第21話 あなたのためにできること

 セツナが地面に突っ伏すのを見て、わたしは顔から血の気が引いていた。


 仮死状態から戻ったばかりで、まだ少し意識が混濁こんだくしている。

 せきをしながら呼吸を整え、四肢に力を込めて身体を起こす。


 ――身体を、起こせる?


 どうやらセツナが魔物を倒したことで、体内に流し込まれた麻痺毒も消えたみたいだ。

 おそらく、魔物の本体が機能を停止したことで、毒素に擬態ぎたいして流し込まれた分体も機能を停止したのだろう。


 この際、理屈はどうでもよかった。

 うようにしてセツナに近づき、彼の左腕の傷口を見る。

 剣鉈マチェットによって切断された傷口からは、とめどなく血が流れ続けている。このまま失血し続ければ、すぐにでもセツナは失血死してしまうだろう。

 傷口に治癒魔法をかけるため、断面をよく観察する。

 マイラの『双剣術』のスキルのおかげか、肉も骨もきれいに切断されており、神経などの損傷もひどくなさそうだ。


 ――これなら、もしかしたら。


 わたしは切り落とされた左腕を回収すると、セツナの傷口にあてがった。

 位置や角度を微妙に調整しながら、手のひらを通して治癒魔法をかける。


「目を覚ましてください、セツナ……っ!」


 治癒魔法は光魔法に属するが、わたしの『全属性魔法』レベル4では欠損を復元することはできない。

 完全に消失した部位を復元させるには、光魔法レベル7に到達していないと不可能だ。

 かつて聖女と呼ばれた勇者などは、死んだ人間を生き返らせることもできたらしい。


 だが、わたしにはそんな奇跡は起こせない。

 膨大な魔力量と『虚無の因子』による『魔法強化:強』がついても、せいぜい切断された部位を再結合させるくらいが関の山だろう。


 ……まったく、なんて情けないのだろう。

 あれだけセツナに助けてもらったのに、自分にできることはこれだけしかないなんて。


 この短い間で、わたしはどれだけセツナに迷惑をかけてきただろう。

 彼の住んでいた世界から強引に召喚して、自分を殺して欲しいなんて一方的な要求を突きつけて、死にたがっているわたしに生きる希望を与えてくれて――

 森の中でも、足の遅いわたしを抱えて移動してくれた。

 マイラの姿に騙されて、魔物に心を許してしまったわたしを守るために、神経を張り巡らせてくれた。


 マイラと打ち解けようとしないセツナに、わたしはつい嫌味を言ってしまったのに、それでも彼はわたしとの約束を果たしてくれた。


(あんたが生きることを世界が許さないってんなら、世界中を敵に回してでも、俺があんたの人生を守ってやる。誰が敵に回ろうと、徹底的に抗ってやる。

 それでも、どうしてもダメな時は――その時こそ、俺があんたを殺してやる)


 あの言葉に、どれだけ救われただろう。

 わたしなんかのためにそこまで言ってくれる人なんて、この世界で他にいるだろうか。

 ましてや、その約束をまっとうしてくれる人なんて。


 セツナは腕一本失うどころか、自分の命を賭けてまで、わたしを守り抜いてくれた。

 彼の気持ちは、胸が熱くなるほど嬉しい反面――背筋が凍るほど恐ろしかった。


 彼はきっと、わたしを守るためなら本当になんでもする。

 会って数日しか経っていない人間を見捨てられないほど、彼は優しい。

 いや――きっと優しいだけじゃない。

 わたしの身の上が、セツナの心の最も柔らかい部分に触れてしまったのだろう。

 そのせいで、彼はわたしを見捨てられなくなってしまったのだ。


 ――わたしなんかのために。


「…………ダメですよ、セツナ……っ!」


 治癒魔法をかけ続けながら、わたしは視界をぼやけさせる邪魔な涙をぬぐった。

 両手でセツナの腕を握りしめ、祈るように魔力を込める。


「わたしのなんかのために死んだら、絶対に許さないんですから……っ!」


 きっと彼は否定するだろうけど――やっぱり、セツナは本物の勇者様だ。

 召喚されたからとか、すごいスキルを持っているからとか、そんなことは関係ない。

 彼の繊細で優しい心は、この世界でしいたげられているたくさんの人に寄り添えるはずだ。

 そして、その強い意志力によって、セツナは彼らを救っていくに違いない。


 そんな素敵な勇者様を、わたしなんかのために死なせるわけにはいかない。

 だから、わたしがセツナのためにできる、最大のことは――彼から離れることなのだ。


 わたしと一緒にいる限り、セツナはわたしを守り続けてしまう。

『虚無の因子』であるわたしには、また追手が差し向けられるだろう。森を抜けて街に出られたところで、人々に受け入れられるとは限らない。

 そうして危機的な状況におちいれば、セツナはまた、自分の命をかえりみずにわたしを守ろうとしてしまう。


 ――そんなこと、もう絶対にさせちゃいけない。


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ! もう、欲張ったりしませんから……っ! セツナを困らせたりしませんから……っ!」


 あふれる罪悪感を吐き出しながら、わたしは魔力が尽きるまで治癒魔法をかけ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る