第26話 ミーシャとクーファ(2)

 ミーシャが先導する道は、かなりすたれた界隈だった。

 暗いせいでよく見えないが、立ち並ぶ家はどれも古ぼけていて傷んで見える。

 建物の数もやたら少なく、全体的にかなり閑散かんさんとしている。


 二十分ほど歩くと、ミーシャがようやく足を止めた。


「ここがあたしたちの家よ」


 日本で言うところの、平屋というやつだろうか。

 城壁寄りの土地で人が住みたがらないのか、ここに来るまでに見た民家と比べると、土地や建物はなかなか広めだ。

 とはいえ、屋根や壁は傷だらけでかなり年季が入っているし、華美かびな飾り付けは一切ない。

 平屋の隣には井戸と菜園さいえんが広がり、その奥に掘っ建て小屋に近い離れがぽつんと建っている。


 ミーシャは平屋のほうに近づくと、一度だけこちらを振り返った。


「先にお爺さまの許可をもらってくるわ。言っとくけど、結果は保証できないからね?」

「ん。よろしく」

「よろしく、じゃない。あんたも来るのよ、クーファ」

「…………めんどい」


 相変わらずつかみどころのない表情のまま、クーファはミーシャに従って平屋に入っていった。


 俺はアトリを抱えたまま、平屋の前でしばし待つ。

 手持ち無沙汰ぶさたなせいでつい耳を澄ませてしまうが、平屋の中から声が漏れてくることはない。

 こちらが聞き耳を立てていることも想定して、小声で話しているのだろう。


 ……それにしても、ミーシャの祖父か。

 なぜかミーシャの家まで来ることになってしまったが、正直、これが正解だったのかはいまだにわからない。

 だが他に良案がないことも確かだし、覚悟を決めて飛び込んでみるのも、そう悪くない判断のはずだ。

 …………疲れてまともな判断ができなくなっている、という面も否定はできないが。


 念のため、腰の剣鉈マチェットに手を添えつつ、『魔力感知』を最大レベルで起動しておく。


 自分とアトリを除けば、周囲に存在する魔力反応は三つだけ。いずれも、平屋の中に集まっている。

 その内ふたつはミーシャとクーファなので、残りのひとつが二人の祖父なのだろう。

 二人を合わせたよりも大きな魔力反応で、恐らくマイラ――ドッペルゲンガーが擬態した時の、本物のマイラのステータスのほうだ――すら凌駕している。

 ドッペルゲンガー戦のことを思うと、とてもではないがまともにやり合いたい相手ではないな……


 警戒を新たにしていると、ミーシャとクーファが平屋から出てきた。

 真っ直ぐこちらに歩み寄ると、ミーシャは偉そうに腕組みして言ってくる。


「感謝しなさい。ちゃんとお爺さまの許可を取ってきてあげたわよ」

「ん。クーファも貢献した。もっと評価されるべき」

「……ありがとう。正直、助かる」


 俺にしては珍しく、本心から礼の言葉が出てきた。


 正直、今日はもうくたくただった。

 ベッドがあれば今すぐでも眠りこけたいくらいだったが、俺はまだ気力を奮い立たせて提案する。


「一応、俺からも家主に挨拶しておいたほうがいいか? 見知らぬやからを自分の家に泊めるのも、抵抗あるだろうし」

「それも聞いてみたけど、今日は疲れてるだろうから明日でいいって。クーファがなにか耳打ちしてから、お爺さまも納得したみたいだったけど……?」

「ん。悪いけど、ミーシャ姉にもまだ言えない」

「むぅ。なによふたりだけで……」


 ミーシャはねたように頬をふくらませたが、すぐに気持ちを切り替えて話を戻す。


「とにかく、あっちにある離れを自由に使っていいわ。もう遅いから食事とかは明日用意するけど、それでいい?」

「ああ。こっちとしては、寝れる場所があるだけでも大助かりだ」

「そう? じゃあ、鍵を渡しておくわね。朝になったら呼びに行くから、それまではゆっくりしててちょうだい」

「悪い」


 俺はミーシャから鍵を受け取ると、離れのほうに向かった。

 無論、『魔力感知』で背後にも警戒を向けている。

 こっちが油断したところを見計らって、背中からブスリ――って可能性も十分あるからな。


 離れの鍵を開け、中に入る。

 この離れは客用の寝室になっているのか、ベッドが二つとテーブルがある以外にものはなかった。

 一応手入れはされているらしく、ベッドにホコリが積もっているようなこともない。


 俺はアトリをベッドに寝かせてから、もう片方のベッドに座った。

 硬いベッドの感触を楽しむ間もなく、俺は武装解除もせずに『魔力感知』でミーシャたちの動向を探る。


 三つの魔力反応は、すべて平屋のほうにまとまったままだった。

 家主の大きな魔力はまだ動いているようだが、ミーシャとクーファの魔力は寄り添ったまま動かない。もう寝てるのかもしれないな。


 とはいえ、この場における最大の脅威は家主のほうだ。


 相手の姿や素性を確認もせずに泊めるなど、どう考えても怪しい。

 正直、なにか裏があるとしか考えられない。

 アトリの素性を知っているか、もしくは……ただ単に、旅人の身ぐるみをはいで売り飛ばすのを生業なりわいとしているのか。

 俺たちが無一文なのは伝わっているはずだから、後者はないと思うが……


 いや、俺ひとりならともかく、アトリも一緒にいるのだ。

 この世界に奴隷制なんてものがあるかは知らないが、人身売買なんてものは元の世界でも普通にあった。

 アトリのような美人なら高値で売れるだろうし、ハーフエルフともなれば更に稀少価値があるだろう。

 その手の商人たちからしたら、最高の商材になりかねない。


「……ったく、しんどいな」


 少なくとも、アトリが目を覚ますまでは眠れなさそうだ。

 襲いくる眠気にあらがうために、俺はベッドから腰を上げて身体をほぐし始めた。

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