第25話 ミーシャとクーファ(1)

 闇の向こうから現れたのは、予想通り二人の少女だった。

 二人はさほど年が違わないように見えたが、受ける印象はひどく対称的だ。


 片方の少女は勝ち気そうな表情を浮かべて、真っ直ぐこちらに歩み寄ってくる。

 銀色の髪を肩まで伸ばし、金色の瞳は警戒するようにこちらを睥睨へいげいしている。

 恐らく、こちらがミーシャと呼ばれていたほうだろう。


 もう片方の少女はミーシャの手をつなぎながら、無表情でこちらを観察してくる。

 新雪しんせつのような白髪はくはつをショートに切り揃え、赤い瞳は感情の色がとぼしく、つかみどころがない。

 消去法で考えると、こっちがクーファか。


 二人とも、中世ヨーロッパの平民っぽい風の簡素な服をまとい、特に奇抜な格好かっこうをしているわけではない。

 それでも俺が間抜けな声をあげてしまったのは――二人の耳が原因だった。


 ミーシャとクーファには、人間ならあるはずの場所に耳がなかった。

 代わりに、頭頂部のあたりからにょきりと動物らしい耳が生えている。

 ミーシャの頭には、銀毛ぎんもうの猫耳と長い尻尾が。

 そしてクーファの頭には、ウサギのように長く伸びた耳と丸い尻尾が。


 …………いや、わかってる。たぶん、こんなの驚くほどのことじゃないんだろう。

 行ったことはないが、日本でも舞浜まいはま方面じゃよく見る光景なのかもしれない。

 だいたいここは異世界なんだから、たかが獣耳くらい驚くにも値にしない。


 念のため、『鑑定』スキルで彼女たちを調べてみる。


     ミーシャ

     種族:猫目種キャトラス

     クラス:狩人

     状態:正常

     レベル:7

     魔力:30/30

     スキル:

      弓術(レベル:1)

      俊敏(レベル:2)

      夜目(レベル:3)

      視力強化(レベル:3)


     クーファ

     種族:兎耳種ラビリス

     クラス:斥候せっこう

     状態:正常

     レベル:6

     魔力:30/30

     スキル:

      短剣術(レベル:1)

      体術(レベル:1)

      俊敏(レベル:2)

      脚力強化(レベル:2)



 猫目種に兎耳種、か……いわゆる、獣人というやつなのだろう。


 しかし、なんというか……こんな浮かれた見た目の子たちを、大真面目に警戒していたのだと思うと、なんだか自分がどうしようもない間抜けに思えてきたな。


「はぁ…………」

「ちょ、ちょっとっ! 人の顔を見るなりため息つかないでくれる!? それとも、獣人差別主義者なわけっ!?」

「いや、すまない。ちょっと気が抜けちまっただけだ」

「はぁ!?」


 ミーシャは釈然としてない様子だったが、俺は強引に話題を切り替える。


「さっそくで悪いが、連れをてくれないか?」

「……納得行かないけど、まぁいいわ」


 ミーシャは渋々ながら首肯しゅこうし、俺の腕の中で気絶したままのアトリをのぞき込んだ。

 クーファはアトリに一瞥いちべつもくれず、相変わらず俺に感情の乏しい視線を向け続けている。

 彼女なりに、姉を守ろうとして警戒しているのだろうか?


 ……まぁ当然、こちらもミーシャたちのことを完全に信用しているわけではない。

 少しでもアトリに不審な真似をしたら、即座に二人とも斬り捨てるつもりだ。


 俺の思惑を知ってか知らずか、ミーシャは手際よくアトリの呼吸と脈拍を調べてから顔を上げた。


「特に病気とかじゃなさそうね。気を失った理由に心当たりはある?」

「魔法を使いすぎてたから、魔力欠乏だと思うんだが……こういう場合、どう対処すべきなのかわからなくて」

「なるほど。そういうことね」


 ミーシャは言って、安心したように表情を緩めた。


「それなら心配いらないわね。何時間か眠れば、勝手に回復するわよ」

「……本当にそれだけでいいのか? 後遺症とかの心配は?」

「心配性ね。魔力欠乏が原因で間違いなければ、安静にして魔力の回復を待ってれば大丈夫よ」

「そうか……」


 ミーシャの言葉をどこまで信用していいかはわからないが、俺はひとまず安堵の息を吐いた。

 言われてみれば、確かにアトリの脈拍や呼吸に異常はない。

 森をさまよった疲労のせいか、体調や顔色は多少悪そうだが……少なくとも、深刻に苦しんでいるような様子はなかった。


 俺が本気で安心したのが伝わってしまったのか、ミーシャはからかうような笑みを浮かべた。


「なに? そんなに心配するなんて、よっぽど大事な人なわけ?」

「いや…………まぁ、そうだな」


 一瞬否定しかけたが、ここまで取り乱したあとで言いつくろっても仕方あるまい。素直に認めることにする。


「だから、あんたたちに看てもらって助かったよ。ありがとう」

「ま、貸しってことにしておくわ。次会った時に、なにか返しなさいよね?」


 ぶっきらぼうに言ってくるが、本気で見返りを求めているわけではなさそうだった。


「それより……あんたひょろそうだけど、ひとりでその子を宿まで運べるの? 貸しのついでに手伝ってあげてもいいけど」

「あー…………いや、それが……金をなくしちまって、宿が取れていないんだ」

「……あ、あんたねぇ」


 とっさに嘘をでっち上げると、ミーシャは頭痛をこらえるように額に手を当てた。


「宿が必要ってことは、旅してこの街に来てるんでしょ? 最初に宿くらい取っておきなさいよ」

「返す言葉もないな。もし知ってたら、この街で野宿できる場所はないか? できれば、人目ひとめにつきにくい場所がいいんだが……」

「ないわよ、そんな場所。仮にあったとして、あんた女連れで町中で野宿するわけ? チンピラに『襲ってくれ』って言ってるようなものよ?」

「……いや、だから人目につきにくい場所をだな」

「あんた本物のアホね。人目につきにくい場所のほうが、治安が悪いに決まってんじゃない」


 ぐうの音も出ないほどの正論だった。

 となると、どこで夜を明かせばいいのやら……

 夜が明けるまでに身なりを整えておかないと、日中に外を出歩けないので、そちらの対応も必須だ。

 そんな都合のいい条件が揃う場所が、土地勘のない人間に見つけられるだろうか?


 俺が真剣に考え込んでいると、ミーシャも腕組みしてなにやら葛藤しているようだった。


「うぅ……ほっとけない。ほっとけないけど、さすがにそれは……うぅ、でも女の子を野宿させるなんて絶対ダメだし……」

「? なにブツブツ言ってんだ?」

「う、うるさいっ! あんたは黙ってなさいっ!」


 理不尽にキレられた。

 俺が大人しく黙っていると、今まで黙っていたクーファが口を開いた。


「宿がないなら、うちに来ればいい」

「ちょ、ちょっと、クーファっ!」


 クーファの提案に、ミーシャが即座にかみついた。


「こんな怪しいやつら、うちに連れてくなんてダメに決まってるでしょ! なにされるかわかんないわよっ!?」

「二人は恋人同士っぽい。だから、他の女は眼中がんちゅうにない。ミーシャねえもクーファも安全」

「本当に恋人かどうかなんてわかんないでしょ! ただの人さらいで、クーファやあたしのことも狙ってるのかもしれないじゃないっ!?」

「その時は、もげばいい」


 淡々とした調子で、そら恐ろしいことを抜かしやがった。

 ミーシャもドン引きしたようだったが、咳払いして気を取り直したようだった。意外とウブなのか、顔は微かに赤くなっている。


「と、とにかく、あたしは絶対に認めないわよ。こんな怪しい男を家に連れてくなんて」

「ミーシャ姉、女の子を野宿させて平気?」

「うっ…………そ、それは…………」

「妹の前で、胸を張って取れる行動?」

「う、うぅ…………っ」

「薄情な姉を持って、クーファかなしい。なさけない」

「……………………わ、わかったわよっ! 連れてけばいいんでしょ、連れてけばっ!」


 俺がまったく口を挟まないまま、どうやら俺たちの処遇が決まったらしい。

 ミーシャは顔を真っ赤にして怒りながら、俺に人差し指を突きつけてきた。


「しょうがないから、あたしたちの家に連れて行ってあげるわよ! ただし、変なことしたら本気でもぐからねっ!?」

「…………お、おう」


 俺の返答を聞かぬ内に、ミーシャは怒った様子で歩き出してしまった。

 慌てて後を追いかけようとして……ふと、まだそばにクーファが残っていることに気づいて、俺は彼女に視線を向けた。

 クーファは相変わらずつかみどころのない無表情のままだったが、意味ありげに俺とアトリをじっくりと見比べたあと、なぜか俺に向かってサムズアップしてきた。


 …………なんなんだ、いったい。

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