらばっくれるな。交替で不寝番ふしんばんをするはずだったろうが」


 俺が詰め寄ると、アトリは開き直ったように真っ向から視線を合わせてくる。


「まぁ、今更言いつくろっても仕方ないですね。あれは嘘です」

「お前な……そういう嘘はつくなって、昨日も言っただろうが」

「それはわかっています。ですが、セツナにはなにがなんでも休んでもらわないといけなかったんです」

「……なんでまた」

「心当たりがないとは言わせませんよ? 昨夜、セツナは左腕を切断されて、それをつないだばかりだったんです。そんな状態でわたしを抱えて森を移動し、城壁の登攀とうはんまでしました。左腕に問題が起きていないことが不思議なくらいの重労働です」


 つらつらと理由を述べられ、俺は反駁はんばくするタイミングを見失う。

 それをわかってか、アトリは更にたたみかけてきた。


「その状態で十分な休みも取らずに夜を明かし、朝にはミーシャさんのお爺さまも警戒する。そんなことをしていたら、戦う前に心も身体もぼろぼろになってしまいます」

「だ、だったら、先にそう言ってくれれば」

「言えば、セツナは納得しましたか? 会ってまだ間もないですが、これでもセツナのことはわかっているつもりです。わたしに夜間の警戒を任せて、自分ひとりだけぐっすり眠ろうなんてこと、セツナには絶対にできません」

「……買いかぶりだ」


 視線をそらして答えつつ、内心ではアトリの意見が正しいことはわかっていた。


 …………だが、なぜだろう。妙に胸がざわつく。

 アトリの主張は完全に正しいのだが、なにか大事なものがすっぽり抜けている気がする。

 それが何なのか、今の俺には明確にはわからないが……今のアトリには、どこか出会った頃と同じたぐいの危うさを感じる気がした。


 もやもやした気持ちをかき消すように深呼吸すると、俺はもう一度アトリと視線を合わせた。


「……とにかく、アトリが色々考えてくれてたことはよくわかった。確かに俺も無茶をしすぎてたかもしれないし、フォローしてくれるのは正直助かる。でも、思ったことはちゃんと先に言ってくれ。行動してから言われたんじゃ、後で問題が起きた時に困るからな」

「すみません。そちらについては気をつけます」


 アトリが殊勝しゅしょうに頭を下げたところで、ドアをノックする音が響いた。

 話し合いに夢中になって、周囲の警戒をおこたるとは……俺も、思った以上に油断しているのかもしれないな。


 魔力の大きさから察するに、来たのはミーシャとクーファのようだ。

 当然、二人の祖父に会わせるために呼びに来たのだろう。

 俺は装備を一式整えてから、ドアのほうに声を投げかけた。


「もう起きてる。入ってくれ」


 ドアが開くと、予想通りミーシャとクーファが中に入ってきた。

 ミーシャは目に見えて警戒している様子だが、クーファは相変わらず考えていることがわからん。

 ふたりを見るなり、アトリはベッドから立ち上がって腰を折った。


「ミーシャさんとクーファさんですね。昨夜は助けていただいた上、部屋まで貸していただき、ありがとうございました」


 仰々ぎょうぎょうしい感謝の言葉に、ミーシャは意表を突かれたようだった。

 一瞬ぽかんとした顔を浮かべるが、すぐに気を取り直してアトリに笑顔を向ける。


「気にしないで。あんなところで倒れてる女の子を、放っておけないもの。えっと……」

「わたしのことは、アトリとお呼びください」

「アトリ、ね。昨日は大丈夫だった? そっちの男に変なことされてない?」

「はい。でも残念です。わたしとしては、少しくらい変なことをされてもよかったのですけど……」

「ちょっ、ちょっと! あんた、なんてこと言い出すのよっ!?」

「おい。ややこしくなりそうなことを言うな」


 ミーシャが顔を赤くして怒鳴るので、俺はアトリの頭頂に軽くチョップをくれてやる。

 クーファは自前のうさぎ耳を垂らしながら、赤面する姉に大げさに嘆息した。


「ミーシャ姉。そういうのに免疫めんえきないくせに混ぜっ返すのは、毒草地帯に自分から飛び込むようなもの」

「う、うるさいわね! め、免疫ないとか勝手に決めつけないでよっ!」

「なら、質問。『変なこと』って、具体的にどんなこと?」

「そ、それは、その…………要するに、おしべとめしべで、そっ、その……………………」

「ん。語るに落ちるとは、まさにこの事」


 顔面を真っ赤にしたミーシャを見て、クーファが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「お前ら、まさかその茶番を見せに来たんじゃないだろうな」

「そんなわけないでしょっ!」

「ん。お姉がふざけるから、本題からそれてしまった」

「あんたのせいでしょっ!?」


 ツッコミで大声を出しまくったせいか、ようやくミーシャは落ち着きを取り戻したようだった。

 赤面もほとんど収まった顔で、もったいぶったように本題を切り出す。


「こ、こほんっ……うちのお爺さまが、あんたたちに会いたいって言ってるわ。準備ができてるなら、母屋おもやのほうに来て欲しいんだけど?」


 当然、用件などそれ以外にないだろう。

 俺は何気なく、アトリに視線を向ける。ちょうど彼女もこちらを見ていたようで、視線が正面からかち合った。

 彼女は口元に笑みを浮かべたまま、俺に向かって小さくうなずいてくる。


 ……どうやら、アトリはミーシャたちを信じると決めたようだ。

 だが俺は、まだ彼女たちのことをいまひとつ信じ切れていなかった。

 彼女たちが悪いのではない。俺のひねくれた性格が、人間を信じることに本能的な抵抗を覚えているだけだ。


 正直、相手の出方に応じてどう行動するか、事前に相談しておきたい気持ちもあった。

 とはいっても、俺とアトリの特性的に、戦闘面での連携にはほとんど選択肢がない。

 俺が前に出て撹乱かくらんしつつ、アトリが魔法で各個撃破する――当然、アトリもそれはわかっているだろう。

 …………なら、相談するだけ時間の無駄か。


「わかった。すぐに行こう」

「そう。それじゃ、ついてきなさい」


 俺の返事にうなずくと、ミーシャは先導して母屋の方へと歩き出した。

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