第22話 脱出
目が覚めると、眼の前にアトリの顔があった。
逆さに見下ろす顔には疲れがにじみ、垂れた金髪もやや乱れている。
目元は赤く微かに
その悲愴な雰囲気が気になり、俺は反射的に彼女を『鑑定』で
アトリーシア・エル・ディード・バルディア
種族:ハーフエルフ
クラス:賢者
状態:正常
レベル:20
魔力:3/1500
スキル:
全属性魔法(レベル:4)
虚無の因子(レベル:9)
なにかあったのか、ほとんど魔力が空っぽなのが気になるが、アトリもひとまず無事のようだ。
俺が目覚めたのに気づいて、アトリの顔がぱっと明るくなる。
「セツナっ、目が覚めたんですね!」
「……あぁ。お前も元気そうでなによりだ」
かすれた声で応じつつ、俺は状況を理解しようと視線を巡らせる。
森はすっかり夜になっていた。
ドッペルゲンガーと戦い始めたのが日暮れ時だったから、あれから一時間くらいは経過したのだろうか。
肝心のドッペルゲンガーは相変わらず肉塊となったまま、そのへんで
続いて、自分の身体を見下ろしてみる。
失血しすぎたせいか、まだ思考も感覚もはっきりしないが……身体に大きな異常はなさそうだ。
…………いや、むしろ異常がないほうが異常だったな……
「アトリ。俺の左腕が……」
「はい。わたしが繋げました」
特に誇るでもなく、さらりと言われてしまう。
……なんつーか、やっぱりこいつのほうがよっぽどチートだわ。
正直、左腕のことは完全に諦めていたし、むしろ確実に死んだと思ってたのに……
俺が内心で呆れていると、アトリは心配そうに眉を寄せた。
「血管や神経もちゃんと繋げたはずですが、違和感とかありますか?」
「いや……たぶん大丈夫だ。助かった」
左腕を軽く振って感覚を確かめながら、アトリに答える。
それから――ようやく、自分がどういう体勢なのか気がついた。
星空をバックに、逆さにアトリの顔が見下ろしている状況。そして、後頭部には柔らかい感触。
これはもしや……膝枕ってやつなのでは?
動揺が顔に出てしまったのか、アトリがくすくすと笑った。
「やっと気が付きましたか。まったく、王女様の膝枕が堪能できるのなんて、きっとセツナだけですよ?」
「わ、悪い。すぐにどく……」
「ダメですっ。ただでさえ血を流しすぎてるんですから、安静にしててください」
上体を起こそうとすると、強引に身体を押し戻されてしまった。
それから、急にアトリが真剣な顔で言ってくる。
「セツナ。あんな無茶な戦い方、もう二度としないでくださいね?」
「……言われなくても、あんなのは二度とごめんだよ」
「真面目に言ってるんです」
アトリの真剣な眼差しの奥で、底知れない不安が揺れているのが見える。
なにがそんなに不安なのか――それはいまいちよくわからなかったが、この質問を適当に受け流すわけにはいかないのだと、俺は本能的に悟った。
「悪いが、また同じ状況になったら、俺は同じことをするぞ」
「……どうして、ですか?」
「そりゃあ……」
約束だから、とごまかしてしまいそうになるのをこらえて、俺は本音を口にする。
「俺が、そうしたいからだ」
「…………」
「お前を見捨てちまったら、俺の信条に反する。俺が心底嫌ってる連中と同類になる。それが嫌だから……かな」
それは
だが、それがすべてでもなかった。
(わたしの召喚した勇者様が、セツナで本当によかったです)
初めて俺の存在を必要としてくれた人、初めて真っ直ぐな親愛を向けてくれた人。
そんなやつをみすみす見殺しにするなんて、できるわけがない。
――だが、そんなこっ恥ずかしいことを面と向かって言えるほど、俺のコミュ
「…………やっぱり、セツナは本物の勇者様ですね」
「ん? なにか言ったか?」
「いいえ。なにも」
アトリはかぶりを振って、少しさみしげな笑顔を浮かべた。
今の会話で、なにか地雷を踏んだんだろうか? 正直、人間関係の経験値が少なすぎて、こういう時にどうすればいいのかはさっぱりわからん。
だが――ようやく頭が冴えてきて、わかったことがひとつだけある。
「よっ、と」
掛け声とともに、俺は反動をつけてアトリの膝枕から上体を起こす。
意表を突かれたアトリが抗議しようとするが、彼女が口を開く前にすかさず言う。
「今の内に街まで移動するぞ」
「え……? でも、もう夜ですよ? それに、セツナは血の流し過ぎで体力も万全じゃありません」
「だからこそ、だ」
「? どういうことですか?」
アトリが
「俺の体力は万全じゃないし、アトリの魔力も
「で、でも、マイラ……に化けていた魔物が、森の魔物は倒して回っていたはずですっ」
「それはそうだが、当然全滅させたわけじゃない。残党はいるだろうし、そもそもお前を狙う別の刺客が追いつく可能性もある。それを考えたら、無理してでも今の内に移動を始めたほうがいい」
「それは、確かに……」
反論の勢いが落ちた隙に、すかさず畳みかける。
「あの魔物の言うことが本当なら、ここから街まで数時間で着く。それも、三人で歩いていた時のペースでだ。『俊敏』を使ってアトリを抱えて移動すれば、すぐに街までたどり着けるはずだ」
「な、なるほど……でも、それだとセツナの負担が」
「アホ。死ぬかどうかの瀬戸際って時に、そんなこと気にしてんな」
こつん、とアトリの額を軽く叩いてから、俺はにやりと笑う。
「言っとくが、俺が死にたくないからそうするんだ。お前が恩を感じる義理なんかない」
「……わかりました」
アトリはうなずいたが、納得していないことは明らかだった。
……とはいえ、今は追及している時間も惜しい。安全な場所に移動してからでも遅くはないだろう。
俺はアトリを抱えると、『俊敏』を発動して夜闇の中へと駆け出した。
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